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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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10.「長老とクー・ククル」

 ●【10.「長老とクー・ククル」】


 ネッカラの里へフィンとピリポが到着したのは、すっかり日が落ちてしまってからだった。


「案内してくれてありがとう。本当に助かったよ」


 里の入り口でユクルから降りたフィンは、まだユクルに乗ったままのピリポに礼を言った。


「私はここまで案内しただけだから」

「でも、眷属から僕を助けてくれた」

「たまたま狙ってた獲物にあんたが襲われてただけだから」


 ピリポは興味なさそうに言う。


「じゃ、私はこれで」


 ピリポはそのまま行こうとする。


「ちょ……ちょっと待って!」


 フィンは慌ててピリポを引き止める。


「まだ何か用?」

「あ……あの……ここに宿屋はない?」







「さあ、スープをお飲み。体が温まるよ」


 ピリポの祖母、イナウコタイはフィンを優しく迎えた。


 ピリポはフィンを自分の家に連れてきたのだ。

 ネッカラの里にはよそものを受け入れる宿屋などというものは存在しない。

 観光と称してやってくるよそものをネッカラの里は歓迎しない。


 だが、宿泊する術を持たず途方に暮れているフィンを見捨てるわけにもいかなかった。仕方なく、自分の家へ連れ帰ったのだ。

 本来はそこまで面倒を見るほど普段のピリポは優しくない。

 しかし、フィンがまだ幼い事、そして自分たちに近いソーナ族であることがピリポを少し安心させていた。


 ネッカラ族の長老で、ピリポの祖母でもあるイナウコタイ・クリカはフィンがソーナ族の少年であることに少し驚いていたが、すぐに暖かな暖炉の側にフィンの席をつくってやり、食事を用意した。


「僕、何かおかしいですか?先ほどはとても驚かれていたようですけど」


 食事をとりながら、フィンはイナウコタイに聞いてみた。


「あ……ああ、ソーナ族の客は珍しいからね。まあ、そのあたりのことはあとで話してあげよう」


 イナウコタイは少しうろたえたようだったが、話題を変えた。


「ほら、黒すぐりのクリームがついたパンをお食べ。甘くておいしいから」

「ありがとうございます。僕、甘いものは大好きです」


 フィンが丁寧に礼を言うと、イナウコタイは気を良くしたのか、フィンに親しく話しかけはじめた。そして、フィンがなぜここに来たのかを聞きたがった。





「なるほどね……修行のしかたがわからないんだね。坊や」


 フィンの今までの話を聞いて、イナウコタイはそう言った。


 またここでもか……とフィンはうんざりする。

 いくら見た目が幼く見えるからといっても、道案内(ガイド)のチニといい、ユズリカムサの宿屋の女主人といい、会う人すべてに「坊や」呼ばわりされ、フィンは少し心外だった。

 しかし、ソーナ族と同じく長い寿命を持つネッカラ族の長老ともなれば話は別だ。

 相手は自分の何倍も生きている。彼女にとってみれば、十四歳のフィンなど赤子と変わりがないのだろう。

 だから、坊や呼ばわりされてもしょうがないといえばしょうがないのだが。


「結局何も考えずに行動したらこんなことになっちゃったんです……」


 自分で言いつつもフィンは自分が情けなかった。


「最初は誰だってわかんないさ……それを見つけるための旅なのだから、わからなくて当然だ……納得行くまで探せばいいさ……でも、坊やの求めるものがこの里にあるかどうかはわからないよ?」


 暖かなスープをフィンについでやりながらイナウコタイは穏やかな口調で言った。


「そうかもしれません……でも、そうじゃないかもしれない……実際のところ、僕にもわからないままここまで来ました」


 イナウコタイはフィンにとってはピリポよりはるかに話しやすい相手だった。

 それを見て安心したのか、ピリポはフィンの相手を祖母に任せると、早々に自室にひっこんでしまった。


「ピリポは年頃の娘にしてはかなり無愛想だから、もしもあの子の物言いで嫌な思いをしたなら許してやっとくれ。坊や」


「……いえ、僕は別に」


 フィンは苦笑いしながら首を横に振る。


「前はあれほどじゃなかったんだけど、ちょっといろいろあってね……」

「そうなんですか」

「ああ……」


 イナウコタイは溜息をつく。

 彼女の言う『ピリポのいろいろ』について興味が湧いたが、聞いてはいけない気がして、フィンはただ、相槌を打ってうなづくだけだった。


「本来、あたしたちネッカラ族はよそものは受け入れないんだ。特に普通の人間はね……彼らとあたしたちはいろいろ違うこともも多い。力や、寿命の長さとかね……特にピリポはよそものが好きじゃない……でも、坊やはあたしたちに近いソーナ族だ。だから、ピリポもここへ連れてくる気になったんだろうね」


