23.「鍵をかけられた力」
●【23.「鍵をかけられた力」】
雪花石膏と、丈夫な氷塊で作られた白の神殿。
神官たちによる厳かな竜王への祈りの歌が流れ、白い花びらが撒かれ、涼やかな鈴の音が鳴り響く。
赤い絨毯が敷かれた『祈りの道』と呼ばれる祭壇の前までの長い廊下をネッカラの乙女たちが歩いてゆく。
先頭に長老のイナウコタイ。続いて純白の舞い手の衣装を纏ったピリポ。そして、同じく白の衣装を着て花冠をつけた歌い手のシリカと、タウを捧げ持ったレナウが続く。
そのあとには、鈴や太鼓を手にしたネッカラの乙女たちが二列になってついてゆく。
この世のものとは思えぬほど美しい光景。
フィンは見物席でその様子をじっと見ていた。
竜王ユズリが自分のためだけに作り出した乙女たち。
その姿は穢れ無き純白。赤い瞳は紅玉のよう。
しかし、彼女たちはその、たおやかで華奢な体からは想像がつかない強い力を持ち、気高い竜の女王を守る乙女たちだ。
━━━━━━━ 彼女たちがなぜ、戦乙女と呼ばれるか知っているかね?
昨日、神官長がフィンに話してくれた。
太古の昔、まだ、ホロが国家という形をなさぬ頃、この清浄なる雪の大地には、様々なつわものたちがこの地を奪わんとして攻め入ってきていたという。
竜の女王ユズリと、その聖地であるホロヌカヤを守るこの白き乙女たちは、ユズリの領地に入ろうとする者たちと果敢に戦い、悉くそれを退けたという。
ある者は舞うように優雅な剣さばきで、またあるものは疾風のごとく弓を放ち、その身軽な体はまるで翼があるように素早く、屈強な戦士たちに引けを取らなかった。
やがて、興国の騒乱が落ち着いた頃、北方一帯を治めることになった心優しき初代のホロ王は、彼女たちに敬意を払い、その領地であるトラピネップ地方を独立地区として扱ってくれた。
勇敢に戦うネッカラの乙女たちをホロの民たちはいつしか戦乙女と呼んだ。
その華奢な体で、領地を侵す敵や眷属と戦う姿に敬意を表して。
ホロ建国から暫くの間は、他国の侵略が起こったこともあったが、ホロの民とネッカラの民は協力してこれを追い払った。
ネッカラの代々の長老はホロ王家と永遠の友好を誓い、ホロはネッカラ族に様々な支援をし、ネッカラの民はホロの民を悩ませる眷属を退けた。
そうやってこの二つの民族は長く友好関係を築いてきた。
数百年前、ネッカラの民はホロの属国になることを受け入れた。
神話の時代から長い時を経て、竜王たちの影響力は年々弱まっており、当然のことながらユズリの力も、太古に比べれば弱まってきている。
それを憂いたネッカラの長老は、ホロと共存することを決めたのだ。
当時のホロ王はネッカラの長老に言った。
「我々は貴女たち誇り高き民を我が属国の民として跪かせるつもりは決してありません。同じユズリの民として一緒に生きてゆきましょう」
かつて誰にも頭を下げたことの無い、誇り高き民の長は、その時初めてホロ王に深く頭を下げたという。
神官長の話を聞いたフィンは、戦乙女たちの気高い姿を改めて美しいと思った。
特設された舞台にネッカラの乙女たちが集まると、神官長が厳かに言った。
「今月も我が気高き竜王ユズリへ、感謝の舞と歌を捧げましょう」
タウがかき鳴らされ、太鼓と鈴が打ち鳴らされる。
「アイヘルド アジレ トマイヒンガ……」
シリカが歌い出したその時だ。
「きゃぁーっ!」
神殿の入り口のほうで悲鳴が上がった。
「誰か!誰かーっ!」
叫んでいるのはホロ人の女の神官だった。
「どうしたんだいったい!」
「死体が……血まみれのユクルの死体が投げ込まれました!」
彼女が叫んでいる側には、首を掻き切られ、血まみれで死んでいる一頭のユクルだった。
「神聖なユズリの神殿に誰がこんな不埒な悪さを!」
「いやぁーっ!」
別のところで悲鳴が上がった。
今度は別の窓から残酷に殺された沢山の鳩の死骸が投げ込まれたのだ。
鳩は全て白い鳩だった。
「白鳩!白鳩が殺されている!」
竜巫女の使いといわれる白い鳩を殺すことは竜王教で最も重い罪だ。
「誰だ!こんなことをする不届き者は!」
神官長が叫んだその時だった。
「……呪いあれ……」
神殿全体にその声は響き渡った。
低く、しわがれた声だ。
声はすれど姿は見えない。
「……聖なる使いの血をもって、犠牲の獲物の血をもって、清浄なる地を穢し……そして成就せん……我が呪い……」
血まみれのユクルが突然立ち上がった。
血を流しながら、うつろな死んだ目のままで。
