私は強くなる⑤
敵が大きく移動しているかと思いましたけれど……足止めでしょうか。鎧を着込んだ方がいます。
「っ! 巫女様たちが来てくれたぞっ! 皆下がれ!」
王国の紋章の書かれた鎧、王国軍?
敵は……アリスさんに教えてもらいましたね。インパス、長い二本の角を持った草食の四足獣。
元の性格は大人しいと聞きますけれど……今までとは違い、体が大きくなっているわけではなく、角がより凶悪な見た目になり、気性が荒いように見えますね。
速度もあるでしょう。
「リッカさま」
アリスさんが立ち止まり集中します。
「うん、足止めするね」
アリスさんが魔法を当てられるように、私が止める。
剣を抜き放ち――。
「私に鋭き剣と強さを、誰よりも速く……!」
連続発動の応用、連鎖発動を覚えました。コントロール訓練の賜物でしょう。
ただ繋げるだけでなく、強調された、後に発動した魔法を少し進化させる技術。倒置法ですね。
言葉を繋げ、想いを繋げます。繋がれた想いはより強い意志によって、魔法を強化するのです。
今回は”疾風”を後ろにもってきました。
普段中級の三段階目程度の私の”疾風”は、上級の一段階目へと進化します。
得意魔法を後ろに持ってくれば、必殺の一撃にもできましょう。”強化”を進化させるには今はちょっと、武器がないです。
”強化”と”疾風”によって、まさに瞬間移動のごとく敵の眼前に現れます。
しかし、反応も大型のマリスタザリアより良いのか、角によって私の攻撃は受け止められます。
鍔迫り合いのようになりますけれど――これはあくまで、確実に倒すための牽制。
「光陽よ拒絶を纏い、貫け――!」
アリスさんの声が聞こえ、光の槍の飛翔音が聞こえます。私の背中に向かっているそれを……体を回し、ギリギリで回避。
いきなり現れた光の槍に反応することもできずに射抜かれるインパス、一時的に浄化される体。
体を回転させて避けた私は、その勢いを殺すことなく敵の首に剣を――振り下ろすのです。
「――シッ!」
回避特化と思われるインパスのマリスタザリアは、避けることも逃げることも出来ず……首を、落とされました。
周囲の警戒、異常なしですね。
「皆さん、大丈夫ですか?」
先ほどまで足止めしてくれていた、たぶん、王国軍の方たちに声をかけます。
「はい……ありがとう、ございました」
肩で息はしていますけれど、目だった外傷はありません。
「治療の必要な方はこちらへ、すぐに手当てをいたします」
アリスさんが王国兵の皆さんに声をかけました。
「いえ、重傷者はいません。先行した方たちの援護へ、お願いします」
どうやら先行チームと王国軍で同時に出撃し、ここで敵を見つけ、王国軍が足止め、私たちの到着を待ったということのようです。
……ギルドでふざけている時間はありませんでしたね。ごめんなさい。
「遅れてしまって、申し訳ございませんでした、すぐに向かいます」
私は頭を大きく下げます。おふざけがすぎました。
「い、いえ……我々が交戦していたのはせいぜい十分程度、何も問題はありません」
十分程度とは言いますが、命は一瞬で――。
「ありがとうございます。ですが、私が遅れていたのは事実です。――命が無事で、よかった」
そう言い残し、私は走り出します。もう遅れるわけには行きません。先行チームへ追いつかないと……。
「皆様、お気をつけてお帰りください。それでは」
アリスさんもお辞儀をして、私の後を追います。
街にいるからと、気を抜いてはいけませんでした。気を、引き締めないと。
「……赤い巫女様、泣いてなかったか?」
「巫女様が? 見間違いじゃないのか」
「しかし、あれは――」
「……リッカさま」
アリスさんが私を心配しているような声音で私を呼びます。
「ん。どうしたの? アリスさん」
私は普通に応えます。
「……いえ、っ十分の交戦と言っておりました。ここから十分もあれば、先行チームはすでに港に居るかもしれません」
十分、と王国軍の方は言ってましたが、実際は十五分以上でしょう。”疾風”を挟みながらとはいえ、十分では着きません……。
私があんなことしてなければ、もっと早く。
「リッカさま。本当に緊急でしたら、アンネさんは世間話などしません」
アリスさんが、私の考えを読みます。
「王国軍の方も、鍛えられ、防衛に適した魔法の持ち主たちです。安心してください。リッカさま、思いつめてはいけません」
アリスさんが慰めてくれます。その通りではあるのでしょう。
でも――。
「……でも、っ――」
もしかしたら、死んで……。
「酷なことを言いますけれど、リッカさま……全てを救うことは出来ません」
「……っ」
「今、この瞬間も世界のどこかでマリスタザリアの脅威は人々を襲っています。ですけど、私たちは……ここにしか居ません。私たちがやれることは、今の敵を倒すことですけれど、最終的には魔王の討伐です」
ですが、今回は――私のおふざけで――。
「ずっと、気を張っていては……もちません……」
アリスさんの声が、悲痛に聞こえます。
「リッカさまが、真面目で誠実な方なのは、知っております。だからこそ……落ち着ける場所に居る時くらいは、気を抜いても、いいのです」
だんだんと力を込め、アリスさんが私の隣に並びました。
「リッカさま。どうか、思いつめないでください」
私は、世界のために戦う巫女です。だからこそ、最後までやりきらなければいけません。
「少しだけ、気が楽になった、よ」
全てを、納得したわけではありません。
でも……アリスさんがこんなにも心配してしまうから。アリスさんの傍に居るときくらいは普段通りの私で、居よう。
私に出来ることは、多くないのだから。
「……支えます。何があろうと」
アリスさんが、まるで自分に言い聞かせるように、言葉にします。
「ありがとう、アリスさん」
私は、お礼を言うことしかできませんでした。