二人の夜
まずはギルドに向かいます。詳しい場所を聞かないと。
その頃には辺りはすでに、暗くなりかけていました。
「お待ちしておりました」
アンネさんが入り口で待っていました。それ程の緊急事態という事です。
「場所は王都より七キロ。東にまっすぐ進んだところにある町です。町の戦える者たちで防衛をしておりますが、すでに負傷者も出ていて危機的状況との事です」
簡潔に説明を受けます。一秒すら惜しい。
「わかりました、すぐ向かいます」
私とアリスさんは走りだしました。
全力疾走します。
疲れても問題ですけど、犠牲者は出したくありません。
アリスさんも着いて来れています。向こうの世界で私に追いつける人は居なかったので、新鮮です。
やっぱり何か、魔力の運用にコツがあるのかもしれません。気を練るように魔力を全身に漲らせると、足が早くなりました。でもこれは、”強化”ではありません。
”強化”は出来ることが増えます。イメージ通りに体が動くようになり、自分の限界を超え、それに耐えられる体へ強化されます。
これに、上限はなく。強化したいと思えば思うほど、どんどん強くなっていきます。オルイグナスだと、その上昇値はより高くなります。
私がイメージ出来るだけの強さを、得る事が出来るのです。神さまの言っていた、イメージは大事。こういうことですか。
そしてこの魔力の運用は、自分の体の限界は超えることができません。体が強くなることもないです。ただ、足が速くなったり、腕力がちょっと強くなったり、ですね。
火事場のなんとやらで普段より強くなれますが、あれを意識的にやっているようなものです。
これは魔法ではないので、詠唱を必要とせず、魔力を消費せず出来ます。発露しているわけではないので、消費がないのです。
何より、魔力を漲らせている状態なので、すぐに魔法を詠唱して発動出来るという最大のメリットがあります。
どうやらこれは、この世界の人なら出来ることのようです。私は、武術を習っていたので、それっぽいのが出来ていた。ということでしょうか。
アリスさんの足がこんなに速いのもそのためです。百メートル八秒台とかですよ、これ。足が速いだけでなく、息も切れてません。このままフルマラソン出来そうな……魔力って、すごい。
しばらく走り、そして町の明かりが見えてきました。悲鳴も多く聞こえますけど、思っていたよりは落ち着いてる? 持ち堪えているようです。
「アリスさん、先行するね」
「はい、お気をつけください」
”強化””精錬””疾風”を発動し疾走します。一撃で決める、そう強く想って――。
町の入り口に大きい背中が見えます。変化していてわかりませんけど、熊のような? 馬やホルスターンも人間にとっては脅威ですが、熊はその比ではありません。それがマリスタザリアになっているのです、注意しなければ。
そう考えますが、様子がおかしいです。マリスタザリアが一歩ずつ、下がって……?
「帰ってる途中に酒でも飲もうと町へ寄ったが、運がいいな」
あのなんちゃって着流しは――。
「ん? おぉ、剣士娘。来たか、じゃあ俺は防衛に専念するぞ?」
私を試すかのような目、まだ挨拶はすんでないってことですね。
敵はまだ私に気づいてません。疾走をとめることなく、敵の後ろから、首を落すために――全力の回転切りを見舞います。
ガッという音とともに切れる感触はありましたけど……。
(硬――っ)
切断には至りませんでした。肉質が圧倒的に硬い。熊なら、納得ですけど……本当にそれだけ?
(余計なこと考えてる暇はない。柔らかいところからやっていく!!)
