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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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21.「竜の舞い手」

 ●【21.「竜の舞い手」】


 フィンとピリポは途方にくれていた。


 毎日あてどもなく歩いても、結局クー・ククルは見つからない。

 その間にもピリカの状態はだんだん悪くなってゆく。


 ピリポはフィンと一緒にいるときでも、眷属の気配に気づいたらすぐさまそれを倒すため眷属のもとへ走る。

 そして、新鮮な心臓を手に入れて戻ってくる。


 フィンはその間じっと待っている。

 毒気に当てられて足手まといにならないためだ。


「姉さんは限界に近い……もう、眷属の血で押さえられないかもしれない」


 ピリポはこんな時、とてもつらそうな顔をする。

 だけど、フィンは彼女を慰める術は知らない。


 ピリポの心の憂いはどんな言葉をかけても、その言葉で癒される程度のものではないことをフィンは知っているからだ。

 だから、フィンはこんなときはピリポを一人にしておく。ピリポから声をかけてくるまでフィンは声をかけない。

 そんな空気を察したのか、ピリポは話題を変えた。


「もうすぐユズリ様の奉納祭だ。今回は姉さんは無理だから私一人でやらなきゃいけない」

「奉納祭?もしかして、お祭り?」


 フィンが身を乗り出す。


「うん。二ヶ月に一度、ユズリ様に舞と音楽を奉納するんだ。ユズリ様は芸術を愛しているから、神話の時代から私たちネッカラの民はユズリ様に音楽や舞を捧げてるんだ」

「へえ」

「私は舞い手だから竜王神殿で奉納舞を舞うんだよ」

「ピリポが……踊り?」

「おかしいか?」


 ピリポがムッとした顔をする。


「いや……意外だなあと思って」

「今までは姉さんが歌を歌って、私が舞ってたんだけど……今回は姉さんの歌じゃないからなあ……ちょっとやりにくいだろうなあ」


 表向きにはピリカは重い病にかかっているということになっているのだ。


「違うものなの?」

「全然違うよ。姉さんの声は凄く綺麗なんだ……歌も上手で、空を飛ぶ鳥が羽を休めて歌に聞き入り、山の獣たちも歌に惹かれて山から下りてくる。姉さんの歌声には何か魔力みたいなものがあったのかもしれない……」

「へえ……聞いてみたかったなあ」


 フィンは残念そうに言った。


「レナウがタウを弾いて、姉さんが歌って、私が踊る……今まではずっとそうだったのに……」

「ピリポ……」


 ピリポは拳を握り締め、ぎゅっと目を閉じる。

 眉間に皺が寄せられ、歯がキリッと音を立てる。


「カムラ・カユル……許せない」

「早くピリカさんを救ってあげたいね……そのためには僕も頑張らないと……」


 フィンの言葉にピリポは薄く微笑んだ。


「うん。ありがとう、フィン……そうだ。今夜、奉納舞の練習があるんだけど、見る?」

「うん!」





 里の集会場の広場には多くの人が集まっていた。


 暖かい橙色の光を揺らめかせる松明のあかりが雪を明るい色に染め、穏やかに舞い散る粉雪が幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「奉納祭は二ヶ月に一度だが、毎回違う歌と、違う舞を捧げなければならないから、練習は欠かせないのさ」


