22.「竜王神殿」
●【22.「竜王神殿」】
一週間は瞬く間に過ぎた。
奉納祭本番は、ホロヌカヤの麓の竜王神殿にて行われる。
ネッカラの里から竜王神殿まではユクルに乗って三日の距離。
舞い手、歌い手、そしてタウの奏者と長老、数人の世話人だけが竜王神殿に向かう。
祭りといっても大規模なものではなく、竜王ユズリへの捧げ物をするための祭りだから、ひっそりとしたものだ。
フィンも一行に同行させてもらうことになった。
いっこうにやまぬ厳しい吹雪の中、フィンたちの一行はホロヌカヤを目指して進む。
雪に慣れているユクルの足でも、このあたりではその歩みは酷く鈍い。
「ホロヌカヤへ行くのって、いつもこんな大変な目にあうの?」
フィンはピリポに尋ねた。
「こんなの大変でもなんでもない。ホロヌカヤの近くはいつもこんなもんだ」
ピリポはあっさりとそう答える。
雪の中で生まれ育ったピリポたちにとってこんなものはなんでもない。
しかし、雪に慣れていないフィンにとっては吹雪の中を行くのは相当つらい。
何よりも寒くてたまらない。
「魔道を使えばいいじゃないか。体を暖かくする魔道とかあるんでしょ?」
「そりゃそうだけど……体が凍えてうまく意識が集中できないんだ」
「……へえ。ソーナの魔道ってのは案外つかえないものなんだね」
ピリポにそう言われてフィンは少しカチンときた。
でも、確かにホロへ来てからまともな術を使っていない。
詠唱をするにも唇まで凍りつき、寒さが体力と集中力を奪う。
それでも熟練したマスターならなんとかするのだろうが、フィンはお手上げだった。
「ご覧、坊や。ホロヌカヤが見えてきたよ」
前を行くイナウコタイが振り返って言った。
「……あれが……ホロヌカヤ……」
暗灰色の風景の中、その巨大な山体は視界をすべて覆うほど、どっしりとした存在感でフィンの眼前に横たわっていた。
頂上ははるか雲の上。
低く垂れこめた雪雲の向こうに隠れ、頂上は見えない。
「あの雲の彼方に竜巫女様の館がある……ユズリ様はさらにその先にいらっしゃるのさ」
フィンはその果てしなさに思わず声を無くす。
「竜王神殿が見えてきたよ。あと少しだ」
最前列にいたレナウが大声で後ろにいるフィンたちに向かって叫んだ。
「がんばれ。もう少しだ」
ピリポがフィンの側を通り抜けざまに小さく声をかけ、前のほうに走っていった。
「遠路はるばるご苦労様でした」
竜王神殿の神官は、笑顔が温かそうなホロ人の巨漢だった。
彼は一行を暖かく迎えてくれた。
「神官長を呼んで参りますのでしばしお待ちくださいませ」
フィンは竜王神殿を見回して驚いていた。
鏡湖の湖畔にあるアヴィエールの神殿とそっくりだ。
ただ、違うのはアヴィエールの神殿が石造りなのに対し、こちらはなにやら不思議な光を放つ白っぽい石で出来ている。
「雪花石膏さ。このあたりでは普通に採れる」
イナウコタイが教えてくれた。
「このあたりでは雪深く埋もれた普通の石を切り出すことはできないからね……でも、この雪花石膏だけはなぜか、雪の上に顔を出していることが多いので、切り出しやすいんだ……だから、ホロの建物の殆どはこの石で作られているのさ」
「へえ……」
フィンが感心してあちらこちらを眺めていると、ふいに、フィンに声をかけるものがいた。
「ソーナ族の坊ちゃん。竜王ユズリの神殿はいかがですかな?」
「あ……え……えっと」
「神官長猊下だよ。ご挨拶を」
イナウコタイがフィンに耳打ちした。
「失礼しました。猊下。僕は、フィン・リンドと申します」
「丁寧なご挨拶をどうもありがとう。フィン君。私はトウキナイ・ニペツと申します。どうぞよろしく」
ニペツ神官長は優しげな瞳をしたホロ人の男性で、とても気さくな人だった。
「事情は先にイナウコタイ長老から伺っておりますよ。奉納祭をどうぞ楽しんでいって下さいね」
「はい。ありがとうございます。猊下」
「奉納祭は明日の夜。それまでは皆さんゆっくりとお休みください。今月もまた、ユズリ様のご加護が皆様にありますよう……それでは」
神官長は一礼すると、その場を立ち去った。
「事情を説明って……イナウコタイ長老……あの話をしたんですか?猊下に」
フィンは気になってイナウコタイに聞いてみる。
ピリカのことは誰にも伏せてあるはずだ。
ましてや、竜巫女に一番近い神官長に知られてはまずいのではないかとフィンは心配になった。
「もちろんピリカのことは黙っているさ、坊や。だけど、坊やのことだけは話したよ。森の子の話や、クー・ククルがここに現れるかもしれないという話は」
「そうだったんですか」