 フィンは返事に困った。

 この場合、そうですねと同意するのか、そうでしょうか?と反論すべきか判断に迷ったのだ。

 フィン自身は自分たち以外の種族の人間に特に特別な思い入れも相反する気持ちもない。

 その気持ちを汲んだのか、イナウコタイはフィンにこう言った。


「ソーナ族はうまく他の種族と共存していると思うよ。本来はそうあるべきなんだろうね……でも、あたしたちネッカラの者は違う。あたしたちが心から信じるのはユズリ様だけだからね……」

「他の種族はお嫌いなのですか?」

「あまり、好きじゃないね……偏見かもしれないが、彼らはあたしたちの特別な力や、長い寿命をうらやんだり、ねたんだりする。化け物扱いする者もいる……全てがそうじゃないことももちろんわかっちゃいるさ……それは、坊やたちソーナ族だって同じじゃないのかい?」

「僕にはわかりません……国を出たのは初めてだし、ソーナ族以外の人と話をするのもこの旅が初めてなんです……でも、ここに来るまでに出会った人たちはみないい人たちでした。単に僕の運がよかっただけかもしれないですけど……」

「坊やは頭のいい子だ。人の意見に左右されず、自分の意見を持つのは生きてゆくためにとても大切なことだよ」


 イナウコタイはそう言ってにっこり笑う。


「ありがとうございます」


 フィンは少し照れくさそうに言った。


「無遠慮な観光客と違って坊やはいいお客だ。好きなだけここにおいで」

「はい。ありがとうございます」


 フィンはイナウコタイにもう一度丁寧に礼を言った。


「そういえば、ここに来る観光客ってどんな人たちなんですか?」

「あたしたちが物珍しいから、まるで見世物でも見るように見に来る(やから)さ」


 イナウコタイはあからさまに不快な表情をしていた。


 ネッカラの里を目指してくる観光客は結構多い。

 彼らは遠巻きに彼女たちを見て、日が落ちる頃には帰ってゆく。もしくは、里の近くの竜王堂に滞在する。

 ネッカラの里の者は基本的にはよそものには無関心だ。

 観光客が里の中に入ってきても咎めはしない。里の中の店で買い物をすることや、料理店で食事をするのも自由だ。

 しかし、里の者に無礼を働いたり、連れ出そうとしたりしたら話は別だ。

 殺されても文句は言えない。


 自分たちに危害を加えることがなければ、基本的に来るものは拒まない。ネッカラの里はそういう所だ。


「どうして竜王が二種類の人間を作ったのかあたしにはわかんないが、特殊な能力も、長い寿命もないけど、圧倒的に数の多い種族と、能力が高くて寿命も長いがごく少数のあたしたちや坊やたちが作られたのには何か大きな理由があるはずだ……」

「僕もそう思います……でも……」


 フィンはふいに悲しそうな顔をし、イナウコタイは不審そうにフィンを見つめた。


「どうしたんだい?何かあったのかい?坊や」


フィンの表情が曇る。


「確かに、ソーナ族は魔力もあって能力の高い種族です……それは僕も誇りに思います……でも僕は……僕自身はとても中途半端な存在なんです……素質はある、能力は高いと回りの人たちは僕に言います……でも、僕自身そうは思えないんです……」

「そんなことはないでしょう?坊やは立派なソーナ族の子だよ」

「そうでしょうか?僕は魔道学院でも落ちこぼれです。この黒のローブだって仮免許みたいなものだと言われました。なのに、こんな僕なんかに魔力が高いといわれる菫色の瞳や、群青色の髪が備わってるなんて皮肉にしか思えなくて……」


 フィンはそう言うと悲しげにうつむいた。


「坊やの魔力が高いのは間違いないよ。その瞳は紫紺の後継者にしか現れぬ魔力の高い色だ……それに、その群青色の髪……あたしは先代のソーナ族の王に逢ったことがあるけど、坊やのほうがもっと綺麗な群青色だ……」

「先代の王というと……コノール・ホリン陛下をご存知なんですか?」

「ああ、知ってるともさ……コノール・ホリンがまだ紫紺の後継者の一人だった頃、このネッカラの里へ来たことがある。あたしはまだ七つにも満たない子供だったけど、そりゃもう素敵な人だった。紫水晶のような美しい瞳と、綺麗な群青色の髪の優しい人だったさ……」