 イナウコタイはフィンの隣に座ってそう言った。


「毎回こうやって練習するんですか?」

「いや、通し練習は二回だけだよ。あとは各自普段から練習をするのさ。今日は二回目だから本番前の最後の練習だ……本番と同じで衣装を着て練習する」

「へえ……」


 タウと呼ばれる弦楽器を手に一人の男が広場に進み出てきた。

 続いて純白の衣装を着て、花冠をつけた娘が現れる。


「楽器を持っているあの男がレナウ・トンコゥリ。ピリカの婚約者だよ……そっちの娘はピリカの代役を勤めるシリカ・チャシ」


 イナウコタイはフィンに耳打ちをして説明してくれた。


 最後にピリポが現れたとき、フィンはその美しさに思わず息を呑んだ。


 裾の長い純白の衣装。ところどころに銀糸で細やかな模様が縫いこまれている。

 溶けぬ氷で出来た王冠のような形の髪留めで髪を結い、青い竜石の首飾りをしている。


 広場の中央に進み出たピリポは一礼すると息を整え、静かに曲が始まるのを待つ。


 レナウのタウがかき鳴らされる。

 その音に合わせ、ピリポが舞い始めた。


「アイヘルド アジレ トマイヒンガ ノーレサヌア クラツアノーラウシカ ハレ ホヤルソーサリノゥ……」


 不思議な言葉で娘が歌い始める。


 高く澄んだ美しい声で、吹き抜ける風の音のような、タウの響きによく合っている。

 フィンはネッカラの言葉を魔道の力で翻訳された状態で聞いているはずなのに、これはなぜか意味がわからなかった。


「何と歌っているのかわからないようだね?」


 イナウコタイは笑いながら言う。


「はい……変だな……なぜだろう」

「あれは、古代のネッカラの言葉。魔道の翻訳は無理さ」

「えっ?どうして」


 フィンは驚く。魔道の翻訳術で訳せない言葉などないはずだ。


「魔道に使う古代ソーナ語が普通に訳せないのと同じさね」


 フィンはそれを聞いて納得する。


 魔道の詠唱には二種類あって、古くから伝わる古代ソーナ語の解釈を変えて現代ソーナ語に置き換えた翻訳詠唱と、古代ソーナ語をそのまま使っている原点詠唱がある。

 翻訳詠唱はまるで詩を朗読するように判りやすい言葉を使う。主に大掛かりな術に使う長文詠唱や初心者が最初に習う初歩魔道などに用いられる。

 対して原点詠唱はひとつの単語だけで強力な力を持つ古代語。無限の組み合わせで様々な新しい術式を作れるが非常に難解だ。これは主に構築系魔道に使われる。

 かつてフィンがヴィジエ()ヴィネー()を取り違えて失敗した物質置換術は原点詠唱の構築系術、雪の障壁や翻訳術などは翻訳詠唱系だ。


 翻訳術はデーデジア大陸と黄土大陸、オルステイン諸島で使われるすべての言語を翻訳することができる。しかし、国家誕生以前にソーナ族やネッカラ族などがで使っていた特殊な古代の言語だけは翻訳できない。


「ソーナ族もネッカラ族もかつては竜王のしもべとして仕えてた種族だ……あたしたちの古代言語はおそらく竜の言葉に近い言語なのかもしれないねえ」


 イナウコタイはぽつりとそうつぶやいた。


 古代の言葉が綴る歌に乗って、ピリポは美しく舞う。


 長い髪は彼女がくるりと回るたびにふわりと流れ、優雅に揺らめく純白のスカートの裾。動くたびにキラキラと光る氷の髪飾り。

 いつもの強くて逞しいピリポと全く違う表情。

 儚くて、今にも光の中に消えてしまいそうなか弱き乙女の顔。


 フィンは時間のたつのも忘れてうっとりと見ていた。


 やがて、練習が終わり、ピリポがレナウやシリカと一緒に戻ってくる。


「凄く綺麗だった。ピリポ」

「ありがとう」


 フィンの賞賛にピリポは少し照れくさそうに言った。


「……ごめんね、ピリポ。私の歌では踊りにくかったでしょう?私、ピリカみたいにうまく歌えないもの」


 シリカが申し訳なさそうに言った。


「そんなことない。シリカの声は姉さんの声に良く似ているから私も安心して踊れたよ」

「ならいいんだけど……ユズリ様も聞き惚れると言われていたピリカの歌声には私はまだまだ及ばないわ」


 シリカはそう言って首を横に振る。


「シリカを選んだのは私だよ。シリカでなきゃ姉さんの代わりはつとめられない。そう思ったから」

「ありがとうピリポ……そう言ってもらえると嬉しいわ。ピリカの分まで頑張るわね」

「うん。本番もよろしく。シリカ」


 シリカが帰ってしまうと、今度はレナウがピリポに言った。


「その後、どうなっているんだい?」

「進展なし。クー・ククルが現れないからどうにもならない」

「……そうか」


 レナウはそう言って溜息をつく。

 すると、フィンの肩の上に乗っていたピピが、いきなりレナウの肩に飛び移って、その耳元でなにやらクピピと話し始めた。


「ん?これは森の子だね……どれ、何を言いたいんだい?」


 レナウはピピの鳴き声に声を傾ける。


「森の子の言葉、わかるんですか?」


 フィンは驚いたような声を上げた。


「レナウは珍しい特技を持ってるんだよ。森の子の言葉がわかるんだ」


 ピリポがそう言うと、レナウはにっこり笑って言った。


「なんとなく……だけどね」

「それで、ピピは何を言ってるんですか?」

「……奉納祭……竜王神殿……と言ってるね。細かいところはよくわからないけど、来週の竜王神殿での奉納祭でなにかあるようだね」

「もう少し詳しくわからないんですか?」


 フィンがそう言ったとき、ポポがフィンのポケットから大声を上げた。


「クーポポポ!」


 すると、レナウが顔色を変える。


「クー・ククルだって?」

「クー・ククル……もしかして、来週の奉納祭にクー・ククルが現れるってことかい?」


 フィンが興奮したような声で聞いた。


 すると、ピピとポポは顔を見合わせて困ったようにクピポと鳴いた。


「……そこまではわからないのか……」

「とにかく、来週の奉納祭、竜王神殿でクー・ククルに関する何かがあるようだね」

「はい」


 来週に控えた奉納祭、そこで何かが起こる。

 フィンの期待は否応なく高まっていった。



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