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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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3.「ある少女の受難」

●【3.「ある少女の受難」】


フィンがイズニー教授から旅に出ることを命じられたその頃。

ソーナ国からはるか北にあるホロ国では小さな出来事が起こっていた。






「ピリカ姉さん!そっちに行った」

「わかった!」


妹の声が聞こえた次の瞬間、目の前の茂みから『そいつ』は飛び出した。

少女は自分に突進してくる『そいつ』に向かって狙いを定め、弓を引き絞った。

赤く、ギラギラした目がもう、間近に迫っている。

鋭い牙が彼女の喉を狙っている。

しかし、少女は恐れることなく、また一歩もひくことなく冷静に、そして正確に弱点を狙う。

そいつの弱点は眉間。

狙いを少しでも外せば倒せない。


張り詰めた弓の蔓から手を離す。


放たれた矢は、彼女の狙いどおり急所にあたり、そいつは一撃で倒れた。


「姉さん、仕留めた?」


彼女そっくりの妹が剣を持って茂みの奥から現れた。


「ええ。ほら、このとおりよピリポ」

「凄い……眉間を一撃。狙いも正確……流石だわ、姉さん」

「ううん。ピリポがこいつの足を弱らせてたからよ。ほら……」


ピリカは倒れている獲物の後ろ足を指差した。

剣で傷つけた跡がある。

致命傷にこそならないが、獲物の足の速さを遅くし、ピリカに狙いを定めやすくさせたのは妹のこの一撃があってこそだった。


「早く、角を……姉さん」

「ええ」


ピリカは屈みこむと、獲物の頭部に生えている二本の黒い角を切り取った。


「これで大丈夫」

「取り残しはない?少しでも角の欠片が残っていたら、こいつはまた復活してしまう」

「大丈夫よ。ほら、もう足から溶けはじめてる。明日の朝までにはすっかり雪に還るわ」

「本当だ」

「さあ、もういいでしょう……帰りましょう。ピリポ……そろそろ暗くなるわ」

「はい。姉さん」


薄暗くなり始めた山道を二人の少女は麓に向かって急ぐ。


「最近『眷属(けんぞく)』の数が増えたと思わない?姉さん」

「そうね。ユズリ様のご機嫌が悪いのかもしれない」

「ユズリ様、どうしてご機嫌が悪いのかしら……?」

「さあ……それは竜巫女様に聞かないとわからないわね……でも、私たちにできることは眷属を倒して、その角を抜き取り、雪に還すこと……それが私たちのお役目だもの」


色を持たぬ長い髪をかきあげながら、ピリカは白い息を吐き出す。


「風が少し強くなったわね。吹雪が近いかも……急ぎましょう」


空気中の水分が凍りつき、金剛石の欠片のように輝く微細な氷の粒が降り注ぐ中、まるで寸分たがわず写し取ったように同じ姿を持つ双子の姉妹は、吹雪の気配を感じてさらに足を速めた。




デーデジア大陸の最北の国、ホロ。

隣国ミヅキとの間には八千メートル級の高山を擁する険しいソラリア山脈が東西に走り、冬季は雪に閉ざされている。

冬季の気温はマイナス四十度にもなり、夏季でも二十度を越えることは殆ど無いといわれる永遠の極寒の地。

農作物は厳しいその気候のため殆ど育たず、芋、豆類、氷海の下に生息する魚や甲殻類、海獣等を主な食料として、ホロの民たちはささやかに暮らしている。

夏が来ればホムルのキャラバンが陸路から頻繁に訪れ、少しは活気づくが、冬の間は陸路が雪に閉ざされて使えない為、唯一の玄関口である東の港の海路から貿易を行っている。

そういう状況のため、ホロは殆ど自給自足の国だ。


しかし、ホロ全土から無尽蔵に取れる貴金属類や宝石類、それに海産物は特産品であり、宝石の細工や貴金属の細工、海産物の加工品等を輸出して外貨を得たりする一方、男性は体の大きさを生かし隣国のミヅキへ肉体労働の人夫等として働きに行く者も多い。

