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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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10.「禁書」

 ●【10.「禁書」】


 予想すらしなかった話にピリポは激しく戸惑っていた。

 カムラ・カユルとフィンは血縁関係だ。

 そういうことならば、カムラ・カユルがフィンにこだわるのも理解できる。


 でも、あまりに突飛な情報のため、ピリポの頭の中はすっかり混乱していた。


「少し整理してみるから……」


 話がややこしくなってきたので、ピリポは混乱する頭を落ち着けるために、自分の知っている情報を少しづつ整理し始めた。


 フィンの父方の四代前がカムラ・カユル。つまり、フィンにとっては高祖母(こうそぼ)にあたる。


 長い寿命を持つネッカラ族とソーナ族なら充分ありえる話だ。

 そして、もし、カムラ・カユルが若くしてフィンの曾祖母(そうそぼ)を産んでいたなら余計現実味を帯びる話でもある。

 カムラ・カユルはイナウコタイより十二歳年上で、イナウコタイは七歳の頃、当時十五歳のコノール・ホリンと出会っている。カムラ・カユルはその時十九歳だ。


 この出会いのあと、二人が何年後かに恋愛関係になり、子供をもうけたとしても充分つじつまが合う。


 しかし、ひとつ納得の行かないことがあった。


「ちょっとまってフィン……計算が合わないよ!」


 ピリポは慌てたように言う。


「コノール王が亡くなったのって最近なんでしょう?」

「うん。六年前。今のラドリアス王との魔力勝負に負けた直後に病で……」

「そのときにはフィンはもう生まれてたじゃない……魂に受継がれるって……無理なんじゃないの?」

「そんなことはありませんよ」


 そう言ったのはサネだった。


「生まれる前に鞘や剣の転生先が決まるのではありません。女神が選んだ相応しい魂の中に武具は宿るのです……その魂が既に母の胎内から出て、この世界に生まれていても、それはそっと魂の中に入り込むことが出来ます……ただ、全ての武具がそうではありませんが……」

「どういうことですか?」


 興味深そうに聞いたのはフィンのほうだった。


「フィン。女神は竜王を常に監視していることは知っていますね」

「はい」

「女神は竜王を裁くとき、五つの武具を身に纏うのですよ」


 サネはそう言うと、コンルに声をかけた。


「コンル。光臨の間から禁書を持ってきておくれ」

「はい。サネ様」


 コンルが部屋を出てゆくと、サネはフィンに向かって言った。


「契約の剣、慈愛の楯、沈黙の衣、叡智の兜、そして裁きの翼……これが女神の五つの武具です。竜王が過ちを犯したとき、彼らを裁く場での正装であり、もしもの時の闘いのための武装なのです」

「武装……」

「そうです。かつて女神は、神話の時代に竜王ヤパンが叛乱を起こした時にこの武具を身に纏いました」

「ヤパンの乱……興国の大戦のことですね?」

「そうです。まだ、竜王の支配が強く、領民たちが竜王の意のままに動き、自分たちのためではなく、竜王のために戦った時代の話です……いわばあれは人間を駒として使った竜王同士の代理戦争のようなものでした……」

「あの戦が今の世界を作ったんですよね?」

「そうですよ。フィン……ヤパンが悔い改め、また裁きの翼がこれ以上の断罪をしてはならぬという助言を女神に与えたため、ヤパンは力を半分削られただけで土に還る事を免れ、大戦は終息しました」


 サネがそこまで言ったとき、コンルが戻ってきた。

 その手には黒い羊皮紙の表紙のついた一冊の古い本があった。


「ありがとうコンル」

「はい。サネ様」


 コンルは静かにサネの傍で控えた。


「さて、話を少し戻しましょうか……」


 サネはそう言って本を開くとコンルに言った。


「コンル。武具の項を開いてこの子たちに見せてあげて」

「はい」


 コンルは本をそっと開くと、ピリポとフィンの方に本を向けて、よく見えるようにした。


「これは竜王教の禁忌『禁書』と呼ばれるもので、女神の呪いを受け、その罪が許されるまでこの世界の記録を記しつづけるという役目を与えられたある一族の初代の『記録者』が記した本の写本です……」


 開かれた項には、古代のソーナ文字と、武器や防具らしいものの絵がいくつか描かれていた。


「女神が纏う五つの武具のうち、契約の剣と鞘、それに『慈愛の楯』は女神自身が封印する魂を決めています。女神の力と守りを司る大切な武具ですからね……」

「他の武具は違うのですか?」

「ええ」


 サネは穏やかな笑みをフィンに向けた。


「女神の体を全ての災厄から守る『沈黙の衣』は、その製作者でもある草木の王が自ら守り、女神に知恵を与え、その頭をあらゆるものから守る『叡智の兜』はそれ自体が思考を持ち、自ら転生する魂を決めると言われています。そして、女神に唯一、裁きについての助言を与えることの出来る『裁きの翼』は、右翼左翼それぞれが、女神にすら予測できない時代と場所の魂を選び、これも自ら転生先を選ぶそうです……」

