7.「凍れる山へ」
●【7.「凍れる山へ」】
「……姉さん……もう、少しの辛抱だから……必ず、ユズリ様からお髪を頂いてくるからね……もう少し、待っていてね」
ピリポは眠るピリカの頬をそっと撫でた。
ピリカの体には沢山の護符が貼り付けられていた。
フィンの目の前で暴れて以来、彼女はその体に貼り付けられた多くの護符に戒められ、ずっと眠りつづけている。
「ピリカを……ゆっくり眠らせてやって欲しい……そのためには……頼むよ。ピリポ」
ピリカの側にはレナウがずっと付き添っていた。
「……本当にごめんなさい……レナウ……私が余計なことをしなければ、レナウにだってつらい思いはさせなかった……」
ピリポは唇を噛み締め、つらそうな表情でレナウを見た。
「謝ることはないさ、ピリポ。正直言って、僕は少しだけ嬉しかったんだ」
「えっ?」
ピリポはレナウの意外な言葉に驚く。
「偽りの命であっても、生きているピリカの側にいられた。もちろん、いずれは失われる命だけれど、それでも、僕は心の準備をすることができたんだ……あのまま、ピリカを突然亡くしていたなら、僕はきっとこんなに心穏やかではいられなかっただろう……」
レナウはそっと目を閉じ、胸のところに手のひらを当てて静かな声で言った。
「それにね、ピリカはまだこんなにも綺麗なままだ。今にも起きだしてあの綺麗な声で歌ってくれるような気がするんだ」
レナウの閉じたまぶたからすうっと一筋の涙が流れ落ちる。
「……ごめんなさい……」
ピリポはいたたまれなかった。
一番つらいのは彼だった。愛する人を突然奪われ、そして、もう一度失わなければならない。今度こそ、永遠に。
なのに、ピリポを傷つけないために、優しい言葉をかけてくれる。
本当は誰よりもつらいだろうに。
姉はこんなにも愛されていた。
そんな姉の命を奪い、愛する人から引き離し、あまつさえその魂を汚したカムラ・カユルをピリポはどうしても許せなかった。
「レナウ……姉さんをお願い……できるだけ早く戻ってくるから」
レナウは無言で頷いた。
ピリポが外に出ると、フィンとイナウコタイ、そしてアデラードが待っていた。
クー・ククルはフィンの傍に佇んでいる。
「用意はいいかい?ピリポ」
「はい。おばあちゃん」
心配そうなイナウコタイに向かってピリポは力強く頷いた。
「行こうか。ピリポ」
クー・ククルの背に飛び乗ったフィンが声をかけてくる。
「うん。行こう。フィン」
『ピリポサヌ・クリカ。私の背に乗るといいだろう。ホロヌカヤまでは数時間もかからない』
クー・ククルは金色の目を細めて、ピリポに向けて二本の尾を軽やかに振った。
「ありがとう」
ピリカはフィンの後ろに乗ると、イナウコタイたちのほうに振り返った。
「おばあちゃん、行ってきます。アデラードさん。ありがとうございました」
アデラードは穏やかに笑って手を振った。
「じゃあ、行こう」
フィンがそう言うと、クー・ククルはゆっくりと走り始めた。
やがて、クー・ククルはそのスピードを徐々に上げ、それと同時に背中の大きな翼を羽ばたかせた。
次の瞬間、フィンたちを乗せたクー・ククルは優雅に空に舞い上がった。
ピリポとフィンはクー・ククルにしっかりとつかまる。
凍てつく空気の中を滑るようにクー・ククルがゆく。
白銀の景色は眼下に、鈍色の空は頭上に。
頬が切れそうな冷たい風が二人の頬を容赦なく打つ。
進むほどに激しくなり、息もできなくなるほどの雪。
それでも、クー・ククルは飛びつづける。
『まもなく聖域だ……このまま進むが、構わぬか?』
「うん」
クー・ククルの声は風の音でよく聞き取れない。
フィンもピリポも大事な情報を聞き逃さぬよう耳をそばだてる。
『ユズリ様の聖域は少し様子が違うから、驚かないように……』
「様子が違うってどういうこと?」
しかし、フィンが投げた質問にクー・ククルは答えなかった。




