24.「魔力のさなぎ」
●【24.「魔力のさなぎ」】
━━━━━━━ 僕は何をしたんだろう……?
フィンは自分の身に起こったことがまだ理解できなかった。
自分が放ったのは火炎流という高度な術。
魔界の炉から炎を呼び出すその術は、そのあまりの威力の強大さに使用を禁じられているものだ。
名前は知っているが、使ったこともなければ、使用のための詠唱文も知らない。
なのに、どうして……?
目の前では怪物が苦しげにのたうっている。
ピリポは無事に逃れたようだった。
心配そうにこっちを見て、何か叫んでいるが、その声は聞こえなかった。
あたりは不気味なぐらい静かだった。
炎の燃える音も、怪物の咆哮も聞こえない。
まるで、時間が止まっているようだった。
「誰か……いる……」
フィンは燃えさかる青い炎の中に、美しい女の姿を見ていた。
おだやかなる銀灰の瞳、きらめく同色の髪。
優しく微笑みながらこちらに近づいてくる。
なんて綺麗な人なのだろう……。
「あなたは……誰?」
しかし、女は微笑むばかりだ。
「あなたは誰?」
もう一度フィンは問い掛ける。
『お前の力は私が鍵をかけていた……お前の力は、大きな力を封じるための、さらに大きなものだから……』
女は静かにそう言った。
「大きな……力?」
『お前は『護るもの』……『滅ぼすもの』を封じ、そして護る者……だけど、今はそのときではない……』
「僕が……護るもの……?」
『そう……。お前とあの子の力は大きすぎて、全てのものを滅ぼしてしまうから……私の手元にあると、暴走してしまうから……だから私はお前たちを手放した……だけど、やむを得ぬ事情があって今、私はお前の力の鍵を外した……お前の力は再び眠らせなければならない……』
女はそう言うと、フィンの側にゆっくりと近づいてきた。
そして、フィンの目をその手のひらでそっと覆うと囁いた。
『蛹におなり……大きな魔力を秘めた、蛹に……お前のその大きな力が外に出るのは……まだ先だから……』
まぶたが、ゆっくり閉じてゆく。
そのとき、やっと思い出した。
ああ……この人は……。
「フィン!フィンしっかりして!」
ピリポの叫び声で目がさめた。
「う……」
目を開けると、ピリポがすぐ側にいた。
「よかった……ピリポが無事で」
フィンはうっすら微笑む。
「ああ……そうだ、化け物は?」
「うん。さっきまで苦しそうにのたうってたけど、もう、動かなくなった……たぶん、死んだと思う。フィンのおかげだ……ありがとう」
「そうか……よかった……」
フィンは掠れた声でそう言うと、小さく咳をした。
「おい、大丈夫か?」
ピリポの声ではないもう一人、別の人の声がする。
フィンと同じ群青色の髪と、紫に近い青の瞳が視界に飛び込んで来た。
ソーナ族の男だった。
倒れているフィンを覗き込むようにしゃがんでいる。
金の木の葉のブローチ。そして金色の縁取りのある黒いローブを着ている。ブラックマスターだ。
「火炎流を使ったのは君かい?」
「……たぶん……」
「早く、なんとかしないと……魔界の炎は長く地上に出ていると暴走するぞ」
「戻し方……知らないんです」
「なんだって?」
男は驚く。
「事情はよくわからないが、戻せないなら俺がやるしかないか……」
男はそう言うと、立ち上がり、静かな声で詠唱をはじめた。
「魔界の炉より出でたる炎の主、我が請願を聞き給え。契約は潰え、罪びとは許された。契約の女神の名において命ず。炎の主は魔界の炉へ」
火炎流の炎は男の詠唱が終わると同時に瞬時に消え去った。
「大丈夫か?君」
あらためて男がフィンの側にやってきた。
「はい……あなたは?」
「俺はアデラード・ヴィエネール。ゾーラ国立図書館の司書さ」
「ゾーラ国立図書館……」
懐かしい名前だった。魔道学院のすぐ近くにある大きな国立図書館だ。
しかし、なぜそこの司書がこんなところにいるのか?
