12.「困難な願い」
●【12.「困難な願い」】
「僕に何ができると……?」
フィンは少し不安になる。
能力以上の期待をかけられるのが怖かった。
落ちこぼれで、何をやっても中途半端な自分に人を救うような力があるとはフィンにはとても思えなかった。
「クー・ククルの力を借りて、ホロヌカヤへ行き、ユズリ様に逢うのさ」
「聖地ホロヌカヤだって?」
大きな声を上げたのはフィンではなくピリポだった。
「行けるわけない!ユズリ様のお山に登るなんて、そんなこと誰もできるわけない!」
「僕も、そう思います」
とんでもない話だった。
ホロヌカヤの恐ろしさはたとえ行ったことはなくても人伝えに聞いて知っている。
聖地ホロヌカヤは山肌を雪と氷で完全に覆われた聳え立つ高山。
竜巫女と竜王神殿の神官以外は近づくことすらできない聖地だ。
竜王神殿の神官長だってその中腹までしか行くことが出来ない。
頂上にある巨大な永久氷壁の中にある竜巫女の館までたとえ運良く辿り付いても、その先は未踏の地。
竜王ユズリの領域だ。
「そう。普通の者は絶対に行けない。ユズリ様に仕える竜巫女にしか許されない場所だ。だが、ひとつだけ例外がある」
イナウコタイは薄く笑い、いぶかしげな顔をするフィンに向き直った。
「例外?」
「クー・ククルだけは外界と神域を別ける永久氷壁を飛び越えることができるのさ」
「ま……まさか……」
「そう。そのまさかさ。坊やにはクー・ククルの力を借りて、ピリポをユズリ様に逢わせて欲しいのさ」
「無理なことだわ」
ピリポはあきれたように深い溜息をつき、フィンは激しく困惑した。
「あ……あの……どうして、竜王ユズリが関係するんですか?」
「冷たい血の効力を消し、死者を再び眠りにつかせるためには、ユズリ様の御髪を一房頂かなければならないのさ。ユズリ様の御髪……判りやすく言えば竜のたてがみだけれど……それで死者の両手両足、そして首を縛ると冷たい血の効力は完全に消えるんだよ」
この事実はフィンも初めて聞く話だった。
「竜巫女に取り次いでもらうことはできないんですか?なにも僕らが直接竜王に逢いに行く必要はないんじゃ……」
「それができれば苦労はしない……竜巫女様ならユズリ様の御髪を頂くのはたやすかろう……でもな……」
イナウコタイは眉をしかめ、大きな溜息をついた。
「この法は数百年前に完全に封印された。当時の竜巫女様が立会い、ユズリ様に請願をたてたのさ……この法はいかなることがあっても未来永劫二度と使用しないと。その時、あたしたちネッカラ族の者全てがその誓いをたてたという……歴代の長老の管理の元、『冷たい血』の使い方は封じられた……そういう経緯があって、竜巫女様にはご迷惑をかけるわけにはいかないのさ……」
「ちょっと待って!おばあちゃん」
ここまでの話を黙って聞いていたピリポが不満の声を上げた。
「おばあちゃんはそんなこと、私には一言も話してくれなかった!」
ピリポは信じられないという表情でイナウコタイに食って掛かった。
「お前には絶対にできないことだから言っても仕方がないからね」
「ひどい!私よりそのソーナ族の子の方が姉さんを救えるというの?」
「お黙り!」
イナウコタイは鋭い口調でピシャリとピリポを牽制した。
「ピリポ……お前はたしかにできのいい娘だよ。あたしの自慢の孫だ……だけど、お前には絶対に出来ないことなのさ……いや、お前だけじゃない。魔力のないあたしたちネッカラ族には絶対に出来ないことなんだよ……」
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
ピリポは納得いかないという表情でイナウコタイに食いさがる。
「聞き分けのない子だね……だめなものはだめなんだよ。わかっとくれ。ピリポ」
ピリポはそれでも悔しかった。
