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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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17.「緋の瞳」

 ●【17.「情念の果て」】


「大丈夫か?フィン」


 カムラ・カユルが消えて、戒めが解けたピリポはフィンの側へ駆け寄った。


「うん……大丈夫」


 フィンを守った結界もカムラ・カユルが消えたと同時に消えて、フィンはその場に力なく座り込んでいた。ピピとポポが心配そうにフィンの頬や手の甲に頬を摺り寄せている。


「いったい……どうなってるんだ?」

「それは私が聞きたいよ」


 カムラ・カユルの言った謎の言葉といい、危機一髪でフィンを守った結界といい、何もかもがわからなかった。


「でも、びっくりした……突然のことで、僕、なにもできなかった」

「本当だ。ソーナ族ともあろうものが、魔道のひとつも使わず、ガタガタ震えてるだけなんてね」


 ピリポはニヤニヤ笑っている。


 フィンは露骨に嫌な顔をする。

 実際、魔道を使って危険を回避する手段を思いつかなかった。

 眷属に襲われたときといい、遭難したときといい、つくづく自分は危機が迫ったときの対応に弱いなとフィンは思う。

 そして、それこそが彼にとっての一番克服しなければならない課題だった。

 でも、ピリポの前でそんな自分を素直に認めてしまうのは少し癪だったので、つい、強がりを言ってしまう。


「びっくりしてそこまで気が回らなかっただけだよ!」


 むっとしたような顔で反論するが、内心はおどおどしている自分にフィンは少し嫌気がさしてしまう。


「じゃあそういうことにしといてあげるよ」

「……いちいちやなこと言うなあ……」


 ぶつぶつ文句を言いながらまだその場にへたりこんでいるフィンにピリポは手を差し出した。


「今日はもう帰ろう……立てる?」


 そう言うピリポの態度ががあまりにさりげなかったので、フィンはなんだか拍子抜けしてしまう。


「……うん」


 差し出された手に、フィンは素直に縋った。

 ピリポがその時、少しだけ笑ったような気がした。






「おかえり。その顔じゃ、今日も成果はなかったようだね」


 イナウコタイはいつもと変わらぬ調子で、帰ってきた二人を迎えた。


「寒かったろう?今、暖かいスープを持ってくるから部屋で待っておいで」


 イナウコタイはそう言って厨房のほうへ向かおうとしたが、それをピリポが止めた。


「おばあちゃん。待って」

「どうしたんだい?」

「今日、カムラ・カユルに襲われた」


 その言葉を聞いた瞬間、イナウコタイの顔色が変わった。


「おばあちゃん。カムラ・カユルは復讐だと言った……『忌々しいイナウコタイの孫娘。我が復讐を思い知れ』と……おばあちゃん……カムラ・カユルとおばあちゃんの間に一体何があったの?」


 しかし、イナウコタイは無言のままだ。


「答えて。おばあちゃん!私だけではない。フィンも危なかったんだ」

「坊やが?」


 ピリポは頷いた。


「カムラ・カユルは何か他に言ってたかい?」

「フィンがいないと計画が成就しないと言ってた」


 イナウコタイは何も言わずにただ、表情を曇らせる。


「おばあちゃん!」


 イライラしたピリポが叫ぶ。

 イナウコタイは深く、大きな吐息をついた。


「愚かな女……まだ、諦めておらんかったのか……」

「それって……カムラ・カユルのこと?」


 ピリポの問いにイナウコタイは無言で頷く。


「そもそもカムラ・カユルは最初から間違っていたというのに……呪術は魔道になりえない……失った愛などにいつまでも囚われ、深い闇に落ちてなおまだそれを求めるのか……情念とはなんと業の深いものか……」


