愛
まさか神さまが、あんなにもしおらしく反省するとは思いませんでした。私達の落ち込みようが、それだけ酷かったという事でしょう。シーアさん達の反応を見ても、アリスさんがどれ程落ち込んでいたかわかります。
だから……漸くです。
「やっと、想いを伝えられるよ」
「はい。それも今度は……別れなくて良いのですね」
そうです。今度は、切り替えるための告白ではありません。本当の……告白。
私の告白で、私達の関係はまた一つ進展します。か……か、体を、重ねる事も、あるでしょう。私はそれを望んでいます。だから、今度こそ……格好良く決めます。
最初にやらなければいけない事は、核樹の前にある刀を抜き、二人で”光の刀”を作る事です。所謂ケーキ入刀……では、ありませんね。初どころではない程、アリスさんとは深い共同作業を終えています。
私達が居る間は、この”光の刀”を刺さなくて良いのですけど、刺したら刺したで結界が強化されるみたいです。神さまの管理がしやすくなるでしょうし、刺しておくべきでしょう。神さまは無茶をしすぎて、神格すっごい落ちてますから。
刀を再び刺した後、私達は湖を見ながら佇んでいます。もう時間を気にする必要はありません。体の調子は良いですし、固着できたようです。
しばらく、二人きりの雰囲気を味わいます。
アリスさんと私は、十日も離れていません。でも……二ヶ月しか触れ合っていない私達にとって、十日ってかなり長い。不安と恐怖、虚無と喪失感に苛まれ続けていました。
私だけではなく、アリスさんも。
だからこのまま最後の、今の関係を堪能するのも良いでしょう。でも私は……進みたい。アリスさんともっと深く、交わりたいのです。
「よし」
私は立ち上がり、アリスさんに微笑みかけます。そして湖に飛び込むのです。
「――っリッカ!」
アリスさんの驚いた声が聞こえます。でも私が顔を出すと、安堵するのでした。
「えへへ」
「もう……驚かせないで下さい……」
「もうこっちの住民だから、大丈夫だよ」
この湖から人が出てくる事は、もうありません。後にも先にも、私だけ。そしてこんな出会い方をするのも、私達だけです。
「あの日私はこうやって……アリスさんを見上げてた」
「私はリッカさまを……見下ろしていました」
胸に手を当て、告げます。
「視線が合うだけで、心に熱が灯った」
「視線が交わるだけで、心が踊りました」
「手が触れるだけで、心が蕩けた」
「指が絡まるだけで、心が弾けました」
「初めて抱き締められた時」
「初めて名前を呼んだ時」
「全部、覚えてる」
私の中に、アリスさんの中に、全ての触れ合いがあります。その中でも、最初はやはり印象深いのです。髪の毛一本に至るまで、アリスさんの姿を凝視しました。
「アリスさん……」
自然と、熱が篭ってしまいます。溢れる想いを、そのまま声に乗せます。何も飾らない、私の言葉を。
「私、六花立花は……りっかは、アルレスィア・クレイドルを、愛しています。私と共に……永久の時を、生きて欲しい。私の傍で、私の一番近くで……私に触れ続けて欲しい。アリスさん……アリスを、私に下さい」
じっと、私はアリスを見ます。返事を、待っています。もうアリスから告白は受けていますが、改めて……欲しい。
「リッカ……ずっと、待っていました。ふふ。私の名前、しっかり呼べましたね」
「頑張って、練習したんだよ?」
「それに、アリスって」
「うん。どう?」
「嬉しい……。リッカ、私の……リッカ」
アリスが、恍惚の表情を浮かべます。心底待っていたという表情です。私と結ばれる今日という日を、何度夢に見たのか分からない。そう、瞳で告げています。アリスの衝動を止める人は、ここには居ません。だから――――きて?
「もう、我慢しなくても良いのですよね」
「うん」
「もう、リッカでも止められませんよ」
「止めないよ」
「もう、貴女は……私だけのリッカ」
アリスが服から装飾を取りました。そうすると、昔の巫女服のように、薄いローブの様な服だけが残りました。
「私、アルレスィア・クレイドルは……アリスは、六花立花を愛しています。私は貴女と共に……永久の時を生き、貴方の傍で、一番近くで……貴女だけに愛を、この身を捧げましょう。リッカ……リッカ……!」
アリスが、私に向かって飛び込みました。私はアリスを受け止めましたけれど、水しぶきが上がりました。
「指輪を、いただけますか?」
「うん。えっと」
格好良く決めようとしたのに、つける指で迷ってしまいます。
「ど、どっちが良いのかな。やっぱり人指し」
「いいえ。リッカからは、あの指に」
「……うん」
アリスの左手を手に取り、薬指にそっとつけました。
「私も――」
アリスから私の薬指に、指輪が差し込まれます。初めからそこにあったように、しっくりきます。もう、ずっとここに居てくれるのです。
指輪を撫で、私は頬を上気させ垂れた目でアリスを見ます。その表情がアリスを刺激することを、理解して。
指輪を着けた後、私達は一言も発さずに、ただじっと見詰め合いました。そして私達はじわりと――顔を、近づけていったのです。
「……ん」
私は目を閉じ、その時を待ちます。そして、私の唇に、アリスの唇が――触れました。
「――」
「――」
触れ合うだけの、キス。額や首へのキスは、何度もしました。その度に体が震えました。でも……唇は、もっと凄いです。頭の奥がじんじんします。体の……下腹部が、きゅっとします。この感覚が何なのか、まだ分かってません。でも、凄く……気持ち――。
「ん、んっ」
アリスさんの唇が一度離れ、私達の視線が合いました。蕩けた顔のアリスさんが、再びキスをしました。今度は、先程とは違い……舌が――。
「リッカ……リッカぁ……」
「アリ、ス……あぅ……」
貪る、そんな言葉が合うような、そんなキス。体から完全に力が抜け、私はアリスをただただ受け入れます。気持ちよくて、甘くて、深くて……。私からも、絡めてみます。
アリスも限界だったのか、二人して湖に倒れこみました。でも、唇を離す事無く……二人で沈んでいきます。
辛うじて見えた空には、先程上げた水しぶきのお陰なのか……私達を祝福するように――虹が、掛かっています。
この虹が消えても、私達が離れる事はありませんでした。そして、これからも永久に……私達の愛は交わり続けるのです。
湖面から顔を出しても、何度も……何度も……夜が更け、星が煌き、月が笑っても、私達は――交わり続けました。