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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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13.「悪しき影」

 ●【13.「悪しき影」】


 ソーナが滅ぶ?


 竜王ユズリは何を言ったのだろう?


 自分の国が……滅ぶ?


 フィンは何度も心の中でその言葉を繰り返した。

 何かの間違いではないのか?

 自分の聞き違いではないのか?


 フィンの心は激しく動揺していた。


「どういうこと……どういうことなのですか……」


 フィンの口の中はからからに乾ききっていた。その声はあきらかに震え、掠れていた。

 隣で信じられないといった風情で佇んでいるピリポの顔も青ざめている。


『わたくしには見える……間もなく、ソーナ王は竜巫女を捕らえ、我が兄、アヴィエールの神殿は封鎖される。神官長は幽閉され、ソーナは竜王に叛旗を翻す……兄は……アヴィエールは苦悩の果てにソーナを滅ぼす……』


「ばかな!そんなばかな!!ラドリアス王がそんなことをするはずがない!」


 竜王の口から出た信じられぬ言葉をフィンは信じたくなかった。

 その突然の不吉な情報は、フィンにとってあまりにも残酷すぎた。


「王が竜巫女を捕らえるって……ソーナが竜王に滅ぼされるなんて……信じられない……僕にはとても信じられない」


 フィンは自分の膝がガクガクと震えていることを自覚した。

 指先が冷え始め、背中を冷たい汗が流れていくのがわかった。


『フィン・リンド。これは未来の出来事……まだ起こってはいない。全てはこれから起こる事……わたくしには遠い未来がみえる……兄たちも持たぬこの力は、時にわたくしを悩ませる……』


 ユズリはそのしなやかな白い指でこめかみを軽く押さえ、その美しい顔を苦悩の表情に歪め、悩ましげな吐息を吐き出した。


 竜王たちは、それぞれ固有の特殊な力を持つ。

 そして、未来を見る力は竜王の中でもユズリだけが持つ力だ。


「未来は変えることができます!ユズリ様」


 ピリポが突然、強い調子で言った。


「だから、ユズリ様は私たちにこの話をなさるのですよね?」


 ユズリは静かに頷いた。


『止めることはできるかもしれない。お前たちの力があれば。もしも、契約の剣で『あれ』を斬ることができれば……』


「あれ……とは?」


『全てを狂わせる悪しき影。かつて我が兄、ヤパンに不吉な囁きを寄せ、弟のフォルカを嘆き悲しませた悪しき存在……今はソーナを陥れようとするもの……取り逃がせばこの先様々な災厄が降りかかる……だが……』


 ユズリは目を伏せ、悲しそうな顔をした。


『残念ながらわたくしにもその正体がわからない……』


 ユズリはそう言うとふいに立ち上がり、その豊かな純白の髪を掻きあげた。

 さらさらと流れ落ちる美しい髪の流れ。

 キラキラと光る長い髪がひと房、ユズリの手の中に残った。


 ユズリはひと房の髪を束ねると、それを、足元でうずくまっていたクー・ククルに咥えさせた。

 クー・ククルはユズリの髪を咥えたまま、ピリポの側にやってくる。


『それをお使いなさい。ピリポサヌ・クリカ。冷たい血の力はそれで解くことができる。お前の姉であるピリカサヌの災厄も、もとはといえばこの悪しき影が招いたもの。カムラ・カユルとコノール・ホリンを意図的に出会わせたのも、わたくしに二人を引き裂かせるため……そして、可哀想なカムラ・カユルの想いを利用し、次の剣の封印者であるお前とフィン・リンドを潰すため……。お前の姉は巻き込まれてしまった……』


 ピリポはクー・ククルから髪を受け取る。

 キラキラと輝く純白の絹糸のような髪。

 姉の魂を唯一救うことができる竜王のたてがみ。


「ありがとうございますユズリ様。お(ぐし)、大切に使わせていただきます」


 ピリポは髪を握り締めると跪き、ユズリに深く一礼した。


『わたくしにできることはそう多くはない……ピリポサヌ・クリカ……お前の姉の魂を開放し、お前の心の中にある杞憂を、悲しみを取り去ること、それが今のわたくしがお前にしてやれる唯一のこと……お前の姉の魂が救われるその時、お前は大事なものを姉から受け取ることができる……』


「大事なもの?」


 ピリポは跪いたまま不思議そうな顔で顔を上げ、ユズリを見上げる。


『ネッカラの純粋な血を持つ娘が必ず双子で生まれるのは、大切なものを二つに分かち合って生まれてくるからだ……今では原始の乙女しか持たぬ大きな力……領地に下った者には大きすぎて扱えぬ力ゆえ、二人に分けて生まれるのだ……お前は姉からもうひとつの力を得ることで、剣を内包する魂として完成された存在になる……』


「……はい」


 両親がネッカラ族である娘は必ず双子で生まれてくる。

 それがなぜなのかは今まで誰も知らなかった。

 しかし、その本当の意味を知った時、ピリポは自分がどういう存在なのかがおぼろげに判ってきた。

 かつて、祖母のイナウコタイがピリポとピリカにこんな言葉を言った。


「全ての存在には意味がある」と。


 その言葉の意味が今、ピリポには漸く理解できた。

 ただ、流されるままに運命を受け入れるだけではいけない。


 運命は、変えられるのだから。


『そして、フィン・リンド……』


 ユズリは項垂れたまま立ち尽くしていたフィンに向かって言った。


『ピリポサヌ・クリカの姉の魂を開放したら、お前たちはソーナに戻るがいい。もしも、まだ間に合うなら、女神のしもべの草木の王と、我が兄がお前たちに力を貸すだろう』


「ユズリ様……」


 フィンは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「僕が……いえ、僕たちがソーナに戻れば、ソーナを救うことができますか?」


 しかし、ユズリは首を横に振る。


『はっきり言えばわたくしにもわからない。わたくしには未来が見えるが、常にうつろいゆく未来はいつも蜃気楼のようにおぼろげで、何かの行動が起きねばはっきりとは見通すことができない……今、見える未来は今の状況で確定されたもの……お前たちの行動次第では未来は変わる。何もせずに手をこまねいているよりはいい』


「……わかりました」


 フィンは両手の拳をぎゅっと握り締める。


「変えてみせます……ソーナを……僕の故郷の未来を……誰にも滅ぼさせやしない……」


 フィンの声には決意の力がこもっていた。

 ピリポはそんなフィンの後姿を見つめ、無言でうなずいた。


 ユズリはそんな二人を見て、満足そうな笑みを浮かべた。

 そして言った。


『おまえたちにもうひとつ、大事な話をしておこう』

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