13.「相性最悪」
●【13.「相性最悪」】
どこまでも続く純白の絨毯の上に、小さな足跡を残しながら二頭のユクルがのんびりと歩いていく。
昨夜降った雪は、わずかばかりの太陽の光を受けて眩しく輝き、目も開けられぬくらいだった。
ユクルはのんびりと歩いているが、その背に乗っている二人はとてものんびりした雰囲気ではなかった。
片方はやけにいらいらした表情で、もう片方は困ったような顔をしている。
「……認めないから」
「え?」
前を行くピリポは振り返ってフィンに再度、まるで念を押すように言った。
「私はあんたなんか認めないから」
今まで殆ど無言で歩いていたのに、急にそう言われてフィンは鼻白む。
どう反応していいかわからない。
だいたい、なんでこの娘に自分が嫌われているかもフィンにはいまひとつ理解できなかった。
「……なんで、そういうことを言うのさ」
「改めて言っておくけど……姉さんのことは私の問題だから。だから、あんたに頼る気なんかさらさら無いから」
一方的に不愉快だという意思表示をされ、フィンはだんだん腹が立ってくる。
「じゃあ、僕はなんでここにいるのさ。僕だって自ら望んでここにいるんじゃない」
フィンだって、苦手なピリポと一緒にいたくはない。
できれば一人で行動したかった。しかし、クー・ククルを探すため、二人で常に一緒に行動しなさいとイナウコタイに命じられたのだ。
魔力のないピリポの元にはクー・ククルは寄り付かないし、土地感の全くないフィンにとっては不慣れな雪原は危険だった。眷属に襲われたときにも困る。
わかってはいても、なんとなくお互いがお互いを好きではないのだ。
居心地が悪いのは当然のことだった。
「……おばあちゃんの言いつけは絶対だから。悔しいけど、あんたの力を借りざるを得ない状況だし……でも、私自身はあんたなんか認めないってこと」
ピリポはきまり悪そうにそう言った。
「その言葉、そっくり返すよ」
フィンはあきらかに不愉快だという表情をわざとしてみせた。
「いいわよ、別に。あんたも私のことが嫌いなんだろうし。私だってあんたが嫌い」
「あのねえ……ピリポ……そういうこと、思ってても本人の前で言うもんじゃないだろ?普通」
フィンはいい加減頭に来ていた。
ピリポの態度はいちいち癪にさわり、フィンにはうっとおしかった。
自分より二歳も年上のピリポが妙に子供っぽく見えた。
そして、わざわざそれにつっかかる自分も子供っぽいと少し思いながらも、やはり腹立たしさが先に立つ。
「なぜ?嫌いなものを嫌いだと最初に言っておけば、あとあと面倒なことにはならないでしょ?要らぬ誤解を招かないためにも、こういうことは最初から言っておいたほうがいいと思って」
「……まいったなあ」
フィンは反論の言葉さえ出なかった。
基本的に考え方が全く違うのだ。
本当にこのピリポという娘とはつくづく相性があわないらしい。
「あ。それから、気安くピリポなんて呼ばないで。私をピリポと呼んでいいのは私と親しい人だけだから」
「じゃあ、僕のこともあんたなんて呼ばないで欲しいな。ちゃんとフィン・リンドって名前があるんでね」
フィンもむっとして、そう切り返す。
売り言葉に買い言葉。
この場面には既視感がある。
以前にもシャーロッテとこういうつまらない口喧嘩をしたことを思い出す。
彼女といい、シャーロッテといい、女の子というのはどうしてこんなにも感情的なのだろう?
フィンは心の中でうんざりしていた。
個人的な好き嫌いは関係なく、利害関係が一致していれば協力するだけで済むことだ。そこに相手の好き嫌いなどの感情要素を入れてしまえば、いろいろと支障をきたす。
割り切ってしまえば済むことなのに。
なぜそんな簡単なことがわからないのだろう?
「フィン・リンド」
「なんだよ。ピリポサヌ・クリカ」
嫌味ったらしくフルネームで呼ばれ、ムッとしたフィンも同じように返す。
「こんなところをのたのた二人で歩いていたって無駄だわ。手分けしましょう。そのほうが早く、クー・ククルを見つけられる」
「ちょっと待ってよ!こんなところに僕一人置いていくっていうのか?」
とんでもない話だった。
嫌がらせにしてもそれは酷いのではないか?
