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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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4.「庭園の娘」

 ●【4.「庭園の娘」】


 李神官が出て行ったあと、ラドリアス王はずっと無言のままだった。


「いまさら竜王を敬ったところで何になる……」


 小さく溜息を吐いて、ラドリアスは王としてより、個人としての呟きを吐いた。


 魔道の力。


 それは彼にとって万能と同義語だった。

 紫紺の後継者として、強い魔力を持って生まれたことを自覚したその時から、彼は自分に与えられたその力を完璧に使いこなすことだけを考えて生きてきた。


 竜王が何をしてくれたというのだ。


 不遇な境遇を嘆くこともなく、信仰に救いを求めて、自分の運命に抗うこともなく死んでいった両親のことを彼は思い出す。


 そして、彼はそんな両親が嫌いだった。


 敬虔な竜王教の信者だった彼の両親は、二人とも薄い青の髪と瞳の持ち主で、その魔力はとても薄く、魔道術士団に籍は置いていても、とても不遇な扱いを受けていた。

 実力主義のソーナ国において、魔道の力の薄さは致命的だった。

 他国における貧富の差とは違い、この国における『能力の差』は努力で埋めることができないものだった。


 生まれついてのエリートは、その幸福な将来が生まれた瞬間から約束されている。

 しかし、不幸にも力を殆ど持たずに生まれたものは、本人がいくら望んでも、身の丈以上の地位を与えられることはない。

 魔力に見放された彼らが縋ったのは、彼らの魂の祖である竜王だった。


 朝な夕なに神殿に通い、全てのことを竜王の思し召しであると感謝し、疑うこともなく祈りを捧げてきた父と母。


 紫紺の後継者として生まれた一人息子を竜王からの授かりものだと喜び、お前もこの力を与えてくれた竜王に感謝しなさいと言われつづけて育ってきた。


 ラドリアスは不愉快極まりなかった。


 この力は彼らが神と崇める竜王から与えられたものなんかじゃない。

 魔力は竜王からの賜物なんかじゃない。

 遺伝の妙による偶然でしかない。


 もしも……。

 もしも、与えられる魔力の強さが竜王の意による操作なら、自分は竜王など認めない。

 貧富の差よりも酷い差別を生み出すこの力を、なぜ竜王は我々に与えるのか?


 竜王を信じきっていた父が、作業場の事故で命を落としたのは、竜王に感謝と祈りを捧げつづけた母が魔道の力でも及ばない不治の病で苦しみながら逝ってしまったのは、なぜだ?


