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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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2.「仮免許」

 ●【2.「仮免許」】


 フィンが家へ戻ってみると母親のフォーラはおかんむりだった。


「あなたまた、イズニー先生に叱られたそうじゃないのフィン」

「シャーロッテ……喋ったな」


 フィンは思いきり顔をしかめた。


「なあに?シャーロッテがどうしたの?」


 フォーラはきょとんとした顔をした。


「えっ?シャーロッテに聞いたんじゃ……?」

「違うわ。さっき、街で偶然イズニー先生に会ったのよ……ほんと、しょうがない子」


 フォーラはフィンの頭をポンと軽く平手で叩くと、大きな溜息を吐き出した。


「紫紺の後継者らしくなくてもかまわないけど、せめてスペルマスターとしては一人前になってちょうだい。お父さんが悲しむから」

「……ごめんなさい」


 フィンがスペルマスターとして生まれてきたことを誰よりも喜んでいたのは父親のフィネガスだった。


 ソーナ族は普通、操れる魔道の種類を限定されて生まれてくる。

 治療系の術に長けた者、攻撃系の術に長けた者の二種類に分かれている。

 しかし、数百人に一人の割合で、その両方を使える者が生まれることがある。

 彼らはスペルマスターと呼ばれ、生まれながらにしてのエリートだ。

 スペルマスターが誕生する要素はまだ解明されておらず、家系や遺伝に関係なく、ランダムに生まれる。

 五代続けてスペルマスターが生まれることもあれば、その家系に全く生まれないこともある。

 フィンはリンド家に数百年ぶりに生まれたスペルマスターだった。

 しかも、王の素質を持つ紫紺の後継者でもあるから、フィネガスにとってフィンは自慢の息子だった。


 フィネガスは白のローブの治療術士だが、魔力はあまり強くなく、魔道術士団の治療術士の中でも末席におり、常日頃から自分の魔力が薄いことを気にしていた。

 その分、最高の素質を持って生まれてきた息子に過剰なまでの期待を寄せているのだ。

 フィンにとってはこれがかなりのプレッシャーだったが、それでも父親の気持ちを思うと反抗することもできなかった。


「それにしてもイズニー先生、心配してたわよ」

「えっ?」

「このまま成績が悪い状態だと、来年のマスター試験が受験できないかもしれないって」

「そんな……」

「まさかと思うけど、グレイリタイヤにだけはならないでね……恥ずかしくて外にも出られなくなってしまうわ。お父さんなんかショックでどうにかなっちゃうかもね」


 気にしていることを言われ、フィンはどきりとする。

 しかし、フォーラはすぐに笑ってフィンの頭を撫でた。


「冗談よ。大丈夫。先生はそんなことおっしゃらなかったわよ」


 笑えない冗談だった。


「母さん、酷いよ……」

「ごめんごめん。でも、イズニー先生言ってたわよ。フィンは少し自信がない感じだからもっと自分に自信を持つようにって。これは本当よ」

「わかってるけど……」


 そういわれてすぐにできることではない。


「心配しなくても大丈夫よ。フィンはいざという時にはちゃんと実力を出す子だもの。お母さん信じてるわ」


 しかし、母がいくらそう慰めてくれても、フィンはやはり心の奥でグレイリタイヤのことを気にしていたので、素直に安心することができなかった。


