14.「竜王の真意」
●【14.「竜王の真意」】
ユズリは玉座に座りなおし、黄金の目を細め、二人をあらためて見つめた。
『お前たちが出会った、アデラード・ヴィエネール……あれは我が兄が化身したもの』
「まさか……アデラードが……竜王アヴィエール……?」
ピリポは息を飲んだ。
フィンがクー・ククルのさなぎと共に眠りつづけていた時、不安でつぶれそうだったピリポをずっと励ましてくれたのは、あの優しい青年だった。
それが、竜王アヴィエールの化身だったと聞かされたピリポの心は、さすがに穏やかではいられなかった。
『わたくしたち竜王は、希に人の姿に化身し、領地を歩くことがある……』
ユズリは薄く微笑んだ。
『領地を見て歩くのは、偶には楽しいもの……わたくしも、時折お前たちの中に混じって、奉納祭などを楽しむことがある』
ピリポもフィンも驚きを隠せなかった。
『領民はみな、わたくしたちを神聖不可侵のものとして崇めているが、わたくしたちはもともとは土の塊から作られ、命を与えられた竜にすぎない……散歩をすることもあれば、恋をすることもある。怒りや憎しみの感情を持つこともある……わたくしたちは、お前たち自身よりも、よくお前たちのことを知っている……』
驚きの表情を見せているフィンとピリポに向かってユズリは笑って見せた。
『がっかりしたか?……神と崇める竜王が、神聖なものでもなにもなかったことは』
しかし、ピリポは首を横に振る。
その瞳には涙が溢れていた。
「……いいえ……ユズリ様……」
『では、お前はなぜ泣いている?失望したからではないのか?』
「いいえ……。ユズリ様たちが可哀想だからです」
ピリポは涙を浮かべながらもきっぱりとした声で言った。
「ユズリ様……いえ、デーデジアの全ての竜王が、神と称えられることで自分を神聖なものとして保ち続けなければならないのだとしたら、私たちのせいでユズリ様が……いえ、全ての竜王が自分を律し続けなければならないとしたら……そのお心を思うだけで私はつらくてたまらないのです」
『……不思議なことを言う娘だ……』
ユズリは不思議そうに首をかしげる。
「神だから、神聖でなければならないという言葉に縛られてしまっているのはユズリ様のほうです……先ほどのユズリ様のお言葉は、まるでご自分を貶めておいでのようでした……私はそれがつらくて泣いているのです……」
ピリポは涙に濡れた目でユズリを見上げた。
『そうかもしれない……ピリポサヌ・クリカ……竜王に意見した領民は、お前が初めてだ』
「……申し訳ございません」
ピリポはひれ伏した。
『謝ることではない……お前の言うとおりだ……もう、領国はわたくしだけのものではないのだから……わたくしたち竜王は、そろそろ領国に干渉するのはやめたほうがいいのかもしれない……』
「えっ?」
ピリポは聞き返したが、ユズリはそれ以上なにも言わなかった。
ただ、憂いを帯びた顔で、遠くを見つめているだけだった。
しばらくの沈黙の後、ユズリが再び口を開いた。
『話を戻そう』
「はい」
フィンとピリポは頷いた。
『アデラード・ヴィエネールは兄の化身した姿であり、その時に使う名……。だが、兄は本来、わたくしの領地へ入ることはできない……わたくしたち竜王は、定められた領地から出ることはできない……女神のしもべの草木の王の力を借りない限りは他の竜王の領地へ入ることはできない』
「草木の王……?」
ピリポは不思議そうな顔をしていたが、フィンはこくりと頷いた。
「桜翁様が、女神デーデのしもべ……」
「フィンは知っているのか?」
ピリポがフィンに訊ねると、フィンは言った。
「桜翁様のことはソーナの者なら皆知ってるよ……でも、そんな力を持っていたということは知らなかったなあ……」
