3.「荒ぶる王」
●【3.「荒ぶる王」】
ラドリアス・ドルーア・エルフォス・ソーナは二十五歳になったばかりの若い王。
在位はまだ五年。
二十歳のときに先代のソーナ王、コノール・ホリン・ソーナを魔力勝負で破って即位した。
先代の王は在位百三十年という歴代の王でも例を見ない長い間、王として君臨していた。
即位五年目までは先代の王に挑戦することは出来ないが、在位五年目以降は、紫紺の後継者たちは王に挑戦することができる。
コノール・ホリン・ソーナの場合も、即位五年目以降は毎年のように紫紺の後継者たちが王位を我がものにせんと彼に挑むも、百二十五年間それを退けてきた。
紫がかった青い瞳、濃い群青色の髪。
眼光は鋭く、孤高の狼のように荒々しい印象を持つ彼が、すっかり老いた先王に勝つのは容易かった。
もちろん、老いたとはいえ、在位百三十年のつわものである先王は、ラドリアスほどの強力な魔力がなければ倒せなかっただろう。
ラドリアスはまず王宮の改革を行った。
先王に仕えた臣下を一旦すべて辞職させ、自分が信頼を置く人物は再度登用し、また、市井からも賢者と呼ばれる人物を臣下として迎え入れた。
魔道至上主義の彼は、魔力の弱い者を王宮の要職から排除し、賢く、強い魔力を持った者で固めた。
「魔道の国である我がソーナ国は実力主義。王宮は魔力が強い者は受け入れを拒まないが、魔力の薄い者には王宮で座る席はたとえ末席でもないと思え」
一番最初に王宮から遠ざけられたのは竜王教の神官たちだった。
「ソーナに信仰など不要」
驚いたのは神官たちだった。
そもそもソーナ族は竜の魔法の鱗から生まれた竜王に最も近い存在。
かつてはネッカラ族や、多くの精霊たちとともに、創竜の地で竜王たちに仕えていた身。それが、竜王教を否定するなどありえないことだった。
「もし、竜王たちが健在ならば、世界には戦が起こる筈もなく、飢える者も、病める者も出ないはずなのに、現実はそうではない。力の片鱗すら見せない眠れる竜王に仕える意味がどこにあるのか」
ラドリアス王はそう言って、不平を言う神官たちを黙らせた。
そんなラドリアス王に同調するものは日毎に増えてゆく。
いささかワンマンな部分の目立つ王ではあったが、彼の人気は先代の王に勝るとも劣らない評判だった。
魔道を使えば不可能なことは殆どない。
腹が減れば食料を調達することができる。
様々な災厄から身を守ることもできる。
面倒な仕事、危険な仕事も魔道を使えば楽だった。
我々には魔道があればいい。
そんな声が徐々に国内に溢れ始め、やがて、竜王神殿に祈りを捧げに行く者も殆どいなくなった。
「彩岩楼皇国からわざわざ何の用だ?」
ラドリアス王は、謁見を申し出た李神官に意外とあっさり面会した。
異国からきた神官に興味があったのかもしれない。
「陛下におかれましてはご機嫌もうるわしく……」
「堅苦しい挨拶はいい。何の用でここへきたのかと訊ねているのだ」
「貴国の竜王神殿のことで申し上げたいことが」
李神官は慇懃な態度で言った。
「竜王神殿がなにか?」
ラドリアスは興味なさそうな声を出した。
「私は各地の竜王神殿を訪ね、巡礼しております。どこの国の竜王神殿も、聖地の神殿に相応しく、荘厳であり、華麗であり、美しい神殿ばかりでした」
「それで?」
「竜王アヴィエールの神殿はその中でも特に美しいと伝え聞き、私は楽しみにこの国までやってまいりました……しかし、いったいどうしたというのです?あの荒れざまは……」
ラドリアスはつまらなそうに言った。
「竜王神殿のことは神官長に一任している。荒れるのが悩ましいなら神官長に直訴すればよかろう」
「竜王神殿の保護は聖地の国王の義務ですぞ」
「誰が決めたのだ。そんなこと」
ラドリアスは苛立ったように声を荒げた。
「竜王をないがしろになさるおつもりか?」
李神官は静かに言った。
その黒い瞳はラドリアスの姿をよどみなく映している。
「ソーナの民は竜王と同じ青い血を持つ民。他の種族には与えられなかった魔道の力を授けられ、竜王と共に長い時間を生きた。ソーナ族は竜王と共にある種族。そのソーナ族が竜王をないがしろにすると言うのですか?」
「時代は変わったのだ。李卿」
ラドリアスは縦長の瞳孔を糸のように細めて笑った。
「確かに我がソーナは竜王と共にあった。神話の時代、我々は竜王に忠実に仕えるしもべであった。戦乱の時代、竜王の命を受け、多くのものが血を流してあの無意味な戦に出向いた。我々は竜王を敬い、守った……だが、竜王は我々になにもしてくれなかった」
「見返りを期待するというのですか?」
「見返りなど期待してはいない……ただ、もう開放して欲しい。我々は魔道の力と引き換えに、他のどの種族より竜王に隷属してきた……もう、充分だと私は思う」
李神官の顔色が変わる。
「隷属……と言われるか」
「隷属でなければ何だというのだ?竜王の都合で様々な土地を流浪し、やっと落ち着いたこの地でも、まだアヴィエールの世話をしなければならない……我々はそんなことを望んでいない」
「それはソーナ国民の総意なのですか?」
李神官は少し悲しそうな顔をした。
「総意だ」
「そうでしょうか?」
反論する李神官に向かってラドリアス王は強い口調で言った。
「私と同じ考えだから、国民は竜王神殿を訪れなくなるのだ」
李神官は言葉につまり、ラドリアス王は満足げな笑みを浮かべる。
「陛下ご自身のみの考えならばまだ救いもありましょう……しかし、それがソーナの総意というなら、竜王はソーナの民を許しますまい」
「許さないならどうなるというのだね?李卿」
しかし李神官は答えなかった。
「とても不愉快だ。丁度いい。これを機に我が国は竜王教と縁を切ることにしよう。神官と竜巫女は改宗。竜王神殿は取り壊しとする」
ラドリアス王は口の端を歪めてにっと笑った。
「馬鹿な!陛下、正気ですか?」
「お引取り願おう。そして竜王教総本山に伝えよ。ソーナ国は本日より竜王教とは無縁だと」
李神官は立ち上がり、静かだが、強い口調で言った。
「……考え直す気はないということですね?陛下」
「くどい」
「わかりました」
李神官は一礼すると、謁見の間を後にした。
濃灰色だった彼の目は、いつしか黄金に変わり、静かだが激しい怒りの光を湛えていた。
「驕りたかぶる愚か者どもめ……あの方の怒りに触れ無事で済むと思うな……」
彼は誰にも聞こえぬ小さな声でそうつぶやいていた。




