私は強くなる
剣術師範で鍛冶師。私は、この出会いをモノにしなければいけません。
「大変、失礼かと思いますけれど……どのような剣をお使いなのですか?」
この人は私をずっと見ていました。武器屋のときも、広場での素振りも。つまり私が欲しい武器の特徴を知っているのです。
よく切れる、刀。それを知って、鍛治師であることを名乗りました。
出会ってまだ、数回。それでもこの人なら冷やかしではないと、思うのです。
マリスタザリアとの戦闘は命がけです。選任とはいえ、ただの冒険者ならば避けるでしょう。
それを、町民から頼まれたわけでもないのに率先して行う。悪い人ではないと、思ってしまいます。
「それは構わんが、剣士娘。俺と戦ってみんか」
悪い人ではないでしょう。ですけどその目は剣士のものであり、自分の力を試したい、そんな戦う男の目です。
「……理由もなく、人と戦えません」
理由はあるのでしょうけど、聞かないとわかりません。
「尤もだ。……そこの御仁。この角材もらってもいいか?」
「ああ、好きにして下さい。ライゼ様」
そう言って角材を削り始めました。ライゼ様……知り合いなのでしょうか。それとも、有名な方なのでしょうか。
ライゼさんは、自分の持つ剣……大太刀のような長さのそれで、角材を斬っていきます。
その切れ味は、私が求めているものに限りなく近いものです。
刀身は両刃。長さは百四十センチ前後、私の身長より少し短いくらいです。
強度は、触ってみないと分かりません。ですけど、あの技術で刀を作ってもらえれば……。
そうこうしているうちに、一本の木剣が出来ていました。
「よし。理由だったな。俺が剣士だからだ」
どういうことでしょう。やはり自分の力量を確かめたいということですかね。
「あんさんも剣士だろう」
だから戦えということでしょうか。
しかし私は自分の力を確かめたいとは思っていません。私にとっての剣術は守るための手段でしかないのですから。
「それだ、ロクハナ嬢よ」
ギラリと、切れ長の目が私に向きます。ロクハナ嬢、って……。
「この世界に、剣士はいない」
? 目の前に……。
ライゼさんは私の心を読むかのように続けます。
「そうだ、俺だけだ。俺の流派だけなんだ」
しかし、戦う人は誰しも剣をもっています。どういうことだろうと思案していると、ライゼさんは自嘲気味に笑い始めました。
「この世界は、魔法が全てだ。剣なんてのは魔法での戦いを補助するためのもんにすぎん。だから、剣術なんてもんはなく、流派なんてもんもない。剣士なんて呼ぼうもんなら、皆鼻で笑うぞ?」
カカカと、笑っていますけれど、豪快さはありません。
「だがな、あんさんは笑わん。笑わんどころか、その目に光を灯し、俺を睨み返してきた」
――。ここに至り、私は理解します。
初めて出会った、自分の剣を笑わない相手、それが私なのです。剣士とは、そういう意味。
「俺を鼻で笑ったやつらは死んでいったよ。あの化けもんは魔法だけで戦うには強すぎるからな」
その声音は、死んでいった人を馬鹿にするものでは決してなく……悲しいと、悔しいと、そういった思いが入り混じった声。戦友を失った者だけが放つ、戦士の嘆きです。
「あんさん、王国で言ってたな。斬れる剣が欲しいと」
その目は、私を見据えています。
「俺は言ったな、あんさんは自分を良く知ってると。魔法だけではなく、道具と自分自身を鍛え、相手を倒すために最善を尽くす。恐らくあんさんの世界ではそれが普通なんだろう」
その目は、私を認めています。
「この世界でも体を鍛える奴はいる。剣を振るためだけにな。だが、剣を鍛えん。術も学ばん」
その目は、怒りすら灯しています。
「そんな奴らが、守るだなんだと言う。おかしな話だ」
未熟では守れない。
「あんさんは違うな。守るために必要なもんを知っとる」
もう、戦わないという選択肢はないでしょう。
「俺は確かめたい、この世界での剣術はあんさんの剣術にどこまで出来るかを」
木剣を私に突き付け、ライゼさんは言いました。
「確かめる。俺とあんさんは、守りたいもんを守れるのかを」
私も、木刀を出します。
「これが終わったら、俺の剣を見せてやるし。あんさんの剣の注文も受けよう」
私たちは構えます。
私はアリスさんに一言、告げます。
「ごめんね、アリスさん。この人とは……戦わないといけない」
私は守るための戦いをしています。だけど、確かめたい。私はこの人に……この世界で唯一の剣豪にどこまで出来るかを。
ここで、負けるようでは……守れないっ!!