そのためホロは豊かな国だ。


ホロの民は他国の領地を侵略しようとしたことが歴史上一度もない国として有名だ。

基本的に気性が穏やかなホロの民は争いを好まない。

ただし、外敵に襲われた時は全力をもってこれを排除するため、ホロの民は恐ろしいとされる。ホロの戦士は家族の一人を守るために数十人を殺すことすらあるという。


しかし、ホロの民にとっての脅威は他国ではない。

彼らの敵は国内のどこにでも出現する『眷属』と呼ばれる異形の生物なのだ。


『眷属』は真っ白の毛皮を持つ獰猛な雪狼のような姿をしているが、体は雄の熊ぐらい大きく、頭部は竜に似ている。竜と同じ翼を持つものもいる。


眷属の正体は竜王ユズリの古い鱗。


ホロの竜王、ユズリの体から落ちた古い鱗は、普通は雪に深く埋もれている。

しかし、ユズリが何らかの理由で機嫌を損ねると、その強すぎる魔力が古い鱗を目覚めさせ、異形の生物に変わってしまう。

一説によると、人間になることのできなかった出来損ないの鱗が変化したものとも言われている。

どちらにせよ、元は竜王の一部であり、デーデジアの人間たちに近いものなのだ。

それゆえ彼らは『眷属』と呼ばれるようになった。


『眷属』たちはホロの国中に散らばり、徘徊している。

そして、何故かこの異形の生物たちは、人間を見ると襲いかかり、バラバラに引き裂いて食べてしまうのだ。


眷属を倒す力を持っているのはトラピネップ地方に住むネッカラ族の娘たちだけ。

彼女たちは『戦乙女』と呼ばれ、その美しくか細い外見からは想像のつかないほどの力を持ち、眷属たちを軽々と倒してしまう。

体に全く色彩を持たない彼女たちは、全身が純白で、瞳だけが美しい赤い色をしているため「緋の瞳の民」とも呼ばれている。

ソーナ族と同じく、ネッカラ族も竜の特別な鱗から生まれた少数民族だが、ソーナ族よりも圧倒的に数が少なく、その数は千人にも満たない。

また、その九割は女子であり、男子は百人のうち数人しか生まれない。


眷属はどんなに体を傷つけても死なない。

その体は雪で出来ているからだ。

唯一の弱点は眉間。ここを傷つけない限り倒すことが出来ない。

普通の人間がこの眉間を攻撃しようとしても無駄だ。人間は眷属の側に近づくことすらできない。

眷属が発する強い毒気に当てられて動けなくなってしまうからだ。

しかし、ネッカラ族の少女たちにだけはこの毒気がなぜか効かない。

だから、眷属は彼女たちにしか倒せないのだ。

彼女たちは眷属を倒すと、その頭部から二本の黒い角を切り取る。

この角こそがユズリの古い鱗が変化したものであり、眷属の力の元だ。

これを放置すると眷属はまた復活してしまう。


切り取った角は蒸留水に数日間漬けておく。

すると、黒い色が抜け、竜石と呼ばれる鮮やかな青い色の宝石に変わるのだ。

この宝石はそのままでも高く売れるが、ネッカラ族の数少ない男たちは、これを細工して美しい工芸品を作る。竜石はネッカラ族の収入源のひとつでもあるのだ。




ピリカサヌ・クリカとピリポサヌ・クリカは、共に今年十六歳になったばかりの双子の姉妹。ネッカラ族の戦乙女たちだ。

姉のピリカサヌは弓の使い手、妹のピリポサヌは剣の使い手だった。


「おかえり。ピリカ、ピリポ。遅いから心配したよ」


彼女たちを家で出迎えたのは彼女たちの祖母のイナウコタイ・クリカ。

彼女たちの両親は早くに相次いで亡くなり、祖母がこの姉妹を育てた。

二人はピリカ、ピリポと愛称で呼ばれている。


「おばあちゃんただいま。ちょっと山奥まで眷属を追ってたの」

