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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
序章 北国にて
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序章「北国にて」

第一部より500年の時を遡ります。

すでに第一部では滅亡していたソーナ国の物語。

彼らがなぜ滅びるに至ったのか、そして、竜王ユズリの目がなぜ光を失ってしまったかなどのエピソードがあります。


第一部とほぼ同じくらいの長さです。よろしければまたお付き合いください。

 ●【序章.「北国にて」】


「お客さん、どこから来たんだい?」


 縦も横も彼の二倍は軽くありそうな大柄な女主人は、暖かなスープを彼のテーブルに置きながら声をかけてきた。

 熊によく似た姿の亜人であり、男女共に大柄なホロの民はその荒々しい体格に似合わず、陽気で穏やかだ。

 初対面の相手にも気軽に声をかけてくる。


「アズールです」


 彼は、いきなり話し掛けられて少し驚きつつも、愛想よく返事をした。


「へえ……そうなんだ。アズールといっても広い国だからねえ……」


 彼が宿に選んだ『熊の背中亭』という宿は、ふくよかで愛想のいい女主人と、かつてはホロ王宮で料理長をしていたという彼女の夫の二人で経営する小さな宿だ。

 彼は、『熊の背中亭』自慢の煮込み料理を注文し、ささやかな夕食をとろうとしていた。

 昼過ぎにホロに到着した彼は、旅の疲れが出て、宿についてから少し眠っていたせいで、夕食の時間はかなり遅くなった。

 混雑時を過ぎた食堂はがらんとしており、彼の他には客は誰もいなかった。


 目の前でほかほかと暖かな湯気をたてている具沢山の煮込みは、豪快だった。

 二つ割りにした芋や大きめに切った様々な種類の根菜、骨付きの山鳥の腿肉は丸ごと入っている。

 適当にぶつ切りに切った香草が浮かび、見た目はあまり美しくないが、食欲をそそる香りが漂ってくる。

 彼がそのスープを一口啜ろうとすると、彼女はまた話し掛けてくる。


「で、アズールのどのへんから来たんだい?南のほう?それとも北のほう?」


 彼はスプーンを置き、少し苦笑しながらも答えた。


「タンガ地区です」

「タンガ……ああ、一番南の海岸沿いの街ね。暑い地方だね」

「はい」

「じゃあ、ホロの寒さは堪えるでしょ?」

「ええ……まあ」


 フィンとピリポの記録を書くため、彼はホロにやって来た。

 彼が現在住んでいるタンガ地区は旧ホムルの最南端。亜熱帯気候で、常夏だ。


「あたしゃホロから出たことがないんで、他の国のことはよく知らないんだけどさ、雪がないってのはどんな感じなんだい?」

「どんな……と言われましてもね……」


 彼は返答に困る。

 彼が答えづらいとわかったらしい女主人はもう一言添えた。


「ホロはどこを見ても雪ばかりの白っぽい景色で、空はいつも灰色でどんよりしてるよ。まあ、あたしゃ生まれた時から見慣れてるからどうってことないが、ホロに来る観光客はみな、寂しい景色だっていうんだよね……他所の国はもっと景色が鮮やかだって聞いてるよ。南のほうは空なんか真っ青なんだってね?」

「ええ。空は青く、木々は緑鮮やかで海は綺麗な紺碧です。気候によっても表情を変えますしね。確かにそういう意味ではホロの風景は寂しいかもしれません」

「へえ……死ぬまでには一度他所の国にも行ってみたいもんだわねえ」


 そうつぶやいて彼女は目を細めた。


「ところで……お客さんも明日の『小さき(きさき)の記念祭』を見に来たんでしょ?」


 彼女は急に話題を変えた。


「いいえ」


 彼は首を横に振る。


「そうなんだ?この時期は『小さき妃の記念祭』の観光客が殆どだから、お客さんもそうだと思ってたよ」

「……明日、お祭りかなにかあるんですか?」


 女主人は驚いたような顔をした。


「えっ?知らないで来たのかい?明日は年に一度の『小さき妃の記念祭』だよ。歴代の王妃の中で、最もホロの民を愛してくださったセリア様のご生誕日の記念祭さ」

「セリア……それはもしかして、セリア・エフィニアス・ミヅキ?」


 彼はここで、意外な名前に出会った。


「ああ、それはセリア様の旧姓だね。セリア様はミヅキのお姫様だったからね」

「なぜ、彼女の記念祭を?」


 彼の問いに女主人は得意そうに話し始める。


「セリア様はそれはもう、当時のネプト王と、ホロの民を愛して下さってた。ご自身のお国があんなことになり、愛していた弟君が亡くなり、暫くは嘆いておられたけれど、自分の祖国の分までとそれはそれはもう、我が子以上に国のことを考え、いろいろ尽くしてくださったんだ。お年を召して亡くなられるまで国のために本当に良くして下さった。ホロの民は彼女を記念して、毎年彼女の誕生日に祭りを開くようになったのさ」