『フィン・リンドの言うとおり、草木の王とはソーナの国樹、桜翁のこと。あれは女神デーデの忠実なしもべであり、デーデジアの全ての草木を統べる草木の王だ……草木の王ならなぜ、兄がわたくしの領国に入ったのか、そしてクー・ククルの誕生に手を貸したのかを知っているはず……』
「では、僕らはソーナに戻って、桜翁様に会えばいいということですね?」
ユズリは頷いた。
『わたくしたちは領民を悲しませたくはない。わたくしたちは領民を愛している……それだけはわかって欲しい……わたくしだけではない。兄たちも同じ気持ちだ……だが、わたくしたちは神と呼ばれる存在でありながら、多くの制約を受けている……今度ばかりはおまえたちに頼る以外方法がない……わたくしたちは本当は無力な泥の塊……だけど、わたくしは持てる力全てでわたくしの愛しい領民たちを守りたい……』
この言葉を聞いてピリポは確信した。
ずっと憧れ、信じつづけてきた自分の神、竜王ユズリは本当に自分の中の心の支えであり、大切な存在だと。
そして、命に代えてでもこの心優しい竜の女王を守りたいと心の底から思ったのだ。
「わかりました。ピリポの姉さんを開放したら、僕はピリポとソーナへ戻ります」
『そうするがいい……。カイ・ホロケウ、お前は最後までこの子達に付き合っておやり。この子達に危機が迫ったら守っておやり』
ユズリはそう言うと、彼女の足元で控えていたクー・ククルの頭を撫でた。
「はい。ユズリ様。仰せのままに」
クー・ククルはユズリの足元から起き上がると、ピリポの側までやってきて、そこでまたゆったりと床に伏せた。
『さあ、行きなさい子供たち……おそらく、最もつらいのは領国のひとつをその手で滅ぼさねばならぬ定めの我が兄のはず……どうか救ってやってほしい……そして、フィン・リンド。その手で自分の故郷を守りきれたとき、お前こそが本当にソーナに相応しい王になれるはず……』
「はい」
フィンとピリポはユズリに一礼すると、広間を後にしようとした。
『フィン・リンド。そして、ピリポサヌ・クリカ』
ユズリが二人の背中に声をかけた。
『よく、見極めなさい。正義の大義名分を振りかざしたその奥に、僅かな悪意が潜むこともある。澄んだ目をもちなさい……惑わされては……いけない』
「はい!」
二人は振り返って微笑んだ。
その頃、シャーロッテ・グランは家族と共に、驚愕の表情のまま凍りついていた。
「シャーロッテ、今話したとおりだ。君の姉上はたった今、神殿の神官長と共に王宮へ連れ去られた。まもなくここにも追っ手が来る。急いで逃げなさい」
「イズニー先生……姉さんは……姉さんはどうなるんですか!」
シャーロッテはイズニー教授から恐ろしい知らせを受け取っていた。
王が神官長を捕らえ、その身の無事と引き換えに竜巫女のフローリアを竜巫女の館から出頭させたというのだ。
神官長を救うため、フローリアは自ら出頭に応じたという。
王宮の兵士たちは二人を捕らえ、王宮に連れ去った。
イズニー教授はその時、たまたま竜王神殿に礼拝に来ていたが、うまく抜け出し、この知らせをシャーロッテの元へ持ってきたのだ。
「フローリアに言うことを聞かせるため、君たちも人質に取られる。急いで!早くここを出たほうがいい」
「でも、先生……」
シャーロッテは今にも泣き出しそうだった。
「まずは、君たちが無事でなければフローリアも悲しむだろう。私が安全な場所を知っている。さあ、早く!」
なにかを暗示するかのように、急に空が暗くなり、雷鳴がとどろき始めた。
やがて、激しい雨が降り始めた。
両親、そしてイズニー教授と共に馬車に乗り込んだシャーロッテの心は、まるでこの空のように暗く、そして不安に沈んでいたのだった。




