18.「籠の鳥」
●【18.「籠の鳥」】
小さなテーブルを挟んでイナウコタイはフィンとピリポに向かってゆっくりとした口調で話しを続けた。
「これは意外に知られていないことなんだけどね……あたしたちネッカラ族や坊やたちソーナ族は他の種族と違いはるかに長命だ。だけど、ソーナ族が比較的若さを保ったままゆっくりと年老いるのに対し、あたしたちはあることをきっかけに急激に年老いる」
「あるきっかけ?」
フィンが不思議そうな顔をした。
「ピリポや、お前は知っているね?」
「……うん」
ピリポは顔を赤らめて俯いている。
「坊や。あたしたちネッカラの女は男と交わると一気に老けるのさ。子供を産むとさらに年老いるのが早くなる」
男と交わる。
ピリポが赤くなった意味をフィンは理解した。
「知ってのとおりあたしたちネッカラ族は九割が女だ。男児は十人中一人生まれればいいほうだ。もともとユズリ様の世話役として生まれたあたしたちの種族は女の竜王であるユズリ様に仕えるための存在だ。ユズリ様はとても繊細なお方で、粗野な男が好きではないという……だから、ネッカラの民は殆どが女性なのだそうだ……。歴代のユズリ様の竜巫女も殆どが我がネッカラの乙女の中から選ばれている」
「そう言われてみればそうですね」
確かに、竜王ユズリの竜巫女は、その殆どがネッカラ族の少女だ。
「ゆえにネッカラの男は子孫を残すためだけの存在だ。女よりもはるかに短命で力も弱く、特別な能力もない。だが、彼らは例外なく美しく、ある者は手先が器用だったり、またある者は歌や楽器が上手かったりと、とても魅力的だ。だから若い娘たちは数少ないネッカラの男たちに憧れる」
「でも、ネッカラの男性は数が少ないのでしょう?」
「そうだよ、坊や。だから、年頃の娘たちは三つの選択肢のどれかを選ぶのさ」
「選択肢?」
「そう。厳しい競争に打ち勝って同族の男の心を掴むか、もしくは生涯独身で過ごすか……同族の男と結ばれて生まれた子供は特に美しく、力強い娘となる。もしくは貴重な男の子が生まれる。また、ネッカラの男との間に生まれた子供は必ず双子として生まれるので、多くの娘が生まれるのさ……ただし、老いを避けることは出来ないけどね。」
「じゃあ、双子であるピリポは……」
フィンがピリポの方を振り返ると、ピリポはコクリと頷いた。
「私の両親は二人ともネッカラ族だ。……数年前に流行病で相次いで亡くなってしまったけど……」
「あ……ごめん」
悪いことを聞いてしまったとフィンはすまなそうな顔をする。
「気にしなくていいよ。もう、随分前のことだし。今は平気」
それでも、ちょっと気まずい感じになった二人の間の空気を割るようにイナウコタイが言った。
「話を先に続けていいかね?」
「あ……はい」
「もうひとつの選択肢は、生涯を独身で通すことだ。男と交わることがなければ美しく若い姿のまま殆ど老いることも、ユズリ様より与えられた力を弱めることもなく、生涯を過ごせる。そして、第三の選択肢は……」
イナウコタイはそこで一息おいてから言った。
「他の種族の男と交わることだ」
「そうすると、どうなるんですか?」
「普通に娘が生まれる。ただ、同族の男との間の子供とは違い、種族の血が薄まる分、力の弱い子になる。また、男の子は絶対に生まれない」
「あれ?それ……変じゃないですか?」
フィンは首をかしげる。
「どうしてそう思うね?坊や」
「男の子が生まれないのはともかくとして……同族間でしか、強い子が生まれないとしたら、同族の男の人と結婚できなかった残り九割の女の人の子供は全部弱い子になってしまう……そうなればネッカラ族の九割は弱い子になってしまいませんか?でも、ネッカラ族の女の子たちは決して弱くない……どうしてだろう?」
「いいところに気が付いたね。坊や」
イナウコタイは満足げな顔をした。
「異種族との結婚でも例外があるのさ」
「例外……ですか?」
「そう。坊やたちソーナ族との結婚だ。ネッカラの娘がソーナの青年と結ばれて出来た子供は非常に強い力を持った子供になる。だから、ソーナ族の男はネッカラ族の娘たちには人気があるんだよ」
「知らなかった……」
フィンは驚きを隠せなかった。
「結婚といってもね、一緒に暮らすとは限らない。子供が生まれるまでの関係というのもここでは結婚にあたるのさ。だから、異種族の男との結婚を望んだ娘は、子供が生まれるとネッカラの里に娘をつれて戻ってくることも多いんだ。異種族との間に生まれた子供は、一人っ子だが例外なくネッカラの特徴をもった女の子しか生まれないから、長い結婚生活が送れない場合が多いのさ」
「どうしてですか?」
「坊やが将来、結婚するとしたら、やはり自分によく似た子供が欲しいだろう?」
フィンはその質問に戸惑った。
自分が結婚する、子供を持つなどということは全く想像がつかなかったからだ。