 グレイリタイヤ。灰色の脱落者。

 それはスペルマスターの子供にとっては一番嫌な言葉だった。


 スペルマスターではない一般の子供は主に、一人のスペルマスターの師の元に通い、十四歳で魔道術士団に入るが、スペルマスターの子供は、入団が一年遅くなる。

 十五歳を迎えたら、最終試験であるブラックマスターかホワイトマスターどちらかの試験を受け、合格しなければならないからだ。

 合格率はほぼ百パーセントに近いが、稀に試験に落ちる子もおり、その場合は一年留年しなければならない。

 十六歳を迎えてもなお、マスター試験に合格できない場合は、強制的に魔道学院中退となり、グレイリタイヤと呼ばれ、生涯灰色のローブを着つづけなければならない。

 実力主義のソーナ国においてグレイリタイヤに未来はない。

 国を出るか、屈辱に耐えながら生きていくかどちらかしか道はない。


 ただ、ソーナの歴史上、グレイリタイヤが出た例はほんの数例しかないと言われている。


「なあに?本気で心配しているのフィン?」

「だって……」


 不安そうなフィンに向かってフォーラは優しく微笑みかける。


「フィンは元々魔力は誰よりも強いのよ。あなたのその綺麗な群青色の髪はその証拠よ。それにあなたの瞳は紫水晶のように綺麗な菫色……あなたが望めばこの国の王様にだってなれるのよ?」


 フォーラはそう言ってフィンの髪をそっと撫でた。


「でも、僕はいつも失敗ばかりしている……ローブだってまだ灰色だし」

「大丈夫。私のおばあちゃん……つまりあなたのひいおばあちゃんは、魔道術士団の治療術士長まで勤めた立派なスペルマスターだったわ。だけど、マスター試験の一週間前までローブの色が決まらなかったそうよ。フィンは私に似ているから私の家系の血をついで、大器晩成型かもしれないわよ?」

「だったらいいんだけど」


フィンの不安が母の言葉で少しだけ和らぐ。


「大丈夫よ。さあ、夕飯にしましょう」

「……うん」







 翌日の午後、フィンはイズニー教授の教授室に呼び出された。


「先生……僕、また何かやったんでしょうか?」


 宿題もやった。昨日言い渡された書き取りの課題も提出した。

 今日の講義もしっかり聞いたし、実習も失敗しなかった。

 呼び出される理由がわからなくてフィンは不安になった。


「私がここへ君を呼び出すのは何も悪い時ばかりではないよ。フィン」


 そう言うとイズニー教授は椅子を指差して言った。


「とにかくかけたまえ」

「はい」


 フィンが椅子に座ると、イズニー教授は軽くうなづいた。

 そして、手に持ったノートを開き、それに目を落としながら言った。


「今日の実習を見ていて、君は攻撃系の素養が強いと私は確信した」

「……はあ……」


 フィンはぽかんとしている。


「長文詠唱系はだいたいにおいてどの子も強い疲労感を訴えるものだ。今日やった『氷刃の旋風』はかなり高度な長文詠唱系だったが、君は殆ど疲れもせず、どの子よりも鋭い氷刃を作り出し、しかもそれを自由に操っていた。大人でも難しいことなのだ」

「ありがとうございます。今日は僕もちょっと上手くいったって思ってました」


 長文詠唱系魔道は体力をとても消耗する。

 スペルマスターはそうでない者にくらべ、長文詠唱系魔道を使用する時でも、さほど体力は消費しないほうだが、強力な長文詠唱系は熟練した大人でもしばらくは休憩をしたくなるほど疲れてしまうものだ。

