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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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16.「呪いの言葉」

 ●【16.「呪いの言葉」】


「結局、振り出しに戻る……かあ」


 フィンはうんざりした顔でユクルを進める。


「そう簡単にクー・ククルが見つかるわけないじゃない」


 ピリポはあきれたような顔をする。


「わかってるけど……さ」


 ユクルの背に乗っているとはいえ、当てもなくだだっぴろい雪原を長時間移動するのは結構疲れる。

 それでもまだ、楽しいなら気も紛れよう。だけど、ピリポは相変わらず。

 少し、打ち解けてくれたとはいえ、ピリポはやっぱり愛想がない。


「クピ。クピピピ」


 真っ白い森の子がフィンの肩の上で呑気に鳴き声をあげる。


「クピポ。ポポ」


 まるで鼻歌を歌うような細い声で黒い森の子はフィンの上着の胸ポケットから顔と手だけをのぞかせている。


「おまえたちはいいなあ……。何にも悩み事なくて」


 そう言って溜息をつくフィンに対して、森の子たちは不思議そうに目を丸くして首をかしげるばかりだ。


 黒森からフィンについてきた森の子たちはフィンの側から離れようとしなかった。

 森に返そうと放しても、すぐに戻ってきてフィンについてきてしまうのだ。

 イナウコタイは「坊やはよほど森の子たちに好かれてしまったみたいだから、一緒にいてやるといい」とフィンに言った。


 そういうわけで、フィンは白い森の子にはピピ、黒い森の子にはポポという名をつけて、一緒に連れ歩くことにしたのだった。

 ピピはクピピと鳴くし、ポポはクポポと鳴くことが多いからという理由でつけた名前だった。


 ピリポに言わせると、「名前のつけかたが下手」だそうだが、逆にフィンがピリポに、「どんな名前ならいいか」と聞くと、長ったらしくて覚えにくそうなネッカラ語の名前が提案されたので、やっぱりピピとポポにすることにした。