「……わかりません。そんなこと、考えたこともないから」
「ソーナ族は、異種族との結婚で生まれた子供は、その特徴的な髪や瞳の色、そして魔道を使う能力が現れないだろう?」
「はい」
「自分の遺伝を残せない結婚は、うまくいかないことも多いのさ」
フィンはふと考えた。
相手のことを本当に愛していれば、たとえ、自分の種族の特徴を持っていない子供しか生まれなくてもいいのではないかと。
しかし、大人の事情というのはそう単純ではないこともフィンは知っている。
自分の血が受け継がれないことは、いろいろと煩雑で面倒な問題を生むのかもしれない。
たとえば、リンド家の一人息子であるフィン自身が、もしもネッカラ族の娘と結婚して、生まれた子供がソーナ族の特徴を持たない娘ばかりだったら、延々と受け継がれたリンド家の血筋は途絶えてしまう。
フィン自身がよくても、きっと両親は嘆くだろう。
考えただけで面倒な話だった。
それでも構わないぐらい愛せる相手なら話は別なのだろうが、フィンには残念ながらそこまでの想像は出来そうになかった。
そんなことを考えているフィンの様子に気づいたのだろうか?イナウコタイはさらに続けた。
「どちらにせよ、ネッカラの女は、基本的にネッカラの里以外では暮らせない。だから、大半は子供が生まれたら娘を連れて戻ってくるのが大半だ……」
「なぜ、この里以外では暮らせないんですか?」
「あたしたちの体はね、この寒い土地にしか対応できないようにできているんだ。それでも比較的温暖なミヅキぐらいまでなら暮らせるだろう。だけど、それは寿命を縮めてしまうことが多い……あたしたちは一生、このネッカラの里という鳥籠の中で過ごす籠の鳥なのかもしれない……」
「……そんな……」
フィンにはどう答えていいかわからなかった。
「それでもね、愛を選んで里を出て行った娘も多い。先日、ホムルに行って命を落とした娘がそうだ。彼女はキャラバンにいたあるホムル人の青年を愛し、覚悟の上で出て行った。だけど、その結末はみんなわかっていた……あの娘は二度と帰ってこないと。それでもあたしたちは止められなかった」
イナウコタイは悲痛な表情を見せた。
その娘の話はおそらく、ネッカラの里に来る前に聞いた話のことだろう。
自分の意志で出て行ったことは確かだが、その理由まではフィンは知らなかった。
「だから、私たちは決めたんだ。悲しい結末になることがわかっている出逢いがないように、観光客やキャラバンとの接触をできる限りしないようにと」
ピリポが口を挟んだ。
「添い遂げられないなら、最初から出逢っちゃだめなんだ……私はそう思う」
フィンは疑問に思う。
本当にそれでいいのだろうか?
悲しい想いをしたくないから、最初から出逢わない。
間違ってはいないだろうが、何か違うんじゃないだろうかとフィンは思う。
だけど、フィンは恋をしたことも、人を愛したこともないから確信はなかった。
だからフィンはその考えを口に出さなかった。
「過去にも、諦めきれなかった女がいた……それが、カムラ・カユルだ」
イナウコタイはそう言って、大きく息を吐いた。
「彼女が愛してしまったのは、優しく、そして立派なソーナ族の男だった……彼は後にソーナ国で最も魔力が強いと言われた王となった……」
「それってまさか……」
フィンはごくりと唾を飲み込む。
「コノール・ホリン。クー・ククルに認められたソーナの王だ」
意外な真実を聞かされ、フィンはただ、戸惑うばかり。
多くのソーナ国民が憧れ、尊敬する先代の王の逸話は数多く残されていたが、かつて彼を愛したネッカラの娘がいたという話はどこにも伝わってはいない。
意図的に隠されたものなのか、それとももともと表沙汰にならなかったのかはわからない。
ただ、フィンにわかっていることは、コノール・ホリンには愛するソーナ人の妻と、彼の血を受継いだ子供たちがいて、彼はその愛する家族と共に彼がその生涯を終えるまでソーナで幸せに暮らしていたということだ。
籠の鳥。
定められた土地でしか暮らせないネッカラの女たち。
それでも自らの意思で鳥籠を飛び出して、愛する者の側にいることは命がけ。
続かなかった愛に傷ついて、やがて鳥籠に戻る者、そのまま命を落とす者……どちらが本当の幸せなのか?
長年、この問題を見つづけてきたイナウコタイ自身にも答えはみつからなかった。
ただ、カムラ・カユルのことを思うたびイナウコタイはわからなくなる。
そして、切なくなってしまうのだ。
「かつて愛された者が、不条理な理由で愛を失ったとき、その恨みがどこに向くのか……それを考えれば、あたしはカムラ・カユルをこれ以上断罪することはできない……だが、彼女は明らかに間違った道へ進もうとしている……そして、ひとつだけいえる事は……」
イナウコタイはフィンをじっと見つめて言った。
━━━━━━━ 「坊やは、その鍵となる人物なんだ……」