「……分かって、おります。リッカさま……。ですけど、無茶だけはしないでください」
アリスさんが我慢してくれます。本当は、嫌だという事はわかっています。人が傷つく様を見るのを嫌っているアリスさんなら……止めたい事を。
でも、私は――。
「ありがとう、アリスさん。しっかり、見てて。私が守れるかを!」
「――はい、リッカさま」
アリスさんを守るためにとった剣を――アリスさんに見て欲しいから。
「魔法はなしだ。いいか?」
「もちろんです。全力でいきます」
当然でしょう。これは剣士としての戦いなのですから。
私が始めて行う。意地のための戦い。負けてはいけない。負けては折れてしまう。
――本気です。
「いい闘気だ、ほんのちょっとの恐怖を、守るという決意で包み込む。いい心理状況だ」
私の、心を見てきます。
少し、動揺します。もし開始を告げられていたらそのまま負けていたでしょう。
運に助けられた。その思いがより、私を醒まします。
「あなたの心は、私には読めないけど……私より数段強いのはわかります」
強い想いで作り上げられた剣術。そしてそれを使うこの人は、私より絶対強い。でも、想いだけは負けない。
「剣術は……未熟で、勝てないだろうけど。想いでは負けない。私はこの世界での闘いに、遊びで参加してるわけじゃない」
言葉にして、自分を鼓舞する。魔法が発動する訳でありませんけど、言葉には力があります。
「あぁ、そうだ。戦いは命がけだ。やれることは全部やらんとな。――いくぞ」
ライゼさんは手に持った枝を上へ投げました。
落ちたら開始。です。
――――カラン。
「―――!!」
相手の突進、上段からの振り下ろし。
「――シッ!!」
いなすように剣の横を弾き、その勢いのまま相手の肩口への、袈裟への回転切り。避ける、受け止める、弾くどれが――。
「甘ぇ!!」
相手も私を軸にするかのように回転し、私の胴への――。
「――っ」
攻撃中止、木刀を立てて、受け止めいなし距離を取――!?
「つ――っ……」
ガッという音と共に私は弾き飛ばされました。
「ふぅ……」
ライゼさんが一息つきます。
「――。ハァっ……はっ……」
私は、すでに呼吸が乱れかけます。腕も、少し痺れています。
上段からの振り下ろしも、胴への横薙ぎも……どれも、私のより早く、そしてキレがありました。
なにより、あの時の回転。この人……。
「……どの世界でも行き着くとこは同じか」
相手が化け物であるマリスタザリアである以上……。
「自分より、でけぇヤツ。硬ぇヤツ相手には、これだな」
この人は、私と同じで回転して斬る。しかも、私よりキレがよく、早く、重い。私のが舞なら、ライゼさんは、武術。独学気味の回転切りでは到達できない、領域です。
「あんさんも回って斬るが、そりゃ独学だろう」
流石に達人にはすぐバレます。でも、ライゼさんが創始者なら、独学って言えなくもないんじゃ――。
「今までの化けもん相手なら、問題ないだろうが……俺には通用せん。何より――」
言いたいことは、わかります。
「これから先、マリスタザリアが本能の赴くままとは限らない。ですか」
すでに、言葉を発する敵がいました。
剣を理解し、相手を理解し、戦いを冷静に見切れる敵が出ないとは限らない。
「そういうことだ、あんさんが未熟なのはよう分かった。しかし、あんさんの世界がどうかは知らんが、同年代では敵なしだったろう」
実際に大会へ出たことはないですけど、六歳を越える頃には、道場では負けなしでした。
「俺の攻撃を避けれた奴は、この世界には一人も居らんかった。受け止め、怪我をせんかったヤツも。唯一の弟子ですら、な」
まぁ、アイツは馬鹿だからしかたねぇか。そう言ってカカカ、と豪快に笑います。
「弟子、一応いたんですね」
流派を名乗り師範でした。一応可能性は感じましたけど……。
「ああ、今はどっかいったがな。馬鹿だから。アイツ」
そう言うライゼさんの顔は親の顔でした。
「続きを、と思ったが、そろそろ帰らんといかんな。アンネちゃんも待っとるだろう」
勝敗は有耶無耶。ではないですね。私は、負け――。
「勝負は引き分けだな。どっちが勝つかなんて、最後までわからん」
――助けられ、ましたかね。
「……ありがとうございました」
私は礼をしました。
「ああ、ありがとうよ。ロクハナ嬢」