「ここで一人で置いていかれても僕には道も方向もわからないよ!それに眷属に出会ったらどうするんだよ!」
「大丈夫。太陽の沈む方角と反対に進めばネッカラの里に帰りつける。それにそのユクルは『レーラ』という名前の通り、風のように速い。眷属から逃げ切れる速さだ。それに、フィン・リンドには魔力もある」
レーラは大柄で逞しい雄のユクルだった。
それはネッカラの言葉で『疾風』という意味だ。
フィンがユズリカムサから乗ってきたユクルはイナウコタイのところに置いてきた。
体格が小さい雌で、しかも生後一年未満のまだ若いユクルのため、厳しい岩場等を登るには、そのユクルでは適していないと言われたためだ。
「そういう問題じゃないだろう?それに、君には魔力がないのだからクー・ククルは見つけられないだろ」
「そんなこと、やってみなきゃわからない。私はフィン・リンドの世話になる気は無い」
いちいちフルネームで呼ばれるとやけに腹がたつ。
心の奥底がチリチリするような嫌な感じだった。
「頑固だな。……いいよ、勝手にすれば」
「じゃあ、またあとで」
ピリポはあっけないぐらいさっさと行ってしまった。
「……はあ……どうしたものかな……」
あれから小一時間ぐらい経った。
フィンはまだその場を動けずにいた。
「本当に女の子ってのはどうして、ああなんだろう……」
フィンは小さくため息をつく。
ピリポの態度は、フィンにシャーロッテを思い出させる。
シャーロッテもフィンに何かとよくつっかかってきた。
シャーロッテとピリポは全く違うタイプだが、気の強いところだけは共通している。
よほど自分は女の子に嫌われるタイプなのだろうか?
「なあ、どうしたらいいと思う?レーラ」
手持ち無沙汰にレーラのたてがみを撫でながら声をかけるが、レーラは大きな欠伸をするばかりだ。
「とにかく、進んでみるしかないのかな……」
フィンはレーラの角を前に向けてゆっくりぐっと押した。
それはゆっくり前進の合図。レーラは優雅な足取りで、ピリポが残した足跡とは反対方向に歩き始めた。
「それにしても、いい天気だ……ホロの空がこんなに青いとは思わなかった……」
見上げた空は雲ひとつない晴天。
目に染みるほど鮮やかな青さで、空気は冷たく、澄み切っていた。
日照時間が極端に少なく、年間を通して晴れた日がとても少ないこの地域では、晴天の日は貴重だった。ましてや、こんなに鮮やかに晴れることなど滅多にない。
普段は森の奥深くに住む動物たちも、貴重な太陽の光を全身で浴びようと森の外へ出てきたりする。
ゆっくり進むフィンの目の前を白い小さな動物が素早く横切ってゆく。
「雪兎だ」
ふわふわの白い塊。
長い耳と丸い尻尾を振りながら、兎はフィンの前を横切る。
そして、ちょっと立ち止まると振り返り、首を傾げてフィンの方を少しだけじっと見ていたが、やがてまた走り出した。
「うわあ……可愛いなあ……」
その、可愛らしい姿に惹かれて、フィンは兎のあとを追ってみる。
兎はまるで誘導するように、深い森の奥に消えていく。
森の入り口で、フィンは一瞬躊躇する。
ここから先に行って迷ってしまうとまずいのではないかと。
雪に覆われた深い森。
一人で進むのは危険だった。
だが、まるで誰かがフィンを呼んでいるような気がしてならなかったのだ。
兎の姿は視界からすっかり消えていたが、フィンはまるで何か見えない糸にたぐりよせられるかのように、森の奥へ進みたい衝動に駆られていた。
「……誰かが呼んでる気がする……」
声が聞こえるわけではない。
何かの音がするわけでもない。
だけど、何かがこの森の奥からフィンを呼ぶ。
危険なことかもしれない。
でも、森の奥からフィンを呼ぶ声なき声は、彼にとって今や抗えぬ魅力だった。
「行ってみよう……」
フィンは迷わず森の奥に進んでいった。




