6.「クー・ククル」
●【6.「クー・ククル」】
時間は少し遡る。
ラドリアスがフローリアの正体を知るよりすこし前の話。
ネッカラの里ではいよいよクー・ククルの蛹が割れようとしていた。
その瞬間をひと目見ようと長老イナウコタイの家には多くの者たちが集まっていた。
アデラードはフィンが眠るベッドの側にピピとポポの入った結晶を置き、見物人たちを部屋の外に下がらせていた。
部屋の前には少しでもいいから誕生の瞬間を見ようと、僅かな隙間から部屋の中を覗き込もうとする女たちで一杯だったが、イナウコタイは彼女たちを追い払い、居間まで下がらせ、自らも部屋から離れた。
「聖獣クー・ククルの気を乱してはならない」
イナウコタイはそう言って、野次馬たちを納得させた。
長老がそう言うならば仕方がないと、見物に来た者たちはしぶしぶと居間のほうへ引き上げた。
ピリポはフィンにずっと付き添っていた。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。きっと、うまくいくさ」
アデラードの穏やかな笑顔はピリポを少し落ち着かせた。
コト……。
微かな音がして、結晶が小刻みに動き始めた。
「……そろそろはじまるようだ。俺たちも少し離れていよう」
アデラードはピリポを連れて、部屋の入り口まで下がった。
カタカタと音を立て、結晶は動き始める。
真っ青で透明な四角錐の結晶の中は次第に白く濁りはじめ、中にいたピピとポポの姿はすっかり見えなくなった。
パリンと大きな音がして二つの四角錐は同時に割れた。
と、同時に中から真っ白い二つの光が飛び出る。
物凄い速さで、お互いを追いかけるようにくるくると回り始めた二つの光はやがて距離を縮め始め、一つに合わさった。
一つになった光は輝きを増し、そのあまりの眩しさに、ピリポもアデラードも目を開けていられないほどだった。
やがて、光は少しづつその輝きを弱めた。
ピリポとアデラードが目を開けると、そこには一頭のとても美しい獣がいた。
その姿は狼に似ていたが、狼よりも大きな体。
全身を銀灰の被毛に覆われ、金色の瞳は猫のように大きくて、少しつりあがっている。
二本の尾を持ち、純白の翼があった。
四肢を折り、伏せた姿勢のまま、その獣はピリポたちのほうをじっと見ていた。
「クー・ククル……」
思わずピリポの声が漏れた。
クー・ククルは優雅な身のこなしですっと立ち上がると眠っているフィンの側に近づき、その額に鼻先をそっと寄せた。
突然、フィンの体が純白に輝き出し、ふわりと宙に浮いた。
「フィン!」
飛び出しかけたピリポをアデラードが抑える。
「彼はクー・ククルから魔力を与えられているんだ。邪魔してはいけない」
「でも……」
「大丈夫だから」
宙に浮かんだフィンは苦しそうな表情だった。
顔を苦痛に歪め、体を捩り、もがいている。
「フィンが苦しそうだ……本当に大丈夫なのか?」
ピリポはいてもたってもいられない。
しかし、アデラードは落ち着いた声で言う。
「強大な魔力が体に注がれているんだ。苦しいのは当然だよ……でも、大丈夫。彼なら大丈夫だ」
やがて、フィンの体を包む光は輝きを増し、フィンは体を引きつらせて苦しんでいた。
しかし、しばらくするとフィンは突然ぐったりしてしまった。
それと同時に光は弱まり、フィンはベッドの上にどさりと落ちた。
「もう、行ってもいいよ」
アデラードにそう言われてピリポは弾かれるようにフィンの側に駆け寄った。
「フィン!」
その声に反応するようにフィンはうっすらと目を開けた。
「……ピリポ?」
「よかった……目を醒ました」
ピリポは今にも泣きそうな顔をしている。
フィンはゆっくりと体を起こす。
「ごめん……ピリポ。でも、僕は大丈夫……ピピとポポ……いや、クー・ククルが全部教えてくれた……僕が何者なのか……僕がこれから何をするのか……」
フィンはそう言ってピリポに向かって微笑んで見せた。
その顔はとても大人びていた。いままでの子供のように頼りないフィンの面影はなく、一人前のソーナ族の男に見えた。
「クー・ククル……いや、カイ・ホロケウ……竜王ユズリの処へ僕とピリポを連れて行ってくれる?」
『もちろんだとも。我が友フィン・リンド』
クー・ククルは人の言葉で話した。
驚いているピリポの所にクー・ククルはゆっくりと近づいてくる。
『ピリポサヌ・クリカ。我が友フィンの大切な友である貴女を私も友と認めよう。貴女の姉妹はきっと安らかに眠れるだろう』
そう言ってクー・ククルはピリポに頭を摺り寄せた。
「……どういうことに、なっているの……?私、わからない……」
「カイ・ホロケウ……あ、これはクー・ククルの本当の名前なんだけどね、彼は魔力を与えた友が死ぬと、幼態に一度戻るんだって。そして、次の友が現れるのを待っているんだって……それがピピとポポだったんだ」
フィンはピリポに説明した。
『私はこの姿でいると、大きな魔力を常に放出してしまうので、余った魔力を与えられる友が居ないときは姿を二つに分けねばならないのだ……幼態の時の私は、森の子と同じ姿をしているので、黒森の森の子としてずっと姿を隠していた……』
クー・ククルは二つの姿を持つというのはこのことだったのだ。
「じゃあ、最初からフィンを守ってくれていたの?」
クー・ククルは美しい金色の瞳を瞬かせて言った。
『そうだ。彼が私の魔力を得るに相応しい器と、器量を持った者かどうか、私は彼の側でずっと見ていた……そして、彼は私の力を与えるに相応しい友であると判断した……』
ピリポはクー・ククルの額にそっと触れた。
柔らかで手触りのいい被毛をゆっくり撫でるとクー・ククルはうっとりと目を細めた。
「……ありがとう。フィンを守ってくれて。それから……姉さんを助けてくれることも感謝します」
クー・ククルは次に、アデラードの側に行くと、何も言わずに膝を折り、服従するかのように頭を下げた。
アデラードはクー・ククルの耳元にそっと唇を寄せると、誰にも聞こえない小さな声で、そっとクー・ククルに囁いた。
「カイ・ホロケウ……俺のことは誰にも言ってはいけないよ……フィンにも、それからお前が仕える麗しの主にもね」
クー・ククルはこくりとうなづいただけだった。
イナウコタイが部屋に姿を見せた。
「フィンとクー・ククルは?」
「おばあちゃん。どちらも無事に」
ピリポがイナウコタイの側に駆け寄った。
「おお……無事に済んだのだね」
「はい」
イナウコタイはクー・ククルの側にいるフィンに向かって声をかけた。
「坊や。気分はどうだい?」
するとフィンはにっこり笑って答えた。
「はい。なんだか、生まれ変わったような気がします」