祖母の言うことは痛いぐらいわかる。だが、このことだけは、どうしても自分の手でけりをつけたかったのだ。
「じゃあもしも、このソーナ族の子がここにこなければどうするつもりだったのよ!」
「どうもこうもないさ」
イナウコタイはピリポに冷たく言い放った。
その赤い瞳はぞっとするほどの威圧感を放っていた。
「お前のしでかしたことだ。本来なら尻拭いはお前がしなきゃならない。可哀想だが、ピリカは体が朽ち、骨が砕け散るまでこの護符で封じておくしかない。だけど、それではあまりに忍びない……だから、お前は体が動く限り眷属の心臓をピリカに食べさせつづけなければならない……ピリカに少しでも平穏なまま居てもらうために……お前にできることはそれだけだよ」
そう言ってイナウコタイは目の前に先ほど使ったものと同じ護符を出して見せた。
竜王神殿で授かることのできる魔よけの護符だった。
神殿で神官たちによる千日の祈りを捧げられたその聖なる護符は、全ての悪い力を祓うと言われている。
「狂っているピリカを大人しくさせるだけなら、この護符で充分だ……でも、この護符は一時的に負の力を押さえ込むだけしかできやしない……それは一時凌ぎだ……ピリカの苦しみを救ってやることにはならないんだよ……つらいことだが、あたしたちにできるのはこれが限界なのさ……」
「うう……」
ピリポは拳を握り締めたまま俯いている。
わかっている。
祖母の言うことは痛いぐらいわかってはいるけど、やりきれない怒りと悔しさがピリポの心を激しくチクチクと刺すのだ。
「判っておくれ、ピリポや……」
イナウコタイはピリポの肩をそっと抱き寄せた。
「確かにお前だって被害者だ……。あのカムラ・カユルの言うことを聞いてしまったばかりにこんなつらい目にあったのだからね……あたしだって可愛いお前たちのこんな姿を見ていたくはない……だけど、自分のまいた種は自分で刈らなければならないのさ」
「おばあちゃん……」
イナウコタイはもう一度フィンの方を向く。
「どうか孫たちを助けてやっておくれ……坊や」
「でも……僕なんかにできるかどうか……」
「できるさ。自信をもちなさい。坊や……そして、どうか私の孫たちを救っておくれ……お願いだ」
イナウコタイはフィンに深く頭を下げた。
ネッカラ族の最長老は族長でもある。
誇り高い一族の長に頭を下げられて、断る度胸などフィンにはなかった。
「わかりました……できるかどうか、わからないけど……できる限り手は尽くしてみます」
「ありがとう。坊や」
ピリポは何も言わず、フィンを見つめているだけだった。
おそらくまだ、納得がいかないのだろう。
「あの……イナウコタイ長老」
「何だい?坊や」
「僕はまず、何をすればいいんでしょう?」
フィンは戸惑っていた。
「そうさね……まずはクー・ククルを探すことからだね」
「クー・ククルはどこにいるのですか?」
「さあ……どこにいるのやら」
イナウコタイは首をかしげる。
「ご存知ないんですか?」
「クー・ククルは気まぐれで、ホロのどこにでも現れるからね」
イナウコタイは申し訳なさそうに言った。
「ではせめて、クー・ククルがどんな姿をしているかを教えてください」
「……それもわからないんだよ」
イナウコタイはゆっくりと首を横に振る。
「すまないねえ……あたしも実際、クー・ククルに逢ったことはないから」
「そんな……」
フィンは困った顔をする。
なにもわからないのではどうしようもない。
「ただ、わかることは……」
イナウコタイはフィンを慰めるように言った。
「クー・ククルは二つの姿を持つと言われている。そして、選んだ者に自ら近づいてくる。根気よく探せば必ず逢えるはずだよ」
「……はあ……」
フィンは気のない返事をする。
そして、疲れたように大きく息を吸い込み、長い溜息を吐いた。
自身の修行も、イナウコタイに頼まれたことも、どちらも前途多難だった。