「他の武具は今どこにあるんですか?」


 フィンの興味深そうな声を微笑ましく思いながらも、サネは優しく答えた。


「さあ……どこにあるのでしょうね……まだ、裁きの時期ではありませんから、わたくしにも女神にもユズリ様にもわかりません……」

「ということは……」


 今までの話をずっと聞いていたピリポにはなんとなくわかってきた。

 これは意図的に行われた操作だと。


「カムラ・カユルとコノール・ホリンの血を引くフィンが次の鞘になることは必然でした。カムラ・カユルの孫娘がネッカラの娘にはありえない異種族との間に男の子を産んだのは偶然ではないし、また、その男の子の息子……つまりフィンが紫紺の後継者となったことも意図的なものです」

「わからない!私にはわからない……」


 ピリポは激しく頭を振った。


「なぜ、そんな操作をされなきゃならない?」

「封じられた魂の奥に深く眠っていた剣と鞘が、出会ってしまい、あろうことか結ばれてしまったからですよ……」


 サネは悲しそうに首を横に振る。


「えっ?」

「ピリポサヌ……あなたの魂の中にある契約の剣の前の持ち主は……カムラ・カユルでした」


 ピリポはさらに驚きの事実を聞かされた。


「……まさか……どうして……」


 ピリポは絶句している。驚きのあまりそれ以上声も出せなかった。


「契約の剣は、本来剣と鞘が揃っているべきなのです。しかし、竜王をも滅ぼすことの出来るこの武具は、剣と鞘に分けて封印しなければ、女神以外にはとても制御できるしろものではありません……ですから、剣と鞘の持ち主が生まれる時期は微妙にずらされ、出会うべきでない時期に出会うことがないように制御されていました……しかし、カムラ・カユルとコノール・ホリンの場合、何者かの力によって制御の妨害をされ、この時期が被ってしまったのです……」

「そんな……」

「剣と鞘はもともと一対。それを持つ魂が引き合うのは当然のことです」

「……二人は、どうなったのですか?サネ様」


 ピリポの声は震えていた。


「愛し合っていた二人は女神と竜王の意図により、引き離されました。やむを得ぬこととはいえ、コノール・ホリンの心を操作し、カムラ・カユルから彼の心を遠ざけることはユズリ様もおつらかったでしょう」

「ちょっとまってくださいサネ様!では、二人はユズリ様と女神デーデに引き裂かれたと?」

「……ええ」


 サネは今にも泣き出しそうなほど悲しそうな顔をした。


「ユズリ様に……女神デーデに……いくら神であっても、人の愛を引き裂く権利などないのではないですか?私には信じられません!」


 深く竜王を信じていたピリポにとって、これは心臓を剣で貫かれるほどの衝撃だった。


「……ええ……たとえ女神でも、竜王でも許されないことです……しかし、そのままでは危険でした……二つの魂が出会えば、契約の剣は必ず出現する。武具の……特に剣の出現は女神の裁きの時期が近いこと意味し、竜王は女神に不審を抱き、そして脅えます……その中でも特に女神によい感情を持たないヤパン、ガイアルがこれを知れば、おそらく心穏やかではいられないでしょう……」

「それは竜王たちの事情でしょう?」


 ピリポの赤い瞳は怒りと絶望の色を含んでいた。


「ええ……言い逃れはしません……でも、ピリポサヌ。だからといって、全世界をまた、あの興国の大戦の時のような暗黒の時代に陥れることはできないのです」


 サネの悲しげな顔を見て、ピリポは言葉に詰まる。

 ただ二人の人間の愛と、世界中の多くの人々の平和と命。

 どちらも大切だが、どちらかを選ばねばならないと選択を迫られ、それを天秤にかければどうしても犠牲の少ないほうを選ばざるをえないだろう。


 それはわかっている。

 わかってはいるが、どうしても納得がいかなかった。

 この事実はピリポにとってあまりにせつなすぎた。

 そして、ピリポは先ほどサネが言った言葉の意味がようやくわかってきた。



 ━━━━━━━ 「あなたはカムラ・カユルを決して許せなくなる。そして、同時にカムラ・カユルに復讐することもできなくなる」



 自分の玄孫(やしゃご)にあたるフィンに苦しみを与える彼女をピリポは許せないし、その原因が神々の意図による悲しいものとわかった今では、ピリポはカムラ・カユルに対して姉の復讐を考えることも躊躇われるのだ。


「カムラ・カユルはユズリ様と女神を激しく恨んでいます。ネッカラ族の誇りである赤い瞳と白い肌とを引き換えに緩やかに年を取ることを選び、禁断の呪術を使い、片目の視力と引き換えに魂の中から強制的に剣を引き抜いてしまった……」

「引き抜いた……そんなことってできるのですか?」

「普通はできません……呪術すら、女神の管轄なのですから……でも、彼女にはそれができてしまった……そう、何かの力が彼女を手助けしている……」

「それは……何なんですか?サネ様」

「わたくしにはわかりません……でも、わたくしには何かよからぬものが運命を厭なほうへ曲げようとしている気がしてなりません……」


 サネはそう言って小さなため息をついた。


「あの……聞いてもいいですか?」


 フィンがおずおずと口をはさんだ。


「いいですよ。言ってごらんなさい、フィン」

「……僕とピリポが出会ったのは……本来の裁きの時期ということですか?……剣は出現するのでしょう?僕とピリポはどうなるのですか?」


 しかし、その問いにサネは答えることが出来なかった。


「……それはわたくしからはお話できないの……ユズリ様におききなさい……」

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