16.「受継がれるもの」
●【16.「受継がれるもの」】
ピリカは正気を取り戻し、ベッドから体を起こして座っていた。
「ピリカ……どういうことだい……信じられない」
イナウコタイの声は震えていた。
すると、ピリカは柔らかく微笑んで、小さな声で言った。
「おばあちゃん……ユズリ様が私に、最後の時間を少しだけくださったの……私は、あと少しだけ生きていられる……」
「おお……ユズリ様……」
イナウコタイはその場に倒れ伏し、泣きながら竜王の名を何度も唱えた。
「姉さん……」
「ピリポ……助けてくれてありがとう」
ピリカはピリポを優しい表情で見つめた。ピリポの好きな優しい表情のピリカがそこにいた。
「姉さん……私……私があんなことをしたばかりに……」
ピリポはピリカを抱きしめ、その胸に顔を押し当てて号泣している。
「泣かないで……自分を責めてはだめよピリポ……ピリポは悪くない。私はたぶん、最初からこうなる運命だった……そんな気がしているの」
「でも……でも……」
ピリポはまるで子供のように泣きじゃくっている。
ピリカはピリポの髪を優しく撫でてやる。
「私が呪いと戦っているとき、私の前にユズリ様が現れたの……」
「ユズリ様が……?」
「そうよ。とても美しく、気高い方だった……純白の髪と美しい黄金の瞳で、少し悲しげなお顔だったけど、とても綺麗だった」
ピリカが話すユズリの印象は、ピリカが実際逢って来た本物のユズリと全く同じだった。
「ユズリ様は私におっしゃったの」
「何て?」
「お前は間もなくその命を終えるだろう。そして、その時、お前が誰より愛する妹に、お前の大切なものを渡さなければならない……そうすれば妹は女神の剣となり、彼女の本当の使命を果たすことができるだろうって」
ピリカは目を閉じて、微笑んでいた。
「私、嬉しいの……私の愛する妹が女神の剣であることが。そして、崇高な使命を果たすことが……でも、なによりも私の命がその役に立つことが……」
「……いや……」
ピリポは首を横に振る。
「姉さんの犠牲の上に成り立つ使命なんていや!」
「ピリポ……犠牲ではないわ」
ピリカは困ったような顔をする。
「私は嬉しいの……これは本当よ」
「嘘!」
ピリポは泣きながらさらに首を横に振る。
「レナウはどうなるの?姉さんはレナウと幸せになるんでしょう?なのに、姉さんは死ななきゃならない……女神の剣のために犠牲にならなきゃならない……なぜ姉さんでなきゃいけないの?誰より幸せになる権利がある姉さんでなきゃならないの?」
「いいえ……」
ピリカは少し悲しそうな顔をして、小さく首を横に振る。
「私は……」
ピリカはピリポの肩を抱き、耳元に囁く。
「ねえピリポ……私は、ピリポが羨ましかったのよ……強くて、踊りが上手くて、華やかで芯が強いあなたが……レナウがはじめて好きになったのは私ではなくピリポ……でも、私は……あなたも知らないうちにレナウの心を奪ったの……」
ピリポの表情が変わった。
目を見開き、愕然としている。
「私はずっと、ピリポを羨んできた。双子としてなにもかもそっくりに生まれたのに、ピリポは私が欲しかったものを全部持っていた……剣の腕も、素晴らしい踊りの才能も、素直で気高くて、強い心も……」
「嘘……姉さん、何を言って……」
「剣の腕はかなわなかったけど、代わりに弓の腕を磨いたわ。踊りは上手くなかったけど、その分歌を頑張った……そして、私はレナウを振り向かせた。ピリポ……あなたが彼の気持ちに気づく前に……でも、やはり報いね……私のことを純粋に慕ってくれていたあなたを暗い目で見ていた私に対する報いはこんな形で下ったのよ……」
「そんな……そんな……」
ピリポはピリカにしがみつき、激しく首を横に振り続ける。
「双子で生まれてもなにもかも同じではないわ……私たちはもともとひとつの魂。それが二人の人間に分かれて生まれたのだもの……足りない部分があるのは当然。自分の中にないものを、自分ではないもうひとりの自分の中に見つけるのは仕方がないこと。でも、羨まなかっただけ、あなたの心の方がより清らかだったのよ……だから女神はあなたを剣の転生先に選び、私の魂は消滅することによって、足りなかったものをピリポ……あなたに返すという運命になったのね……」
ピリカはそう言って目を伏せる。
「姉さん……」
「だけど私は嬉しいの。私の中にあるものを、あなたの魂に還すことで、私たちはひとつになれる。完成された、本当の『私たち』になるのよ……私もようやく欲しかったものが手に入るの……だから、私は悲しくはないの……」
「姉さん……でも、私は姉さんがいなくなることがたえられない……」
ピリポはやはり困惑した表情で何度も首を振る。
「どうして?私は、ここにいるのに……側に、いるのに」
ピリカはピリポの胸に指先でそっと触れた。
「ずっと……一緒なのよ」
「……姉さん」
ピリカはピリポを強く抱きしめた。
「わたしたちは、ひとつになるの。ずっと、一緒にいられるのよ……」
「姉さん」
「だから、泣かないで……」
「……うん」
ピリカは優しく微笑みながら言った。
「私、歌を歌うわ……最後の歌を……ユズリ様と約束したから……」
「うん」
「だから……踊ってくれる?ピリポ……私の歌で」
「うん」
二人はいつまでも抱き合いながら泣いていた。




