9.「魂の中の刃」
●【9.「魂の中の刃」】
話をひととおり聞き終えたサネは少し考え込むように手を額に当てて、小さく溜息をついた。
コンルがお茶を運んできて、二人の目の前に静かに置いた。
氷で出来たこの少女は、氷の精であり、竜巫女の身の回りの世話をしているとのことだった。
クー・ククルはサネの足元に体を横たえ、くつろいだ様子で話を聞いている。
「あなたたちは来るべくしてここへ来た。必然に導かれて」
サネは静かな声でそう言った。
「えっ……?」
「ピリポサヌ……これは全て起こるべくして起こったこと。世の中に偶然などありません。すべては必然。あなたがここに来ることも、わたくしがあなたたちに語ることも」
「決まっていたことだと、おっしゃるのですか?サネ様」
「そうです」
「サネ様……いや、ユズリ様にもわかっていたことなのですか?」
「……わかっていました」
ピリポは信じられないといった顔をしている。
「……すべて……わかっていたのに、黙っておられたと?」
「必然に手を出すことはできません……運命に手を加えることはできないのです……ただ、いつ、誰の身に何がおこるかはわたくしにもわかりません……だけど、これは決められていることです……」
ピリポの声は震えている。
「では、姉さんが死ぬこともですか?」
「そうです。カムラ・カユルは何の理由もなしにあなたの姉さんを選んだのではありません。あなたの力を弱らせるため、あなたの姉さんをわざと殺したのです」
「ばかな!」
ピリポは両手でバンと机を叩いた。
テーブルの上の茶器がガチャリと音をたて、中からお茶が少しこぼれてしまった。
「私の何が狙いかはしらないが、最初から私が狙いなら何も姉さんを殺すことなんかなかったじゃないか!私を直接殺せばよかったものを!」
ピリポは声を荒げた。
「それでは意味がないのですよ……ピリポサヌ。狙いは殺すことではない。あなたのその綺麗で真っ直ぐな心を悲しみで黒く曇らせることなのだから……そのためには、あなたの一番大切な存在を傷つけるのが一番いい……」
「私はカムラ・カユルに恨みを買うようなことは何もしていない……なのになぜ」
「それは、あなたの魂が、大切なものを包んでいるから……カムラ・カユルはその大切なものを壊したかった……それだけです」
「私の中の……大切なもの……?」
ピリポは困惑したような表情を見せる。
「教えてください……サネ様。私はいったい何なんですか?」
すると、サネは困ったような顔をした。
「それをあなたに教えたら、あなたは覚悟しなければならない……まだ、そのときは来ていないのに、大切な覚悟をしなければならない……それでもいいの?」
「どういうことですか?」
ピリポは真っ直ぐにサネを見つめる。
その銀灰色の瞳は光を失っており、ピリポの姿を見ることはできない。
しかし、それでもピリポは訴えかけるようにサネをじっと見つめた。
「あなたが自分のことを知ってしまったら、あなたはカムラ・カユルを決して許せなくなる。そして、同時にカムラ・カユルに復讐することもできなくなる。そして……何よりもつらいことに立ち会う覚悟をしなければならないの……」
サネはそう言うと、フィンの方に首を向けた。
フィンは相変わらず俯いたまま黙っている。
それはフィンに関わることなのだろう。
フィンの様子を見ていればわかる。だけど、知りたい。
その『必然』とやらのせいで姉がこんな苦しみを受けねばならなかったのなら、フィンにつらいことが起こるかもしれないのなら。
何も知らないまま、苦しむのはもう終わりにしたかった。
「かまわない……教えてください。サネ様」
サネはもう一度小さく溜息をついたが、意を決したようにピリポの方に向き直ると、光のない瞳をピリポに向け、静かな、しかしはっきりした声で言った。
