15.「森の子」
●【15.「森の子」】
ピリポは雪の降り続く森の中、ユクルを飛ばしていた。
ピリポは嫌な胸騒ぎを感じ、もと居た場所に引き返した。
フィンの姿はなかったが、そこからフィンがどこへいったのかを探すのは容易だった。
ユクルの足跡が点々とついていたからだ。
兎かなにかの小さな動物の足跡が導くようについていて、ユクルの足跡はそれを追うように続いていた。
「黒森にはいったのか……面倒だな」
フィンが兎を追って入ったのは黒森と呼ばれるこの辺りでは一番広大な森だった。
地元の者でも慎重に入らなければ迷う場所だ。土地感のないフィンは確実に迷う。
降り始めた雪がレーラの足跡を完全に消してしまわぬうちにフィンを探し出さなければやっかいだ。
暫く森を彷徨い、ピリポがフィンを森の奥で探し当てたとき、フィンはまるで木々に守られるように、生い茂った雪に強い下草の柔らかい葉の中で横たわっていた。
「大丈夫か?」
声をかけたがフィンは目を開けなかった。
頬に触れると、氷のように冷たい。
しかし、呼吸をしているので生きてはいるようだ。
「よかった……まだ生きてた……」
ピリポはほっとする。
しかし、早く体を温めてやらないと確実に命を落とす。
「……ん?」
ふと見ると、フィンの両脇には、まるで彼を守るように、白と黒の二匹の小さな生き物がうずくまっていた。
「森の子……そうか。おまえたちが守ってくれたのか。ありがとう」
この小さな生き物がフィンに寄り添い、暖めてくれていたのだ。
ピリポが二匹の小さな生き物に礼を言うと、二匹はクピピと小さく鳴いた。
「大丈夫。後は任せて」
ピリポがそう言うと、二匹はピリポの邪魔にならないように少し離れた所に動き、心配そうにフィンを見つめた。
ピリポは自分の上着をフィンに着せ掛け体をさすり、さらに気付けの酒を少し口の中に含ませてやる。
「こほっ」
酒の強い刺激でフィンはむせた。
「大丈夫か?」
「……あ……あれ?僕は……?」
フィンが意識を取り戻すと、ピリポはほっとしたような笑顔を見せた。
そして、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん……悪かったよ……。まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ」
「……助けに来てくれたの?」
「うん」
「……ありがとう」
フィンがそう言うと、ピリポは顔を赤くし、そっぽを向いた。
「……一応、私が悪かったから……」
「えっ?」
「私が悪かったって言ってんの」
フィンはそんなピリポをみて可笑しくなった。
憎ったらしいと思っていたが、案外素直なんだなと感じる。
フィンがくすくす笑うと、ピリポはばつが悪そうな顔をしたが、気を取り直したのか、
「立てる?肩を貸そうか?」
とフィンに聞いた。
「平気。ありがとう。ピリポサヌ・クリカ」
「ピリポでいい」
ぶっきらぼうな言い方だった。
「えっ?」
「ピリポでいいと言ってるの」
ピリポの顔はまた少し赤くなった。
「うん。ありがとう。ピリポ」
「立てるんならさっさと行くよ。フィン・リンド」
ピリポは先に立って歩き出した。
「あ。ピリポ」
「何?」
背後から声をかけたフィンにピリポは振り返らずに返事をした。
「僕もフィンでいいから」
「……うん」
ピリポは振り返らずに返事をした。
その顔は多分照れて赤いのだろうと想像し、フィンはクスッと笑った。
「ごめんね、坊や。酷い目に遭わせちまったね」
イナウコタイは毛布をすっぽりと頭から被って震えているフィンに頭を下げた。
「い……いえ。僕は平気です。ピリポには助けてもらったし」
ピリポはきまりのわるそうな顔で部屋の隅で膝を抱えて座っている。
「これ、ピリポ。なんとかお言い。まったく、お前はなんてことするんだい」
「……ごめんなさい……でも……悪気はなかったんだよ」
ピリポは流石に申し訳なさそうな声を出した。
「言い訳はおよし。森の子たちが坊やを暖めていたから坊やは救われたんだ。もし、そのままだったら坊やは死んでいたんだよ」
イナウコタイの声は厳しい。
「ピリポを叱らないでください。イナウコタイ長老。僕も悪かったんです」
「……坊やがそう言うならあたしはもうピリポを叱らないけど……」
「はい」
フィンはそう言ってピリポに笑いかけたが、ピリポはそっぽを向いている。
素直じゃないなあとフィンは苦笑する。
イナウコタイはまだ不機嫌そうな顔をしていたので、フィンは話題を変えることにした。
「森の子って言うんですか?それ」
フィンは自分を救った二匹の生き物を指差した。
森の子たちはイナウコタイが用意したバスケットの中に敷かれた毛布のうえで、くっつきあって眠っている。
「森の子ってのはここいらでの通称だ。これらが正式には何と呼ばれるかはあたしたちも良く知らない。でも、このあたりの深い森の中にはこの子達がたいてい住んでる……動物なのか、妖精の一種なのかよくわからない……」
「へえ……」
「森の子は謎が多い。森を守っている守り神だとも言われるが、人里に下りてきていたずらもする……結局何なのかよくわからない生き物さ」
イナウコタイは白いほうの森の子のふかふかの体を撫でた。
森の子はくすぐったいのか、体を捩って寝返りを打った。
「クー・ククルかと思ったんだけどな……違ったのか……残念」
フィンは森の子たちの柔らかな体を撫でてやった。
「クピ!」
白いほうの森の子が起き出して、バスケットから這い出ると、よちよちと歩いてフィンの膝の上に上ってきた。
「クピピ……」
もう一匹の黒いほうも起き出してきて、フィンの足元に纏わりついた。
「おや、珍しいこともあるものだね。坊やは森の子たちに好かれてるよ。森の子は人には滅多に懐かないというのに……」
「へえ……」
「この子達は、私たちが森を出るときも自らついてきたんだ。森の子は普通、自分たちの森を出て他所へ行くことはないのに」
ピリポがそう言うとイナウコタイは妙な顔をした。
「森の子が自ら森を出る……ありえないことだ……あたしゃお前たちがこの子達を無理に連れてきたか、どこか怪我でもしたのかと思っていたのだけど……」
「それって、何か変なことなんですか?」
フィンは両手に森の子たちを抱いたまま聞いた。
「変も変、ありえないことだ……森に何か異変が起こっているのかもしれない……もしくは……」
イナウコタイはフィンの顔をじっと見つめて言った。
━━━━━━━「坊やに何かを感じ取ったか……だね」




