約束
人が少ないところを選んで、アルレスィアはリツカをお姫様抱っこで運ぶ。人が少ないとはいえ、アルレスィアがリツカを抱き上げている姿は人目を引いている。王都の者達は二度目だが。
「んー」
「気になりますか?」
「エリスさんのストール、こんな使い方して良いのかなって」
結構高そうなストール。リツカはそれを、膝掛けのようにして足を隠すために使っている。まだ薄っすら寒いとはいえ、エルタナスィアから借りてまで暖を取るような寒さではない、とリツカは首を傾げる。
「構いません。どうかそのままお願いします」
「ん、うん」
詳しい説明を省き、門から出る。こんな心配をしなくて良いように、リツカには着替えて貰わなければと考えている。着替える前に、アルレスィアの理性は燃え尽きるだろうけど。
「一っ飛びで向かいましょう」
「うん。じゃあ――」
リツカが祈るように手を組み、目を瞑る。そしてアルレスィアが、リツカの【愛する者よ】を発動させた。リツカの翼を身に着けたアルレスィアが飛翔する。
人間が空を飛ぶ姿を見た事ない者達は驚愕に目を剥く。だけどそれがアルレスィアとリツカだと分かるやいなや、納得と共にその姿を目で追った。
本物の天使という噂もある二人だ。飛ぶくらいするだろう。
「自分で飛んだ時は余裕がない時だったけど、船とは少し感覚が違うね」
体をアルレスィアに預け、頬を染めて言う。ロマンチックな空の旅。しかもアルレスィアの腕の中で風を感じられるとなれば、リツカはまさに天へと昇る気持ちだろう。
「少し、寄り道をしませんか?」
「ん。アリスさんと一緒なら、何処にでもいくよ」
「はいっ」
アルレスィアは進路を南から東に変え、翼を羽ばたかせ一気に向かう。アルレスィアとした、二人だけの約束はまだある。外に居るうちに、行ける間に、行くべきだろう。
「異常が出なかったとはいえ、一人だけで【愛する者】を使うなんて……無茶をしすぎです」
「クラウちゃんが、リチぇッカに”闇”を向けられてたから、つい……ね」
今は二人でリツカの【愛する者よ】を発動している状態だ。二人共腕輪しか核樹がないし、巫女服もない。アルレスィアは宿にそれらを置いているが、取りに行く時間すら惜しいとそのまま出て来ている。
リツカも、類稀なる魔力制御で【愛する者よ】を発動させていたが、やはり二人の方が安定しているようだ。
「アルツィアさまは、もう二度とリッカには逢えないと……」
「もしかしたら、そうなってたかも。でもね? 私……アリスさんが欲しいの」
リツカがアルレスィアの首、喉にキスをする。
「神さまの思惑とか、色々あったと思うけど……私、アリスさんの傍に居られるならそうしたいって、ずっと思ってた……」
告白して、後腐れなく自分達の人生を。そんな物は綺麗事だ。アルレスィアが言った未来なんてものも、綺麗に終わる為のものだ。
「私は泥臭くても良い。私はアリスさんと、ひとつになりたい」
「リッカ……それ、は」
「キスの意味、だよ?」
リツカがアルレスィアを誘惑する。アルレスィアに全てを捧げる、心の準備が出来ていると、示している。
「や、約束が……先ですっ」
「あー。えへへ」
尻込みしてしまったアルレスィアの頬を、リツカがぷにっと突く。蠱惑的な仕草と表情でアルレスィアを玩ぶリツカの大人っぽさに、アルレスィアはどきどきしている。
皆でリツカは子供っぽいと思っているようだけれど、実際の所最低限の知識は有しているのだ。アルレスィアはその事を知っているはずだったが、こうやって直接的に求めてくるとは思っていなかった。完全に不意打ちだった。
「森で私の告白を聞いたら、アリスさんから来て欲しいな?」
「もう……。止めても、止まりませんよ?」
「うん……」
止まらないのはリツカも同じだ。アルレスィアの首にキスをし続けている。
「ほ、ほら。見えてきましたよ」
「ん……ちゅ」
一際長く、強くキスをして、リツカは正面を向いた。陽光がキラキラと反射し、青と白が万華鏡の様に光っている。空から見る海も、綺麗なものだ。
リツカのキスでびくんと体を震わせたアルレスィアが、海が見える丘に着地しようと、フラフラと高度を下げていく。