「あなたは剣……女神デーデの剣……あなたは竜王を滅ぼすことができる女神の唯一の武器、『契約の剣』をその魂の中に抱えているのです」
「……契約の……剣」
ピリポは愕然としていた。
その名は伝説の中に残るのみ。
有名な創世の書の第一節に出てくる、創造主の髪から生まれた一振りの聖なる剣。
女神デーデの手に握られ、竜王の急所に刺せば竜王をたちどころに土に還すことのできる剣。
しかし、それは女神デーデが常に携帯するものだと思っていた。
そんなものが、どうして自分の中にあるのか。
「女神は遠い昔に起こった、竜王ヤパンの乱の後、自ら剣を封じました。いえ……剣だけではありません。伝説の五つの武具全てを封印したのです」
竜王ヤパンの乱。竜王教の聖典にも、子供たちに語られる昔話にも出てくる有名な話。
それは神話の時代、今の彩岩楼皇国あたりで起こった大きな戦。
竜王たちが絡む大きな戦で、この戦のために世界は一度崩壊しかけている。
竜王たちが沈黙したのはその後だ。
そして、その後の世界は今の形になっていった。
「契約の剣は竜王さえ一撃で滅ぼす武器。その武器を内包する魂は竜王に近い存在で、強い魂を持つ者でなければ封印の魔力に耐えられなかった……剣は代々、ネッカラの娘の魂に受継がれてきました。そして、この強力な武器が暴走しないように封じる鞘は、大きな魔力に支えられていなければならないのです……竜王の血に近く、魔力を持った一族……ソーナ族の者の魂に……」
「まさか……」
ピリポはフィンを振り返った。
フィンは無言で頷いた。
「必然……私とフィンが出会ったのも……」
「そうです……クー・ククルが友と認めるのは代々、その魂に鞘を内包したソーナ族の者。鞘は常に強大な魔力を必要とするから……クー・ククル……いえ、カイ・ホロケウはユズリ様が女神に命じられてその鱗から作った魔力の獣。カイ・ホロケウを介してユズリ様が鞘の魂に魔力を与えていたんです……」
信じられない話だった。
しかし、サネが嘘をつくとも思えなかった。
「ソーナの前王、コノール・ホリンもその一人でした。コノール・ホリンが亡くなる少し前、女神は鞘の次の転生先にフィンの血筋を選びました。コノール・ホリンの強い資質を受継ぎ、さらに剣も封印できるほど強力なネッカラ族の血が混じった、同じ血筋の者を選んだのです」
「えっ?……では、フィンは……」
「僕も、最近知ったんだ。コノール王はとても若い頃、一人のネッカラ族の娘と結ばれて、娘を一人儲けている。娘の母はコノール王と別れ、生まれた女の子は母に引き取られたんだけど、やがて彼女は母のもとから離れ、一人のソーナの青年と結ばれた。その娘の産んだ女の子はやがてリンドの家系に嫁いで一人の男の子を生んだんだ……」
「でも、ネッカラの娘は異種族の間では男の子は産まないはず……それに生まれた子はソーナの特徴を持たないはずじゃ……」
「ところがね……不思議なことに、一人だけ男の子が生まれたんだよ。物凄く魔力が薄い男の子が……」
「まさか……」
「そう……それが、僕の父さんだったんだ」
「……つまり、フィンのおばあちゃんはネッカラ族……?」
「おばあちゃんって言っても父さんを生んですぐに亡くなったそうで、おじいちゃんはその後、ソーナ族の別の娘と再婚した……つまり、今の僕のおばあちゃん……」
「じゃあ、フィンは私たちネッカラの血が入っているってこと?」
フィンは少し照れながら頷く。
「でも、ピリポ……もっと、驚くことがあるんだ……あの……とても、言いにくいことなんだけど……」
「これだけ驚くことを聞かされたら、今更もう驚くことなんかないよ」
ピリポがそう言うと、フィンは「本当に?」と念を押した。
「うん」
フィンはとても言いづらそうにその衝撃の事実を口にした。
━━━━━━━ 「亡くなった僕のおばあちゃんの祖母……それが、カムラ・カユルなんだ……」