「深入りはいけないよ、ピリポ。襲ってこないものは無理に追わぬほうがいい」

「うん。わかってる」


ピリポは素直にうなづいた。


「おばあちゃん、見て。こんなに大きな角が取れたのよ。きっといい竜石になるわよ」


ピリカは無邪気な笑顔で祖母に角を見せると、それを竜石を作る水瓶に入れた。

中には出来かけの灰色の竜石や、殆ど完成に近い青い竜石が沢山沈んでいる。


「ほう……今日のは立派だねえ……来月の奉納祭に供えられるといいのだけど……ああ、そうだわ……そういえばピリカ。レナウが来月の奉納祭の音合わせをしたいから来て欲しいと言っていたよ」

「本当?じゃあ、遅くならないうちに行って来るわ」


ピリカの表情がさっと明るくなった。心なしか嬉しそうだ。


「もう、暗いから明日にすれば?レナウの家は峠を越えなきゃいけないし」

「大丈夫よ!私、ぜんぜん練習してなかったし。行ってきます」


心配そうな祖母を安心させるようににっこり笑うと、ピリカはすっかり日が暮れて暗くなった外に出て行った。


「こんな遅くに出かけなくても」

「レナウは姉さんの婚約者だもの。姉さんも早く逢いたのよ。きっと」

「気持ちはわかるけど、大丈夫かねえ……今日はなんだか嫌な胸騒ぎがするんだけど」


心配そうに言う祖母に向かってピリポはぽつりと言った。


「おばあちゃんは心配性だね……姉さんは強いし、大丈夫」

「だといいんだけどねえ」





夜が更けてきた。

しかし、ピリカはなかなか戻らなかった。

流石に心配になったピリポが、そろそろ様子を見に行こうかと思い始めた時だった。


「こんばんわ。ピリカはいる?」


背の高い青年がタウと呼ばれる弦楽器を手に現れた。


「レナウ!」

「ピリカがなかなか来ないからこっちからきたんだけど……」


その言葉を聞き、ピリポの顔色が変わる。

嫌な予感が胸をよぎった。


「えっ?姉さんはもう随分前にレナウのところへ行ったよ?」

「俺は逢っていないよ?」


その言葉を聞いたピリポは何かに弾かれたように家を飛び出していく。


「私、姉さんを探してくる!」

「あっ!ピリポ!待って」


祖母とレナウが制止をかける前にもう、ピリポは家を飛び出していた。




漆黒の闇。

真夜中の森の中、ピリポは愛用の剣を片手にもち、もう片方の手でカンテラをかざし、全速力で駆ける。


「姉さんはこの道を通るはず」


姉がよく使う道は知っていた。

峠を越えるには二つのルートがある。

片方は道幅の広い公道。しかし、この道は遠回り。

もう片方は地元の者だけが利用する林道。殆ど獣道といっていい。

だが、このあたりの土地を知り尽くしているネッカラ族の者にとっては何ら問題がない。

姉は林道を使っているはずだ。

峠の頂上に近づくに連れ、嫌な予感が増してくる。


「……血の匂い……」


本能がピリポに危機を知らせる。


ピリポは立ち止まり、身構える。


近くにやつが居る。

この毒々しい気配は眷属の発する毒気。


「そこか!」


ピリポが叫ぶと同時に、暗闇の中から大きな影が飛び出してきた。


今まで、見たことのないほど大きな眷属。

夜目にも白い毛皮がぼんやり光っている。

その口にはなにやら犠牲となった獲物が咥えられ……。




ピリポはあまりの衝撃にその場を動けなかった。




━━━━━━━ 眷属の牙に捕らえられていたのは、血まみれになったピリカだったのだ。



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