「こちらの神官長から頼まれていた『デーデジア創世史』を届けに来たんだよ。先ほど到着したばかりだが、騒ぎを聞きつけて来てみたら、大変なことになってるから驚いてたんだ」
「そう……ですか」
フィンはまだ体がだるくてたまらなかった。
「君は……魔道学院の学生だね……なぜ、こんなところにいるんだ?」
アデラードはフィンの黄金の木の葉のブローチと、金の縁取りのない黒のローブを見て、魔道学院の学生と判断したようだった。
「それは……」
理由を話そうとフィンは体を起こそうとしたが、急に意識が薄れ、フィンはそのまま倒れてしまった。
「困ったな……この騒ぎといい、何が起こったかさっぱりわからない……」
アデラードは気を失ってしまったフィンを見て溜息をつく。
「フィンを助けて」
ピリポが言った。
「フィンは私を助けようとしてこうなった……だから……」
ピリポは唇を噛み締めている。
「わかってる。とにかく話を聞こう」
奉納祭は中止になった。
歌い手のシリカはショックのため気を失い、レナウも無言のまま表情を暗くし、誰とも話したがらなかった。イナウコタイは神官長と片付けの指揮をとるのに忙しく、竜王神殿はまだ騒がしいままだった。
神官長に本を届け終わったアデラードはイナウコタイと神官長の許可をもらって、フィンの看病をすることになった。
フィンはその後、一度も目を醒まさず、ピリポもよりいっそう無口になってしまった。
ソーナ族のことはソーナ族にしかわからないため、イナウコタイたちにとっては、アデラードの申し出は願っても無いことだったのだ。
「ふーん……なるほど……その化け物が君を襲ったとき、この子が火炎流を放ったというわけか……」
「はい」
ピリポは、全てをアデラードに話した。
話すかどうかは最後まで悩んだが、やむを得ないことだった。
今、フィンを救えるのはアデラードしかいないからだ。
「クー・ククルか……俺も、仕事柄噂には聞いたことがあるし、そういう本も僅かながらあることはある。まあ、大半のソーナ人は知らないし、興味も無い話だが……」
そう言うとアデラードはフィンのすぐ側に置かれている二つのバスケットの中をちらりと見た。
「しかし……これは何なんだろうなあ……」
二つのバスケットの中には、ピピとポポがいた。
しかし、二匹の森の子はいつもの状態ではない。
手のひらに乗るサイズの青い色をした四角錐の結晶の中で眠っているのだ。
アデラードはピピが眠る青い結晶を手にとると光に透かしてみた。
「この青い結晶は見たことも無い鉱物だ……少なくとも俺たちが知ってる鉱物じゃない……とても硬いし、炎や水の術を当ててもびくともしない……」
「この子たちはフィンを護った……そして、力尽きてその結晶の中で眠ってしまったんだ……」
ピリポは寂しそうに言った。
「わからないことだらけだね」
「うん」
ピリポはコクリと頷く。
「フィン君を助けたい?」
「……助けたい」
「そっか……じゃあ、まずは、クー・ククルになんとしても起きてもらわないとね」
「えっ?」
ピリポは驚いた顔をする。
「クー・ククルがどこにいるか、わかるの?」
「わかるもなにも、これがそうなんじゃないのか?」
アデラードはピピとポポを指した。
「ピピとポポが?……どうして」
「確証はないけど……」
アデラードは苦笑する。
「でも、イナウコタイ長老の話では「クー・ククルは二つの姿を持つ」んだろ?そして、友と認めた者を守るんだよね……条件にあってると思わないか?」
「それは……そうだけど」
「これは俺の推測なんだが……この森の子たちは、クー・ククルの幼態なんじゃないかと……」
「幼態?……つまり子供か?」
「正確には子供というよりは、最終形態になるまえの……虫でいえば幼虫みたいな……そんなものじゃないかな……だとしたら今は、幼態の時を終え、最終形態になる前の蛹……かもしれない」
「まさか……」
「でも、可能性はゼロではないだろ?」
「……それは、そうだけど」
ピリポは結晶の中で眠る森の子たちをじっと見つめる。
「もし、この森の子たちがクー・ククルだったら……フィンを助けてくれるかな」
「助けて欲しい?」
アデラードはピリポに問い掛ける。
「……うん……助けて欲しい」
ピリポは澄んだ赤い瞳をアデラードに向けた。
「わかった……俺にできることはあまりないかもしれないけど、ちょっと心当たりがあるから調べてみるよ」
「ありがとう」
ピリポの表情が目に見えて明るくなり、アデラードはそれを見て満足そうに微笑んだ。
「じゃあ、俺は一旦ユズリカムサへ戻る。あそこの図書館で調べたいことがあるから。それまでこの子と森の子たちを守っていておくれ」
「わかった……命に変えても……私が守る」
アデラードは神殿の外に出た。
珍しく雪が止んでいた。
「……これでいい……あとは、運命の赴くままだ……」
そう独り言を言うと、彼はユクルを走らせ、ユズリカムサへ向かった。