フィンは少しだけほっとする。
「おばあちゃん!衣装のことでちょっと話があるんだけど!」
あちらからピリポがイナウコタイを呼ぶ声がした。
「今行くよ、ピリポ」
ピリポに返事をしてからイナウコタイは言った。
「じゃあ坊や。あたしたちは準備をしてくるよ。坊やはゆっくりと神殿を見学させてもらっているといいよ。どうせ明日まで坊やはなにもすることがないのだから」
「はい」
「おばあちゃん早く!」
ピリポが再びイナウコタイを呼ぶ。
「はいはい。すぐ行くよピリポ」
イナウコタイは皆のところへ走っていった。
フィンは手持ち無沙汰に神殿の中を歩いていた。
することがなくて暇というのも結構厄介な状況だ。
ほかの皆が一生懸命働いているのでなおさら居場所がない。
手伝いを申し出たが「大丈夫だから」と断られてしまってはどうしようもない。
しかたなく神殿の中をブラブラと歩くことにした。
ピピとポポはフィンの上着のポケットの中で可愛い寝息を立てて眠っている。
「お前たちは気楽でいいよね……」
森の子たちの寝顔をみてフィンは独り言を呟く。
「……おや?こんなところでどうしたんです?フィン君」
「猊下」
長い廊下を歩いていたら、また神官長に出あった。
「僕だけすることがなにもないので……」
フィンは少し照れくさそうなそぶりを見せる。
すると神官長はにこりと笑ってフィンに言った。
「なるほど……では私の部屋でお茶などいかがですか?少しお話でもしましょう」
「よろしいんですか?猊下」
「ええ。閉鎖的な神殿の中にいると、人と話をする機会がなかなかありませんからな」
「ありがとうございます。では、お邪魔します」
「どうぞどうぞ」
「……ふむ……なるほど……」
神官長はフィンの今までの話をじっと聞いてくれた。
もちろんピリカのことは話していない。自分の話ばかりだ。
「クー・ククルはもう、君の近くにいるのかもしれないね」
「えっ?」
神官長の言葉にフィンは驚く。
「たぶん、君の力を見定めているのではないかな……どこかに姿を隠して君を守りながら、自分の力を与えるに相応しいかどうか見ているのではないだろうか?」
「そうなんでしょうか?」
「私がクー・ククルならそうしますね」
神官長はそう言って頬杖をつく。
「猊下はどうしてそう思われるのですか?」
「もし、自分がクー・ククルだったらと考えてごらんなさい。君だって自分の大きな魔力を与えるに相応しい相手かどうかはじっくり見定めたいでしょ」
「もし、自分がクー・ククルだったら……」
フィンは考える。
もし、自分だったら決してフィン・リンドは選ばない。
半人前で落ちこぼれ、いつも肝心な時に役に立たないこんな人間に大切な魔力を渡すだろうか?
自分なら嫌だ。
やっぱりしっかり相手を見極めるだろう。
そう考えると神官長の言葉は説得力があった。
だいたい、クー・ククルに自分が選ばれたかもしれないというのにしたって、どう考えても過大評価だ。
いろいろ考えているうちにフィンは少し気が滅入ってきた。
「君は少し考えすぎのところがありますね。フィン君。あったばかりの私にでもわかるぐらいだ……そうでしょう?違うかな」
「……よく言われます」
「うむ。いろんな人に言われるとおり、もう少し自分に自信をもったほうがいいよ」
「それもしょっちゅう言われます」
「だと思った」
神官長はにっこり笑った。
「でもね。臆病で慎重なほうがいい場合だって多いんです。特に、大きな力を扱うものほどそのほうがいい。君はそういう意味ではうってつけですよ」
「そうでしょうか?」
「君がそう思えなくても、少なくとも私はそう思いますね」
「過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。猊下」
フィンは改めて神官長に頭を下げた。
神官長と話すことによって、フィンの気は少し紛れる。
自信をもってもいいのだろうか?
ずっと自問自答してきたが、ここらで自分を信頼してみようかという気になってきた。
そういえば今まで、こんな話をまともにきいて、まともに答えてくれる人は殆どいなかったような気がする。
フィンは少し救われたような気がしていた。
「私は、近いうちにクー・ククルはきっと現れるような気がしていますよ……君がクー・ククルに出会ったとき、どう向き合うか、そして試練にどう挑戦するのかが楽しみですね」
「猊下……」
「明日の奉納祭……いろいろな意味で待ち遠しくなってきましたねえ」
神官長がとても楽しそうに笑ったので、フィンもつられて破顔してしまったのだった。