 他の子がぐったりしている中、フィンは疲れも見せず見事に氷の刃を操ってみせた。

 イズニー教授はそれを認めてくれたのに違いなかった。


 フィンは少し嬉しかった。

 イズニー教授が誉めてくれることはあまりないからだ。


「こうしてみると長文詠唱系の時だけはいつも君の成績はいい。また、君はどうやら治療術より攻撃術に長けているようだ。自覚はあるかね?」

「はい。治療術よりは攻撃術の方がどちらかといえば使いやすいなと思ってました」

「よろしい。では、君は来年ブラックマスターの試験を受けなさい」

「えっ?」


 突然のことでフィンは驚いていた。


「不服かね?」

「い……いえ……ありがとうございます!」

「方向性が決まったので、君にはこれを授与しよう」


 イズニー教授は背後にあるクローゼットを開くと、中から黒い箱をひとつ取り出してきて、フィンに手渡した。


「……これは……」

「黒のローブ。君は攻撃系の黒衣のスペルマスターを目指すといいだろう」


 フィンは箱をそっと開けた。

 ずっと憧れていた漆黒のローブ。

 滑らかでつやのあるファルサード織りのローブ。

 長さは踝まで。肩には取り外しのできるケープがついていて、寒いときにはマントにもなる。

 襟の後ろはフードになっている。


 ローブ授与の判断は担当教授に委ねられている。

 イズニー教授がフィンの力を認めてくれたということだ。


「本当に……いいんですか?僕、黒のローブをもらってもいいんですか?」

「もう、そろそろ与える時期だと判断していた。しかし、正直なところまだ一部の魔道のレベルが君は足らないから、いささか早い気もするが……」


 イズニー教授はちょっと言いにくそうにしている。


「まあ、仮免許という感じだな」

「仮免許?」

「そうだよフィン。君にはまだ足りない部分がいくつかある。しかし、君が無限の可能性を秘めているのも事実だ。君は引っ込み思案で自信がない。自信のなさは魔力の強さに影響する。黒のローブを着て、気を引き締めれば、君の眠っている力を発揮できるようになるかもしれない……だから私は少し早いが君にローブを授けることにした」

「ありがとうございます!僕、がんばります」


 フィンの心は晴れやかだった。

 これでやっと一人前のスペルマスターとして認められたのだ。

 仮免許だろうがなんだろうが、黒のローブを着られることは本当に嬉しかった。


 真っ先に父と母に報告したい。

 シャーロッテに自慢したい。

 フィンは嬉しくて嬉しくて、すっかり舞い上がってしまっていた。


 しかし、フィンの喜びはつかの間だった。


 イズニー教授はとんでもないことを言い出したのだ。


「フィン。君は来月から一年間、見聞と経験を広めるため、旅に出ることを命じる」

「えっ?旅って……」

「君に足りないものは応用。そして、注意力。でも、何よりも一番足りないのは自信だ。他国を一人で旅することでいろいろ学んでくるといい。一の実地訓練は百の講義に匹敵するから」

「でも、先生……講義は?」

「今月末で私の講義は全て終わり。十回生は試験までの一年間は研究と修行期間。学院内で勉強するより君の場合は実践あるのみと判断した」


 満四歳で魔道学院に入って十年間。イズニー教授はずっとフィンの担当だった。

 一般の子が一人のスペルマスターに弟子入りして十年間指導を受けるのとシステムは同じだが、魔道学院では担当教授の受け持ちの子供は一学年で三人まで。

 イズニー教授はまだ若く、十年通しての教え子はフィンの学年が最初ということもあって、無事全員卒業させ、マスター試験に合格させられるかは今後の彼自身の評価にも関わってくる。

 だから、その指導はことさら丁寧で、かつ厳しい。

 フィンと同時にイズニー教授に教えを受けているアーナス・ラッセル、ヨハン・イスラスの二人は平均的で殆ど彼の手を煩わせないが、フィンはその二人の分まで手のかかった教え子だ。

 素材は決して悪くない。

 しかし、伸び悩んでいる子に対しては、少々強引な手を使ったほうがいいとイズニー教授は判断したようだ。


「ご両親には私からよく話しておく。君は来月すぐに出発するんだ」

「で……でも……」


 フィンは困惑している。


「魔道学院の生徒は担当教授の命令に絶対服従。この学院の決まりだ」

「……はい」

「試験の前日までに帰ってくるように。君がどれだけ成長するか楽しみにしている」

「先生……僕はどこへ行けばいいのでしょう?」

「それを考えることからもう君の修行は始まっているのだよ、フィン。自分でもっとも合っていると思う国を目指せばいいのだ。このぐらいで人にいちいち聞いていては来年、本当に試験に落ちてしまうぞ?」

「は……はい……」


 フィンはまだ不安そうだが、それでも大きくうなづいた。



 黒のローブを与えたことは、もしかしてまだ早かったのだろうか?

 イズニーはそんなことを少し考え、疲れたようにこめかみを押さえた。

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