「ほう……彼女はどういう功績を?」

「そうさね……例えば学校。セリア様がいらっしゃる前までは学校に行ける子供と、貧しくて行けない子供がいた。でも、セリア様は国民が全て教育を受けられるようにとネプト様に進言なさって、子供は全て学校に入れるように取り計らってくださった。他にも、老人のための施設や病院などを増やしてくださったり、生計をたてるための技術をつける場所を作ってくださったり……それはもう、素晴らしい功績を残されたのさ」

「それは初めて聞く話ですね」

「悲しいことにネプト様は、流行病で早くに亡くなられたが、ラプタ王太子が即位するまでセリア様はよく頑張って下さったんだよ」

「そうだったんですか」

「セリア様はあたしたちホロの民の誇りとして今も語り継がれてるのさ」


 女主人は少し照れくさそうに言った。


「ほら、あたしたちホロ人は他の国の人と比べるとお世辞にも美男美女揃いとは言えないだろ?みんな熊そっくりで大きいし、毛深いし。特に男どもは熊そのものって感じだからさ……後にも先にもセリア様以外に外国の王室からお妃を迎えたことがないんだよ。お見合いすると他所の国のお姫様はみんな怖がっちゃってね……そんな中、セリア様は唯一、あたしたちホロの民を怖がらず、お嫁に来て下さったお妃様なんだよ」

「ほう……」


 ホロの民は外見が限りなく熊の姿に似た亜人。

 金や白金色、薄い茶色や灰色等の淡い色彩の体毛と同色の瞳を持ち、男女とも大柄で力が強く、頑丈だ。

 成人男性は必ず髭を生やす風習があり、立派な髭を持つ男性ほど魅力的とされる。

 彼らの性質は他の大多数の民族に比べ特異で、より竜の性質に近く、人間よりは少数民族のソーナ族やネッカラ族により近いとされている。




「おかあさーん!」


 よちよち歩きの小さな女の子が厨房の奥から突然飛び出してきて、女主人のスカートにまとわりついた。


「だめじゃないかセリア。お店に出てきちゃ。いい子だからお部屋にお帰り」


 女主人は女の子を軽々と抱き上げると振り返りざま、照れくさそうに言った。


「ホロでは、女の子にセリアという名前をつける人は多いんだよ。セリア様のような優しく可愛い娘になってほしくてね」


 女主人はセリアと名づけられた少女を抱いて奥の部屋に入っていった。

 彼はやっと、食事にありつくことができた。

 しかし、スープはすっかり冷めてしまっていた。





 食事が終わって、彼がお茶を飲んでいると、先ほどの女主人が食器を下げにやってきた。


「お客さん、『小さき妃の記念祭』に行かないなら、どこへ行くつもりなんだい?」

「トラピネップ地方を訪ねてみようと思ってます」

「トラピネップ?」


 女主人は怪訝そうな顔をする。


「あんな山と雪ばっかりで何もないところへ?」


 彼女は困惑したような表情を見せた。


「ネッカラ族の取材をしたいと思ってるんですよ……ある物語を書くための取材というか……」

「お客さん、小説家?」

「本業は医師ですけど、もの書きの真似事みたいなこともやってます」

「ネッカラ族に会いたいのかい?」

「ええ。どこに行けば会えるかわかりますか?」


 女主人は少し考え込んでいたが、やがて首を横に振った。


「たぶん行っても無理だと思うよ。ネッカラ族は昔より数が減ってる上に、もともと排他的な種族だから他種族とあまり接触を持ちたがらないしねえ……それに、昔と違って『眷属(けんぞく)』が殆ど出なくなったから彼女たちが街へ出てくることも少なくなったし」


「そうなんですか……」


 彼は少しがっかりしたような顔をした。


「ああ、でも……そういえば」


 女主人は何かを思い出したようにパチンと手を叩いた。


「明日の『小さき妃の記念祭』にはネッカラ族の長老たちが顔を出すはずだよ。セリア様は少数民族のネッカラ族への支援も沢山なさっていたから、『小さき妃の記念祭』には毎年ネッカラ族の長老たちがセリア様の墓に花を捧げ、舞いと歌を奉納するためにやってくるから」


「それは助かる。ありがとうございます!」


 彼の表情が明るくなった。


「話が聞けるといいね」

「ええ」








「それで、お前は何を聞きたいの?」


 ネッカラ族の最長老、パイカラ・アトゥイは暗い緋色の瞳で殆ど瞬きせず、彼をじっと見つめた。


「契約の剣について伝わる全てを。ソーナ族のフィン・リンド、そしてあなたたちネッカラの娘、ピリポサヌ・クリカの話を全て聞きたいのです」


 やっとのことで出会うことができたネッカラ族の長老は、はじめ、彼の話に耳を貸そうとしなかった。

 しかし、彼が「デーデジアの正しい記録を語り継ぐため、記録を残している」という話をすると、それに興味を持った。

 既に、ホムルとミヅキの逸話を書き上げたその記録を見せた時、長老パイカラは、自分たちが滞在している場所に彼を招いた。


「お前が真に女神に選ばれた『記録者』であるなら、今から私が語る話を余さず記録するがいい。あの、哀れな双子と、未来の王になれなかったソーナの少年のことを……」


 彼は最長老が語り始めた言葉をすぐさま書きとりはじめた。


「まずは……そうさのう……フィン・リンドがなぜホロへやってきたかというところから始めようか……」

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