「きゃーっ!」
神殿に集まった人々は混乱し、あさっての方向へとそれぞれ逃げ出し始め、神殿内は大混乱になった。
「落ち着け!皆のもの落ち着け!」
神官長がいくら叫んでも混乱は収まらなかった。
血まみれのユクルは突然その姿を変え、黒い翼と、大きな牙を持つ、禍々しい姿の獣に変わった。
「……剣を折り……鞘を割る……我が願い、成就するため……」
「うわーっ!」
「きゃぁーっ!」
逃げ惑う人々をなぎ倒し、忌まわしい姿の怪物が向かった先は……。
「フィン!危ない!」
怪物は、急なことに呆然と立ち竦んでいたフィンにいきなり襲い掛かったのだ。
「ステアト!」
咄嗟だった。
光の障壁が寸でのところでフィンの体を守った。
反射的に口から出た障壁のスペル。
殆ど無意識だった。
怪物は一瞬ひるむが、再びフィンに襲いかかろうとする。
白い閃光がフィンの目の前で一瞬きらめいた。
舞い手の衣装のままのピリポが、フィンに襲い掛かった化け物の牙を防いだのだ。
「大丈夫?」
「うん」
「ここは危ない。早く逃げて」
「でも」
「いいから!フィンがいると足手まといなのよ!」
怪物の前で剣を振りかざしながらピリポが言った。
「はやく!」
フィンはその場を離れた。
「この!」
ピリポは必死で怪物を退けようと剣を振る。
しかし、いつもより身動きがうまく取れなかった。
舞いの衣装のせいだ。華やかな衣装は、戦闘の時には思わぬ邪魔をする。
「みんな!ピリポを助け……あっ!」
他の戦乙女たちに助けを求めようとしたフィンは驚きのあまり言葉が途切れる。
皆、石のように凍り付いているのだ。
逃げようとしたり、叫ぼうとするその姿のまま、凍り付いている。
「……なぜ……」
フィンは愕然とする。
「……剣を折り……鞘を割る……」
怪物の口からまたその言葉が漏れる。
「ううっ……」
ピリポは怪物に押さえ込まれていた。
その牙は彼女の頭を狙い、何度も噛み付こうとする。しかし、ピリポは必死でそれを剣で跳ね返している。
助けなきゃ。
今、ピリポを助けられるのは自分しかいない。
彼女を助ける力を持っているのは自分だけだ。
でも……。
ためらいがフィンを脅えさせる。
出来そこないの自分にうまくいくわけがない。どうせ自分なんかだめなんだ。
「あうっ!」
ピリポの白い頬に一筋の青い筋がついた。
怪物の牙が掠めたのだ。
青い血。
ピリポの流した、青い血……。
白い衣装に染み込む、青い……。
━━━━━━━ フィンの頭の中で何かの箍が外れたような気がした。
次の瞬間、フィンの頭の中に詠唱文が飛び込んでくる。
フィンの菫色の瞳はより鮮やかさを増し、縦に長い瞳孔が細くなる。
「……魔界の業火、罪びとを焼く地獄の炎、死者を清める永遠の炎……我が要求に応えよ……魔界の炉より出でませ、炎の主……」
「ギュワァァーッ!」
怪物が悲鳴をあげ、ピリポから離れてのた打ち回る。
辺りは青い炎の海になる。
「フィン……」
やっと、怪物から逃れたピリポは、真っ青な炎の中で呆然と佇んでいるフィンを見た。
群青色の髪は逆立ち、紫水晶のように鮮やかな瞳は明るい光を放っている。
その姿はいつものぼんやりとしたフィンじゃない。
まるで、彼の封印された力が解き放たれたように、凄まじい力がフィンの回りから溢れている。
魔力を持たないピリポにすらそれがわかった。
彼が魔道で放った炎は怪物だけを焼き、フィンの回りを避けるように燃えさかる。
だが、強い魔道の炎で焼かれても、怪物はまだ倒れなかった。
炎を纏ったその姿で、牙をむいてフィンに飛びかかる。
止められない。
防ぐにはピリポからでは遠すぎた。
もう、間に合わない。
「フィン……あぶな……」
「あっ!」
我に返ったフィンは小さく声を上げた。
ピリポは見た。
フィンの回りにまた、あの青い結界が張られるのを。
巨大な四角錐の光の結界が、またフィンを守った。
青い光の四角錐の側に、小さな生き物がいた。
「ピピとポポ……どうして?」
小さな体で胸を張り、両腕を精一杯伸ばして、その光を作り出しているのはあの、森の子たちだった。
「森の子にこんな力は無い……あれは……あれは何者?」
怪物は光の四角錐に飛びかかろうとする。
しかし、その牙は守られているフィンには届かない。
「鍵を掛けられし力……封印は解かれた……お前の魔力、見せてもらおう」
どこからか女の声がする。
フィンの目が見開かれた。
━━━━━━━ 僕は……。




