12.「憂いのユズリ」
●【12.「憂いのユズリ」】
二人はゆっくりとユズリの前へ進み、そして跪き、頭を垂れた。
『畏まらなくてもよい。顔を上げなさい。そしてお立ちなさい』
ユズリは二人に向かってそう言った。
二人が困惑していると、ユズリはピリポに向かって言った。
『お前はピリポサヌ・クリカ。イナウコタイ・クリカの孫娘で、ピリカサヌ・クリカの双子の妹……そして、契約の剣を持つ娘……』
「はい」
ユズリは次にフィンの方を向く。
『お前はフィン・リンド。ソーナの紫紺の後継者。契約の剣の鞘……そして、あの可哀想なカムラ・カユルの玄孫……』
「……はい」
金色の瞳は全てを見透かす。
人の姿をしているけれどそれは紛れもなく竜王。
世界を守る竜の一柱。
「ユズリ様……お聞きしたいことがあります」
ピリポはまっすぐにユズリを見て言った。
彼女の信じる神である竜王を目の前にしても怖気づくことなく、素直で真っ直ぐな彼女は堂々としていた。
『言ってごらん』
ユズリはじっとピリポを見据える。
「どうしてですか……?どうして、カムラ・カユルは愛する者と引き裂かれたのですか」
ユズリは何も言わない。
「私はユズリ様にお仕えするネッカラの者として、今までユズリ様だけを信じてきました。でも、私は知ってしまいました。カムラ・カユルとコノール・ホリンが引き裂かれたことを……そして、それがユズリ様の手によるものだということを……」
ピリポは今にも泣き出しそうな表情に見えた。それでも、涙をこらえて言葉を続けた。
「ユズリ様が……私たちの神たる竜王が、愛し合う者達の心を引き裂くなんて私にはまだ信じられないのです。それは本当に本当のことなのでしょうか?何かの間違いだということを私はユズリ様からお聞きしたいのです……今までのようにユズリ様だけを信じて生きていけるように」
ユズリは殆ど表情を変えなかった。
『ピリポサヌ・クリカ……残念だが、それは本当のこと。そして、それはやむを得ぬことだった』
ピリポの体から力が抜ける。
「そんな……ユズリ様……」
ピリポはもう、自分を保っていられなかった。
彼女にとっては自分を否定されたようなものだ。ネッカラ族はどの種族よりも盲目的にユズリを信仰している。誇り高き竜の女王の側に仕えし選ばれた者としての誇りが彼女たちを支えている。
ピリポにとってユズリへの信仰は彼女の心の拠り所だった。
なのに、彼女はそれを今、自分が最も信じてやまぬ神の手で打ち砕かれたのだ。
『ピリポサヌ・クリカ……私はお前の魂を、女神デーデの大切な剣を守る魂として選んだ……それは、お前の心の資質が剣そのものだから……研ぎ澄まされた剣ほど時には折れやすい……だから、お前の怒りと悲しみはわかる』
ユズリは玉座の上からじっとピリポを見下ろしている。
『誰が好き好んで人の心を変えようか……わたくしの可愛い領民たちの心を……だけど、あれはどうしようもなかった。出会ってはいけなかったのだ……あの二人は……』
「だからといって……だからといって……」
ピリポは涙を流していた。フィンはいたたまれなかった。
『わかっている……一度狂わされた運命は元に戻らない……でも、他に方法はなかった……』
「もし、二人を引き裂かぬままなら、どうなっていたのですか?ユズリ様」
気まずい空気を和らげるように、フィンがおずおずと聞いた。
『契約の剣が出現する……正しい時期ではない時期に、魂の中に封じられたそれが、出現するということは……』
ユズリはフィンとピリポの顔をじっと見た。
『……壊れる……世界はまた暗黒の時代に戻る……』
「なぜ!なぜなんですか。ユズリ様」
ピリポが搾り出すような声を上げた。
『わたくしたちは竜……神の姿、人の姿をとってはいても、その正体はただの泥人形……泥の中に含まれた清濁をあわせもつもの……わたくしたちの心は争うことを好まない……しかし、泥から作られた体の中の血が呼ぶ……荒々しい竜の血が、兄弟同士を争わせる……女神の剣は制御できなくなったわたくしたちを諌める最後の切り札……』
ユズリは目を伏せ、ちいさな吐息を吐く。
『ピリポサヌ・クリカ……わたくしを殺せる剣を持つ娘よ……わたくしは女神の剣の前には無力……しかし、だからこそわたくしは強い……わたくしの子供たちであり、心から愛する領民たちを守るためなら、剣の前にこの身を差し出そう……わたくしはいずれ裁かれる身……人の心を変えてしまったわたくしは、お前の持つ剣に貫かれても文句は言えない……』
「ユズリ様……」
ピリポは驚いていた。
竜王ユズリは苦しんでいた。
「ユズリ様……ユズリ様の本当のお心を聞かせてください」
ピリポは言った。
「カムラ・カユルと彼女の愛する人の心を分かつとき、ユズリ様はおつらかったのですか?」
『可愛い我が子同然である領民の不幸を願う竜王がどこの世界にいようか……』
その言葉を聞き、ピリポはユズリの前にひれ伏した。
「ああ……やはり私の信じたユズリ様……そのお言葉を聞けただけでもう充分です」
ピリポにはわかっていた。
ただ、ユズリの心を知りたかった。自分の信じる神をいつまでも信じつづけていたかったのだ。
『許して欲しい……剣の娘よ……わたくしの愛しい娘よ……しかし、間もなくお前はフィン・リンドと共に、さらなる苦痛を受けることになるだろう……カムラ・カユルの怨念はやがてあの国を滅ぼすだろう……』
「えっ?」
ユズリから出た不穏な言葉に、二人は驚きを隠せない。
『間もなくかの国は滅ぶ……一人の愚かな王の手によって。そして、お前たちはその崩壊に立ち会うことになる……』
「国ってどこの国が……」
すると、ユズリはその金色の瞳をまっすぐにフィンに向けて言ったのだ。
━━━━━━━ 『ソーナ国は間もなく滅ぶ……』