 イナウコタイは遠くを見るように目を細め、うっとりとした顔で何かを思い出しているようだった。


「初耳だ……コノール陛下といえば、歴代のソーナ王の中で最も魔力が高い王として今もソーナ国民の憧れです……でも、なぜネッカラの里に?」

「坊やと同じ理由さ」

「えっ?」

「コノール・ホリンも魔道学院の卒業間際まで落ちこぼれと言われた生徒だったそうだよ……そこで、自分の魔力を引き出そうと、ホロを修行の場に選び、クー・ククルの力を借りることができたのさ」

「クー・ククル?なんですか?それは」

「クー・ククルはホロヌカヤの麓に住む伝説の聖獣さ。神話の時代、竜王の魔力の鱗を食べた獣が長い年を経て強い魔力を持った獣になったのさ。ユズリ様のお山であるホロヌカヤの番人とも言われてる」

「へえ……」


 初めて聞く話にフィンは強い興味を持った。


「クー・ククルは友と認めた者に強い魔力を与えるのさ。ソーナ族の者が、クー・ククルの力を借りれば最強の魔道士になれる。だけど、そう簡単にはいかないさ」


 イナウコタイはそう言うとお茶を一口飲み、何かを思い出したかのように笑みを浮かべる。


「そんなすごい聖獣がいるのに、どうして僕は知らなかったのだろう……?それは誰でも知っていることなんですか?僕だけが知らなかったんだろうか?」


 フィンは困惑した表情を見せる。


「安心おし。今のソーナ族は殆ど知らない話だ。だから知らなくてもちっとも恥ではないよ。クー・ククルの情報はソーナ族にとっては隠されている情報だからね」


 イナウコタイはそう言うと含むような声で笑った。


「隠されてる?」

「そう。クー・ククルは魔力を持つソーナ族にとって諸刃の剣。あの聖獣の友となれば絶大な魔力を得られるけれど、認められなければクー・ククルに魔力を全て吸い尽くされる。魔力を無くしたソーナ人に待っているのは悲惨な死さ」


 悲惨な死と言ったときのイナウコタイの顔があまりに恐ろしく見えたので、フィンは少しどきりとして思わず肩を竦めた。


「クー・ククルに認められるソーナ族などそんなにいやしない。歴史上片手でも余るほどしかいない……魔力を吸い尽くされて死んだ者は空の星ほどいる。それを重く見た当時のソーナ族の王は、クー・ククルに関する情報を全て隠し、強力な忘却術を使って、全ての国民からその記憶を奪ったのさ。……そして、選ばれたソーナ族の者にだけこの話を教えることを、あたしたちネッカラ族の長老に託したんだ」

「……どうして?」

「クー・ククルに一番近いところに住んでいて、同じ竜の特別な鱗から作られた者同士だからさ。今はさほどでもないが、昔はネッカラ族とソーナ族はもっと近しい存在だったからね」

「そうだったのか……では、コノール陛下は選ばれた者だったんですね?」

「おそらくね……クー・ククルの情報にたどり着けるのは、クー・ククルに選ばれ、呼ばれた者だけさ。ソーナ族の者はここに何人も来るが、クー・ククルの情報を知る歴代の長老に出会えた者は殆ど居ない。コノール・ホリンは意図せずして当時の長老の元へやってきた。だから、長老はクー・ククルの情報を彼に与え、そして彼は見事クー・ククルの信頼を得た。今思えば、クー・ククルが選んだのだろうね」

「……じゃあ僕は……」


 フィンは胸がどきどきしはじめた。

 伝説の聖獣クー・ククル。

 もしや自分は選んでもらえたのだろうか?


「おそらくね。坊やがやってきたときは驚いたよ。クー・ククルに選ばれる者なんてそうそういないからね……コノール・ホリンの時からもう、百年以上たっているし……」


 イナウコタイはそう言って、笑う。


「でも坊や。情報を聞くだけではいけない。クー・ククルに友と認められなければね」

「……はい……」

「坊やの修行の目的は決まったね」

「はい!」

「クー・ククルに逢えるまで好きなだけここにいるといい」

「はい。ありがとうございます」





 その時だ。


 ピリポが血相を変えて部屋に入ってきた。


「おばあちゃん!どうしよう!!」


 ピリポの様子は明らかにおかしかった。


「どうしたんだい?ピリポ」

「姉さんが……ピリカ姉さんが……!」

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