すでに熊は私に気づき、対峙しています。
「!」
三メートルは離れていたであろう距離を一瞬でつめ、腕を振りかぶっています。私はギリギリには避けず、相手が攻撃を繰り出してきた左手側、その斜め前に全力で大きく飛びます。
その際、相手の脇を切ります。切先だけでしたけど、結構深く切れたように感じました。でも痛みがないのかすぐに反転して攻撃をしかけようとします。斬り落とす以外に、その歩みを止める事は出来ないようです。
ですけど、私の後ろから――。
「光陽よ拒絶を纏い、貫け――!」
アリスさんの声が静かな町に響きます。
飛翔した光の槍は私の傍を通り抜けていき、マリスタザリアの右足と左腕に刺さります。悪意が剥離され、一時的な浄化を持って相手の攻撃の意思が途切れるのです。
私は確実に、元の熊に戻った足と腕を連続で切り落とします。
元に戻っても硬いとは感じましたけど……悪意憑依により強化されたとはいえ、今までの敵より更に硬く変化しています。
しかしそれを、確かめる暇はありません。ここは戦場。守るべき者達がこちらを不安そうに見ています。
すぐさま敵の後ろに移動します。バランスを崩し倒れているとはいえ、反撃に注意しつつ――。
「アリスさん、ありがとう」
首を目掛けて剣を――振り下ろしました。
「リッカさま、ご無事ですか?」
アリスさんが、心配はしています。
ですけどその声音には、私が無事であると強く確信している、そんな信頼を感じました。
「うん、アリスさんがすぐ来てくれたから」
その信頼に照れてしまいますけれど、ここはまだ安全地帯ではありません。気を切らすことなく当たりを探ります。
しかし、新たなマリスタザリアの気配は感じません。
私と着流し男は周囲の警戒と犠牲者がいないかの確認。アリスさんは、人に悪意が憑依していないかの確認と浄化。怪我人の治療を行っています。
どうやら、問題なく終われそうです。
「あなたが居なかったら、犠牲者が出ていたでしょう。ありがとうございます」
私は着流し男に礼を言います。
「気にするな。俺も選任だからな。やるべきことはせんとな。ただ飯食らいは性に合わん」
カカカと、豪快に笑っています。
「……そろそろ、名前教えてくれませんか。私はロクハナリツカ。あちらはあるれしーあ・ソレ・クレイドル。”巫女”です」
男は疑問に思っているのか首を傾げています。
「ん? あんさんらは有名人だから知っちょるが。俺、紹介せんかったか?」
どうやら、挨拶とか関係なく、忘れているだけのようです。
「それにしても、別の世界の人間にゃ、アルレスィアってのは難しいのか?」
……っ。
「いえ、私が、舌足らずなだけです」
恥ずかしい。大切な人の名前もまともに発音出来ません。涙目になってないですかね。
気にしないようにしてましたけど、ここまではっきり指摘されると逃げられません。
「な、なんかすまんな」
この人にまで気を遣われてしまいました。何故でしょう。屈辱を感じます。
「……あなた、リッカさまに何を?」
激しい銀色を煌かせ、アリスさんが今にも男に”光の槍”を放ちそうです。
「アリスさん……私が悪いの、アリスさんの名前、ちゃんと呼べないから」
私はこの町を助けてくれた男の人に、謂れのない攻撃が降り注がないように、今度はちゃんと説明します。
そんな私をアリスさんは、少し頬を染め慈しむような目で見ていました。
「リッカさま……。私はリッカさまからあるれしーあと呼ばれるの好きです! でもそれ以上にアリス、とリッカさまには呼んでほしいのです!」
アリスさんが私を抱きしめるようにして熱弁します。その温もりは大変嬉しく、気持ちの良いものなのです。
でもここは、その……町の中心地であり、注目が……。
「……俺の名前はライゼルト・レイメイ。ライゼでいい。剣士だ。レイメイ流って剣術の、まぁ師範をやっとる」
「こほんっ! 改めまして。”巫女”アルレスィア・ソレ・クレイドルです。この度はありがとうございました」
男の人が空気を読んで自己紹介をしてくれました。その声にアリスさんがハッとして、顔を真っ赤に染め我に返ったのです。そしていつものように、威厳に満ちた声音で自らの名を告げました。
アリスさんの、取り繕うような姿はきっと、他の人にとっては目を疑うようなものなのでしょう。実際、その姿を見ていた人達は目を丸くさせています。
でもそれが私にとっての『いつものように』であり、可愛らしいものなのです。
「剣術の師範、ですか」
私は気になって仕方のないことを質問します。
「ああ、そうだ。それと――鍛冶師でもあるぞ」
そんな私にその男の人は、私を見据え、にやりと爽やかに笑いかけるのでした。
いつもありがとうございます!
24、25日は更新出来なくなると思います。
打ち切りというわけではないので、お願いします!