 竜王はもう、ソーナを愛してなどいない。

 力は賜物などではない。


 だから、否定する。


 与えられた魔力だけが真実。



 ━━━━━━━ ソーナに竜王教など、必要ない。





「陛下?」


 側近の一人が声をかけたので、彼の思考は中断された。


「お加減がすぐれませんか?」


 心配そうな顔をしている彼に大丈夫だと少し微笑んで見せて、ラドリアスは席を立った。


「少し、風に当たってくる」





 季節の花々が咲き誇る庭園。

 王宮の裏に広がるこの花園は、王宮の敷地内にひっそりとある。

 庭師たちにより、よく手入れされた色とりどりの花たちは風に揺れ、彼の心を一時だけ慰める。


 ラドリアスは考え事をしたいときは、ここに一人で来る。

 他には誰も入らせない。

 ここにいれば、完全に一人きりの静寂の時間に浸れるからだ。



 柔らかな午後の光があたりを満たし、そこはまるで夢の中の花園のようだ。


 ラドリアスは花の一本を手折り、鼻先に近づける。

 微かな甘い香りが鼻腔をくすぐり、彼のささくれた心は少しだけ穏やかになる。


 花は実に真っ直ぐだ。

 太陽に向かって一生懸命のびる。美しい花を思うままに咲かせ、その美しさを自ら競い合うことなどない。

 花の美しさを競わせているのは我々だ。

 勝手に格付けをし、華やかでないものは劣ると決め付けてしまう。


「ただ、目の前にある名もない花を美しいと思うならそれでいいものを……」


 独り言は風に乗る。


「美しいと思うのは私たちの身勝手ですわ……花はただ、咲いているだけ。美しいと思われることも、目を止められることがなくても、花にとっては関係ないこと」


 澄んだ高い声がラドリアスの背後でした。

 ラドリアスははっとして振り返る。


「……お前か」

「何か、お心を乱されることがおありなのですね。陛下」

「どうしてそう思う?」

「陛下がお心を乱されているときは、必ずここへいらっしゃいますもの」

「お前は何もかもお見通しなのだな。フローラ」

「ええ」


 ラドリアスは目の前に佇む少女を見つめた。


「そろそろ、その顔を私に見せてくれてもいいんじゃないか?お前と私は、もう充分話をしているだろう?」


 フローラと呼ばれた少女は首を横に振ってニ、三歩あとずさりをする。

 彼女は淡いグレーのマントを着込み、フードを深く被ってその顔も、髪も隠している。


「それだけはお許しください。陛下」

「……すまない。無理強いはいけないな」

「申し訳ありません」

「まあいい……今日も私の話に付き合ってくれるか?」

「喜んで」


 二人は少しの距離を置いて、芝生の上に座る。

 甘い香りを含んだ風が、二人の間を通り抜けていった。




 ラドリアスがこのフローラという少女に初めて出逢ったのはほんの二月ほど前だ。

 今日と同じように、この庭園を、一人で散策していたとき、小さな声で歌を口ずさみながら、花たちを愛でていたこの少女に出会った。


 全身を隠すように淡いグレーのマントとフードで覆ってはいたが、その声は細く可愛らしい。ほっそらした華奢な姿は、彼女がまだ若い娘であることをあらわしていた。


「ここは私の花園だ……ここには誰も入ることができないはずだ」


 ラドリアスは静かな声で言ったが、マントの下に隠し持った懐剣に右手が触れていた。


 すると娘は驚きもたじろぎもせず言った。


「花は自由です。誰のものにもなりません。花はそこに咲いているだけです。自分のものだと思っているのは陛下……あなただけです」

「面白いことを言う……私が怖くはないのか?」


 ラドリアスの問いに少女は答えた。


「国王を恐れる民がどこの世界におりましょうか?」


 ラドリアスの顔に笑顔が浮かんだ。


「こんな反応をする娘には初めて逢ったな……お前は誰だ?どこからきた?ここに勝手に入ると罰せられることを知っているか?」

「私は『誰か』であり、『誰』でもありません。私はここにいますが、ここにはいません。私はどこにでも存在できますが、どこにも存在できません。私を追い出すのも、罰するのも陛下の自由です。この場で殺すことも自由です。だけど、私がここで花を愛でるのも、私を捕らえようとする陛下の手から抜け出すことも自由です」