 イナウコタイは目を閉じ、こめかみを指で軽く押さえた。


「おばあちゃん……教えて。なにがあったの?」


「カムラ・カユルも元はあたしたちの仲間……勇敢で美しいネッカラの戦乙女の一人だったのさ……だけど、あまりに強すぎる情念が、彼女を変えちまったのさ」


 イナウコタイはまるで、それ以上話したくないかのように目を伏せる。


「情念って……?」

「強く……そう、強く人を想う心さ。それは純粋で美しくもあるけれど、一途であるほど恐ろしいものにもなる……想いゆえに迷走したカムラ・カユル……愚かで、可哀想な女だ……でも……」


 イナウコタイは何故かそこで言葉を切った。


「とにかく、これは長い話になるからね……まずはおまえたちがちゃんと食事をしてから話してあげよう。坊やにも関わりがあることだ。話さなくていいならそれに越したことはなかったが、たぶんそれではお前たちは納得せんだろうからね……」


 イナウコタイはそう言って厨房に消えていった。






 具沢山の暖かいスープを飲み終わり、二人が心身ともに少し落ち着いたのを見計らって、イナウコタイは二人に改めて向き直った。


「本題に入る前に話しておかなきゃならないことがある」


 イナウコタイがそう言うと、フィンとピリポは無言で頷いた。


「彼女のことを知るには、まずあたしたちの現実を知らねばならない……」

「現実?」


 不思議そうな顔をするピリポにイナウコタイは優しく言った。


「そうさ、ピリポ。ものごとにはどんなことにもそれを形作る下地がある。その下地を知らねば判らぬこともあるからね」

「うん」


 二人が頷いたのを見て、イナウコタイはちょっと微笑んで見せた。


「では、まずは質問だよ」


 イナウコタイはそう言うと二人の顔を覗き込むようにして薄く笑った。


「正直に答えておくれ。二人とも……あたしと、カムラ・カユルを比べてみてどう思うかね?」


 いきなりの質問に二人は戸惑う。


「ど……どうって言われても……ねえ?ピリポ」

「うん」


 戸惑う二人を見てイナウコタイは愉快そうに笑った。


「カムラ・カユルはあたしより年下に見えるだろう?」


 いきなりそう言われて、二人は顔を見合わせた。


「……違うの?おばあちゃんよりは少し若く見えるけど」


 するとイナウコタイは笑って言った。


「ああ見えてカムラ・カユルはあたしより十二も年上なのさ」


 えっ?という驚きの声を二人は同時に上げた。


「嘘!信じられない」


 フィンとピリポは目を丸くした。

 イナウコタイとカムラ・カユルは充分に年老いてはいたが、見た目ではカムラ・カユルの方が誰の目にも若く見えた。

 二人の外見はどう見ても十歳近くは離れているように見える。


「彼女は体の老化を遅らせる呪術を使ったのさ。カムラ・カユルの額の赤い刺青は、外見の年をゆっくりと取らせる力がある……まあ、魔道と違い、呪術にはそれに見合った対価が必要で、それと引き換えに彼女が失ったものもあるけれどね……」

「彼女は何を失ったのですか?」

「あたしたちの誇りでもある鮮やかな赤い瞳の色さ……」


 そういえば、カムラ・カユルの瞳は、かろうじて赤さを残してはいるが、酷くくすんで黒に近い錆びた赤い色をしていた。


「この赤い瞳は、ユズリ様にお仕えする私たちネッカラ族の誇りだ。この美しい赤い瞳を持つものは、この世界には私たちだけ。ユズリ様が私たちにくださったこの瞳の色こそが私たちの誇りだ。彼女はかりそめの若さと引き換えに、あたしたちの象徴である赤い瞳を失った」


 ソーナ族が『竜の魔法の鱗』と呼ばれるように、ネッカラ族は『緋の瞳の民』と呼ばれている。

 鮮やかな赤はユズリの爪の色。そして、その爪の側の白き鱗より作られた彼女たちは、竜の女王の真紅の爪の色をその瞳の中に持っているのだ。


「カムラ・カユルがあたしたちの誇りである緋色の瞳と引き換えにしてまで若さを得た理由を知るには、まずあたしたち自身のことを坊やは知らなければいけないのさ」

「はい」


 フィンはコクリと頷くと、あらためて姿勢を正した。

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