(リッカも、戻ってきてすぐに戦闘だったんです……休ませて上げないといけないのですけど…………今晩、寝かせて上げられるでしょうか……。正直、無理ですっ)
リツカが腕に抱きつき、海が見える所まで歩いていこうと引っ張っている。先程までの蠱惑的で誘惑的な表情とは違い、子供の様に無邪気な笑顔で向かっている。その切り替えが、アルレスィアの背徳感を刺激する。
あのように誘惑して、何が起こるか分かっているリツカだが、実際どんな物かはこれから体験する事になる。それはアルレスィアも同じだが、エルタナスィアからしっかりと教育を施されているアルレスィアと、過保護に育てられたリツカとの差があるのだ。
どんなに大人っぽく振舞っても、リツカの幼児性が無くなった訳ではない。
「アリスさん?」
「はっ……! い、いえ。さ、海を見ましょう?」
ベッドの上で、裸で横になっているリツカを想起し、呆然としていたアルレスィアが現実に戻ってきた。
「潮の香り……。あの時は私泣いてたから、分からなかった」
「ふふ。それは私もですよ。しかし、リッカはあの頃から変わっていませんね。もちろん、良い意味で、です」
「結局、自己犠牲ばかりだもんね」
「リッカのは献身です。私が保証します」
気持ちを切り替えて、二人はくすくすと笑っている。
「すごいよね。こんなに広い……」
「広く感じたこの国も、この景色の前では……一つの国でしかないのですね」
世界を分断しているような、魔王城があった崖も凄かった。だけど、海はそれよりも広大だ。広く深い。果てしない水平線が、この場のちっぽけさを強調する。
ざざ、ざざ、と波が打ち寄せる音が届く。港では、今日の荷卸が進められていた。良く見ると、装飾が施されている。もしかしたら、王都に運ばれる品物達なのかもしれない。
「サーフィンや海水浴、という物があるのですよね」
「うん。水着が要るね」
「水着、ですか。露出を嫌う国民性のはずですけど、どうしてあれは平気なのでしょう」
「んー……私は抵抗が無いから想像でしかないけど……水着だから、かな?」
「リッカも、着るのですか?」
「向こうでは、水泳も授業に含まれてるからね」
「……二人きりでなら、行って見たいです」
「うんっ!」
リツカとしても、アルレスィアの水着が気になるのだろう。絶対に可愛いと確信している。
手頃な岩に座り、二人は海を眺める。肩を寄せ合い、チラチラとお互いの視線を合わせながら、微笑み合う。
手を、指を絡め合い、唇以外の所にキスをする。
「帰りましょう。私達の家に」
「うん。私達の……家に」
アルレスィアが再びリツカを抱き上げ、”森”へ……家へと向かう。空を飛ぶ鳥と会話をするような近さで、優雅な空中遊泳をする。二人がこれから住む場所へ。二人の愛の巣へと帰っていく。
そこでふと、アルレスィアに疑問が沸き起こる。
「家、どうしましょう」
「うん? アリスさん達の家が……あるんじゃ?」
「二人だけの家が、欲しいと思いまして」
「むむ」
リツカが納得といった表情で目を閉じ考える。リツカとしてはエルタナスィア達と一緒でも良いのだが、アルレスィアと二人きりの家で過ごすという言葉に惹かれる。夫婦みたいで嬉しいのかもしれない。
「どのような家が良いでしょうか。まずは場所ですかね?」
「んー。許されるなら”森”の中、湖の前とか? でも、集落の中じゃないとエリスさん達との交流が減っちゃうし、やっぱり丘の上とか?」
集落の者達から離れるのはお勧め出来ない。いくら二人きりで、最適な場所とはいえ、世俗から離れるべきではないのだ。”巫女”である以前に、”神林”集落の代表だ。村長とは別で、顔役としての立ち居振る舞いが居る。
「今ある家の横に、広めの場があります。そこで図面をひいてみましょう」
「自分達で作るの、楽しみかも!」
この世界に来て、リツカは色々な事を体験している。そしてそれを喜び、楽しむ。
家作りもそうだ。難しい所は魔法でやるつもりだが、アルレスィアも手作りに拘ってみようと思っている。
魔法という便利な物がある中で、リツカと二人で一生懸命作る家。それがきっと、永遠の宝物になるだろうから。