 娘の声には軽い笑いが含まれていた。

 ラドリアスは彼女に興味を持った。


「妙な娘だ……気に入った。好きなだけここにいていいし、好きなときにここに来るがいい」

「はい」

「せめてお前の名を教えてくれないか」

「はい……では、私のことは『フローラ』とお呼びください」






 あれから、二ヶ月。

 彼女はラドリアスの秘密の相談相手だった。

 彼女の素性も、素顔もわからない。彼女はラドリアスに顔を見せることを徹底的に拒否した。フローラという名も本名であるかどうか定かではない。


 しかし、彼女の言葉はラドリアスを安心させた。

 彼女の言葉は素直で、その答えは正直な心から発せられるものだった。

 彼女が発する疑問はいつも核心をついていた。


 いつしかラドリアスは彼女をすっかり信頼していた。



「フローラは竜王を信じるか?」


 ラドリアスはフローラに問う。

 すると、フローラは少し、間を置いてためらいがちな声で言った。


「……どうしても、お答えしなければなりませんか?」

「いや、言いたくなければいいんだ」

「陛下。なぜ、そんな質問を?」


 すると、ラドリアスはしばらく無言でいたが、やがて意を決するように言った。


「……竜王教と決別することを決めたからだ」


 フローラは何も答えなかった。


「フローラは、不服か?」


 すると、フローラは暫く考えていたようすだったが、やがてしっかりした声で言った。


「それは陛下ご自身のお考えでお決めになられたのですね」

「そうだ」

「……なら、それを貫かれるがよろしいでしょう」

「そうか」

「迷って、おられますか?」

「いや……迷いはない……私は竜王などに頼らない。魔道があればそれでいい」


 ラドリアスはきっぱりと言った。


「そうですか……」

「竜王神殿は取り壊すことにした。神官長と神官たち、そして竜巫女には改宗してもらう」

「……そうですか」


 フローラの声は少し小さくなった。


「陛下……陛下のお考えなら皆、従いましょう。しかし、身勝手な心を押し付けることだけはどうかなさらないようにしてください」

「身勝手?」

「神官長や神官たちがそれを拒めば無理強いをしてはいけないと私は思います」

「無理強いをするつもりはない。ただ、このままでは示しがつかない。それでも信仰を捨てぬなら、彼らにはソーナを出てもらうしかない」


 フローラは少し考えこんでいたが、静かな声で言った。


「竜王は……陛下にとって本当に不要なのですね?」

「私にとっては、必要のないものだ……これからは、魔道の時代だ。確かに我々は竜王に愛された民だ……だけど、愛される故にいつまでも囚われていることはないと思う」

「陛下は竜王に囚われているとお感じになりますか?」

「ああ」


 目の前の少女の顔は見えないが、その肩が僅かに震えているのはラドリアスにもわかった。彼女は竜王を信仰している。そんな確信があった。


「魔道の力は完璧ではありませんよ……陛下」

「判っている。だから自分の力で生きていくのだ……魔道は絶対じゃない。だけど、役には立つ。それを利用して生きて何が悪いのだ?」

「しかし、魔道の力の薄い者はこの国では生きていけない……現状は厳しいのですよ。陛下……そんな者たちの心のよりどころが竜王だとしても、陛下はそれを排除なさるのですか?」


 フローラの声は小さいが、しっかりとしていた。


「能力の差による差別はなくならないだろう……だが、魔力の薄い者でも恥じることなく、立派に生きていけるような国を私は作りたい。そのためには竜王に逃げを求めてはいけないのだ……退路は立たなければソーナは自立できない。いつまでも竜王の幻影に捕らえられたままになる」

「それは矛盾してますね」


 フローラの声に僅かな笑いが含まれている。


「陛下は魔力の薄い者を王宮から追われたではありませんか」

「確かに私は彼らを排斥したが、迫害したわけではない。国を作り直すために適材を適所に配しただけに過ぎない。魔道の国を仕切る者は、魔力が強くあるべきだ……しかし、私は魔力の薄い者を否定しない……」

「どういうことですか?陛下」

「彼らはまずは自分の現実を知らなければならない。弱点を知った者は強くなる。魔力を利用した世界にも、弱点はあるはずだ。そういう場合は逆に、魔力に頼らぬ者のほうが強い。彼らにはそれを知ってもらわねばならない……なのに、彼らを甘やかす竜王教に逃げていては、いつまでもこの現状は変わらない」

「陛下……」


 ラドリアスは一瞬だけ、戸惑ったような表情を見せる。


「しかし……本音を言えば私とて少しは怖いのだ」


 ラドリアスは俯いた。

 本能の底にある、竜王への畏怖の念が、最後の抵抗をする。彼は自覚のない恐怖と戦っていた。


「魔道の国は魔道を完全に使いこなし、利用できる者たちの国だ。そして、魔力がなくても生きていくことのできる者たちの国でもあるべきだ……そのための改革には強引さが必要だ……私は最悪の王と呼ばれるかもしれない……だが、それで国が変わるなら私はいくらでも悪人になろう」


 フローラは無言だった。

 しかし、ラドリアスには彼女がまるで同意するように、微かに首を縦に振ったように見えた。


「フローラ……私の考えは間違っているかもしれない。私にも自信がない。そして、フローラ……私にはお前の力が必要だ。曇りのない眼で私を見ることができるのはお前だけだ……」

「陛下……私は……」


 フローラはふいに立ち上がると、少しづつラドリアスから離れ始めた。


「フローラ……待ってくれ」

「お許しください!」


 ぱっと踵をかえし、逃げようとするフローラの腕をラドリアスは捕まえる。


「あっ!」


 彼女の顔を覆っていたフードが外れ、彼女の隠されていた素顔が明るい光の下に晒される。

 ラドリアスは彼女の姿を見て愕然としていた。




 ━━━━━━━ 「フローラ……お前は……」

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