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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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17.「絶唱」

 ●【17.「絶唱」】


 純白の絹のドレスはふわりと柔らかく。

 寒さに強い花たちを編んで作られた花冠は優美で。

 水晶と竜石で作られた宝飾品は耳や首もとを飾り。



 ━━━━━━━ 彼女は最後の歌を歌うため、舞台へと立った。



 ネッカラの里の広場。


 里の者たちは全て集められた。

 白い花をみな、めいめいその手に持ち、あるものは憂い顔で、またあるものは涙を零しながら、ネッカラの里随一と言われた歌姫の最後の歌を聞くために集まってきた。


 ピリカサヌ・クリカの受難と、その運命は、もう既に里のものたちは皆、知っていた。

 公表することをイナウコタイが決断したからだ。

 同じ過ちをおかすものが現れぬよう、『冷たい血』の秘法が永遠に封印されるよう、そしてこの悲しみの記憶を忘れぬように。


「ピリカ……綺麗だよ」

「ありがとう……レナウ……そして、ごめんなさい」


 ピリカは恋人に永遠の別れを告げる。


「なぜ、あやまるんだ?ピリカ」

「だって、あなたを悲しませることになるから……でも、私がいなくなったら、今度こそどうかピリポを幸せにしてあげて……」


 ピリカは涙を流す。


「どうして、そんな悲しいことを最後に俺に言うんだい?」


 レナウは困ったような顔をする。


「知ってるからよ……あなたがピリポを好きだったことを……」


 レナウは一瞬驚いた顔をして、そして静かに首を横に振る。


「それは違うよ。ピリカ……俺が好きなのはいままでも、これからもピリカ一人だ。嘘じゃない」


 レナウは恋人の体を抱きしめる。


「……レナウ」

「ピリポはいい娘だ。だけど、俺が本当に好きなのはピリカだけだ。姿は同じでもピリポじゃない……ピリカでなきゃだめなんだ」

「でも……レナウはいつもピリポを見つめてた」

「うん。あの子は元気でいい娘だからね。でも、違うんだ……ピリカに感じる気持ちとは違うんだよ」


 レナウはそう言って笑う。


「私……ずっとピリポに勝てないって思ってた……不安だったの」


 ピリカはレナウの胸にまた顔を埋める。


「こまったね……何を勘違いしていたんだろうね……ピリカは」


 レナウはピリカの髪を優しく撫でる。彼女の髪を飾る花冠から花びらがいくつか落ちた。


「本当に?……信じていい」

「俺が君にいまさら嘘をつくとおもうかい?」

「……レナウ……」


 ピリカの目に涙が溢れる。


「俺はピリカを幸せにする自信はあったけど、ピリポを幸せにする自信はないな。その役目は他の奴に任せるよ……」


 レナウの顔は笑っていた。だが、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 そして彼はピリカを力強く抱きしめた。


「ああ……これはきっと罰だったのね……」


 ピリカは安堵の吐息を吐くと、目を閉じる。


「ピリカ?」


 悲しそうなピリカの顔を、レナウは心配そうに覗き込む。


「私がレナウの心を信じなかったから……だからこんなことになったのだわ……」


 ピリカの表情が歪む。


「違うよ」


 レナウはピリカを抱く腕に力をこめる。


「それは、違うよ」

「でも……これが私の運命だったのよ。滅びることが私に与えられた運命……ああ……あなたをこんなに悲しませるともっと早くに判っていたなら、私はあなたを悲しませなかったでしょうに……」

「そうじゃない。ピリカ」


 レナウは優しく言った。


「それがたとえ運命だったとしても、俺はピリカを好きになる。たとえ、どんなピリカでも、どんな運命がまってたとしても。俺はきっとこうしてた」

「レナウ……」

「だから、泣かなくていい」

「でも……お別れなのよ……私達……私はもうじきいなくなる……いいえ、もう既にこの世にいてはならない存在……」

「たとえそうだとしても……」


 レナウは強い調子で言う。ピリカを見つめながら。


「お別れじゃないよ。ピリカ」


 レナウは自分の胸を人差し指でさす。


「俺のここで……ずっと一緒」

「ええ……一緒ね」


 レナウはピリカにそっと口付けした。

 短い口付け。

 でも、それは二人にはとても深く、長く感じた。


「いっておいで。今日も素敵な歌を……」

「ええ。歌うわ。あなたのために。ピリポのために……そして、ユズリさまのために」






 レナウがタウを爪弾き始める。

 ピリカは真っ直ぐに舞台に進み、澄んだ声をそっとその旋律に乗せた。


 ピリカと揃いの衣装を身に着けたピリポはまるで、水の中で自由に泳ぐ魚のように優雅に舞った。


 ピリカの声に誘われるように雪が降り始める。

 不思議なことに厚い雪雲が割れ、雲間から漏れる光がピリカをスポットライトのように照らす。

 舞い散る雪と、それを輝かせる淡い光。

 美しい声、旋律、そして踊り。

 その一体感は完璧だった。

 じっと見守る人々は呼吸の音すら立てられぬほどこの光景に見入り、そしてその目に焼き付けた。


 不世出の歌姫の絶唱。


 もう、二度と見ることはかなわぬ一度だけの舞台。



 歌が終わりに近づき、ピリカは最後の声を振り絞る。


 厚い雲を突き破り、天空に風穴を開けるほどに響く美しい高音。


 息を吐ききった時、ピリカはゆっくりとくずおれ、動かなくなった。


「姉さん!」


 ピリポが駆け寄って、姉の体をかき抱いた時、ピリカの体は光の粒となって消えた。


「……ああ……原始の翼が……!」


 イナウコタイが声を漏らす。


 光の粒に変わったピリカの体が、一瞬翼の形に変わり、ピリポの両肩に留まって、そして直ぐに消えた。

 ネッカラの原始の乙女だけが持つという、光の翼。

 ピリポの背には、間違いなく一瞬だが、その翼があった。


「ピリカはピリポに原始の乙女の翼を与えて逝ったのだね……ああ……ピリカ……そして我が愛しき竜王ユズリ様……感謝します……」


 イナウコタイは胸に手を当て、目を閉じた。


「姉さん……私たちは一緒に生きるんだよ……」


 まだ姉のぬくもりが残る手をぎゅっと握り締め、ピリポは空を見つめる。

 そして集まった群衆の彼方、そっとその場を去ってゆく人影に気付いた。


 ああ……見ていたのだ。

 あの方は見てくれていた……。


 ピリポは微かに微笑んだ。





 女たちの中に紛れて、ピリカの絶唱を聞いていたユズリの姿を見たからだった。

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