 上手い下手はともかく、なんとかいう大地の精霊の名前だの、雪の精霊の名前だのと舌を噛みそうな長い名前よりはよっぽどましだとフィンは思った。

 ピリポは最後まで不満そうだったが、当のピピとポポがこの名前で呼ぶと、見事に反応してしまったので、さすがのピリポもそれ以上は食い下がらなかった。


 ピピとポポがいると気まずさは少し和らぐ。

 なかなか打ち解けられないフィンとピリポの間に流れるぎこちない空気を、この二匹が和らげてくれるのだ。


「……しかし、いつまでもあてどなく歩いているのも時間の無駄だな……」

「えっ……あ、ああ……」


 ピリポはふいにそう言ってフィンの方を振り返った。

 それはあまりに急だったのでフィンはどきりとする。どうして、ピリポはいつもこんなに唐突なのか。

 どぎまぎしているフィンに、ピリポは淡々と聞く。


「何か?」

「いや、なんでも」


 フィンは苦笑しながらその場を取り繕う。

 下手なことは言わないほうがいい。


「このあたりは、もう随分ホロヌカヤに近い。クー・ククルがいるならともかく、今の状態では私も、あまり聖地には近づきたくない」


 ピリポは遠くを見ながら言った。

 その視線の先には灰色の風景しかないが、薄ぼんやりと巨大な山の影が見えている。


「あの山がホロヌカヤ?」


「違う。近いと言ってもホロヌカヤはまだここからじゃ見えない。あれはカヤサキリ。ホロヌカヤに行くにはあれを超えないと。ホロヌカヤはあれの何倍も高い」


 フィンはぞっとした。

 カヤサキリと呼ばれた山はここから見てもかなりの高さがある。

 ホロヌカヤはさらに遠く、高いというのか。


「ユズリ様が住むお山だよ。誰でも登れる高さじゃまずいと思うけど?」


 こともなげにピリポは言う。

 それはそうだが、それじゃ人事のようだ。ピリポにとっても人事ではないだろうにとフィンは溜息をつく。


「で、結局どうすればいいわけ?僕らは」

「どうしたもんか……」


 ピリポも考えあぐねていたようだ。


 その時だ。

 フィンの肩の上にいたピピが急に毛を逆立て、グルルと低い声を上げ始めた。


「どうした?ピピ」


 ピピは遠くを凝視して、耳を後ろに倒し、牙を剥き出して唸っている。

 どうみても威嚇の様相だ。

 よく見ると、上着のポケットで眠っていたはずのポポもピピと同じように低い声を上げ、威嚇をはじめている。


「ほう……流石に森の子の目は誤魔化せんか」


 目の前に突然、人影が現れた。


 黒に近い濃い褐色の肌に白い髪。黒に限りなく近い暗い赤の瞳。

 頬と額に真紅の呪術模様の刺青を施した老婆が突然フィンの目の前に現れた。


「カムラ・カユル!」


 ピリポが声を荒げた。


「よくも私を騙したね!」

「はて、何のことやらね?ピリポサヌ・クリカ。あたしゃ、あんたを騙したりなんかしてないよ」

「姉さんがあんなことになるなんてあんたは一言も言わなかった!」


 すると、カムラ・カユルはピリポを見下すようにふっと鼻で笑った。


「あたしはちゃんと言ったよ。眷属の血を与えなければ死者は暴れ始めるとね」

「それは聞いた。でも、あんたは肝心なことを私に言わなかった。これが、はるか昔に封印された禁術だって」

「ああ、そのことかね……単に言い忘れただけさ」


 カムラ・カユルはにやにや笑っている。

 その黒くくすんだ赤い瞳は悪意に満ちている。


「酷い……」

「何寝ぼけたこと言ってんだい。ピリポサヌ・クリカ。言ったところであの時のあんたならあの術を使うことを選択した筈さ……悲しみで我を忘れ、理性を失っていたあの時のあんたならね」


 ピリポは一瞬ひるむ。痛いところを突かれたのだ。


「なぜ、あんなことをした……」

「親切さ。悲しみに沈んでいるあんたを可哀想だと思ったからさ」

「嘘だ!」


 ピリポは今にも噛みつかんばかりに叫ぶ。


「嘘なもんか。あたしを里から追放した忌々しいイナウコタイの孫であっても、やはり悲しんでいる所を見ては放って置けないだろう……あたしはあたしのやり方で……そう……あたしの一番満足するやり方で、可哀想なイナウコタイの孫娘を救ってやったのに」


 カムラ・カユルははじめはクックッと低く笑っていたが、やがて愉快だといわんばかりに大声で笑い始める。


「愉快だともさ……こうもあっさり思い通りにいくんだものねえ……間抜けなピリカサヌはあたしがけしかけた眷属にあっさりとやられるし、お馬鹿なピリポサヌは理性をなくして簡単な罠にひっかかる。これだけ簡単だとはりあいがないよ。愚かなイナウコタイの孫娘たち……あたしの復讐を思い知れ!」


 ピリポの白い肌がさらに色を失い青ざめる。


「……最初から仕組んだことだというの?」

「そうともさ。全ては綿密に計画されたことさ。あんたたちはその駒にすぎないのさ」


 その時、ピリポの赤い瞳が燃え上がるように鋭い色を放ったのをフィンは見逃さなかった。


 無言でユクルから飛び降りたピリポは、次の瞬間、目にもとまらぬ速さでカムラ・カユルに斬りかかっていた。しかし、カムラ・カユルの体は煙のように消える。


「あんたが襲ってくることぐらいお見通しだ。丸腰であんたの前に出て行くほどあたしゃ馬鹿じゃないんでね」


 カムラ・カユルはフィンのすぐ側にいた。


「あたしは、あんたが来るのを待ってたのさ……ソーナ族の坊や。あんたがいないと、あたしの計画は成就しないんだ……」

「……僕を……」


 フィンはその場を動けなかった。

 この、カムラ・カユルという老婆から発せられる禍々しい気配が、フィンの体を金縛りにしていた。


「フィン!そいつから離れて!」


 態勢を立て直したピリポが剣を構えてこちらへ走ってくる。


「お黙り!」


 カムラ・カユルが手にした杖をピリポの方に向けると、ピリポの体が突然硬直した。


「うっ……動けない」


 カムラ・カユルは満足そうな顔で、フィンに囁きかける。


「もうすぐ大きな不幸が坊やのまわりで起こる……目を覆いたくなるような……自ら命を絶ちたくなるような不幸がね……嘆き悲しむがいいさ……悲しみで曇った心からは本来の姿をもった『あれ』は生み出せないからね……」

「……生み出す……?」


 しかし、カムラ・カユルはその問いには答えずに、動けないピリポの方に振り返って笑いながら言った。


「封印のない鞘と、曇った剣は使い物にならないからねえ……」


 カムラ・カユルは懐から赤い針を取り出した。


「さて、坊やに最後の呪いをかけさせてもらうよ」


 カムラ・カユルは赤い針でフィンの額を刺そうとした。


 逃れようともがいても、体が言うことをきかなかった。

 もうだめだと観念して、フィンはぎゅっと目を閉じた。


 その時、フィンの回りが突然青い光で覆われ、カムラ・カユルは吹き飛ばされた。


「……えっ?」


 フィンは困惑していた。

 彼の体は青い光で出来た四角錐の結界で囲まれていた。

 それを見たカムラ・カユルはチッと舌を鳴らした。


「そうか……そういうことか……。この坊やはもう、お前に護られてたか……でも、呪いの言葉は既に放たれた。お前がいくらこの坊やを護ろうとも、もう遅いさ……」


 カムラ・カユルはにやりと笑うとまた、空気の中に溶けゆく水蒸気のようにその姿を消してしまった。



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