抱擁④
「来賓挨拶。新郎新婦共通の友人であらせられます。カルラ様」
リツカも十分堂々と登壇していたが、やはりカルラには敵わない。いつものように優雅に、見るもの全てを惹きつける所作で登壇する。
「ご紹介に預かりました。カルラ・デ=ルカグヤです。オステ皇国で皇家と呼ばれております」
いつもの砕けた口調ではなく、かっちりとした敬語で話す。リツカが覚えている限り、一度も無い事だ。
「お堅い挨拶はここまでなの」
(あ、何か安心するかも)
思わずリツカはホッとしている。やっぱりカルラはこうでなくてはと、失礼にも考えてしまう。カルラの事となると少し荒っぽくなるレティシアに肘打ちをされ、リツカが謝っている。
エルヴィエールに不幸な出来事が起きている間に、コルメンスがどういった状態だったのか、コミカルに話している。当然、その逆も然りだ。エルヴィエールが軟禁されている間、コルメンスも戦争で命の危機に曝されていた。その間のエルヴィエールがどういう仕草をしていたかを話す。
ただの不幸事が、カルラの話でちょっとした恋物語へと変わっていく。
「そんな二人が今日夫婦になるの。純粋に祈りたいけど、事二人の結婚はそういう訳にはいかないの」
(二つの国の王だもんね。一緒に住めるのかな……)
「皆さんには、最大限のご理解を頂く事になると思うの」
カルラの言葉に、国民達は耳を傾ける。住居の問題や、二人の国王が一緒になる事で起こる政治的な問題もあるだろう。しかしカルラの言葉には、不安を感じさせる色がない。どうやら解決策は用意されているようだ。
「でもやっぱり、喜ばしいことなの。とあるドジで鈍感な子が言ってたの。愛に世界の壁はないと。世界の壁すら薄いのなら、国の壁なんて無いに等しいの」
カルラがリツカを見て微笑む。
「この場に来る事が出来なかった皇女に代わり、カルラ・デ=ルカグヤから、コルメンス、エルヴィエール両陛下へ、最上級のお祝いを、なの」
カルメが一礼し、その場を後にする。カルラの背に歓声が降り注ぐ。リツカもまた拍手をしている。
拍手が収まったのを確認し、次へと移る。
「続きまして、親族代表。レティシア様」
レティシアが立ち上がる。どこか、乗り気ではないように見える。
「私が一番ニ、お姉ちゃんの結婚を祝うべきなのでしょウ。ですがどうしてモ、祝いきれないんですよネ」
レティシアの言葉は、愚痴からだった。
「私は幼い頃からお姉ちゃんに育てられましたかラ、超お姉ちゃんっ子でス。陛下――これからはお兄ちゃんなんですけド、取られたって感じがして祝いきれませン」
旅を始める前だったなら、レティシアはこんな事は言わなかっただろう。姉と呼び慕っているが、自分は義理という意思が邪魔をしていたから。きっと不本意ながらも、無難な祝いの言葉を述べたはずだ。
でもレティシアは旅の中で、血の繋がりの重要性を考え直す機会に恵まれた。血の繋がりは唯一無二だ。絶対不変の繋がり。だけど、人の繋がりはそれだけではない。
レティシアとエルヴィエールは、本当の姉妹だ。
「まァ、私はずっと二人の仲を見て来たわけでス。初めてお兄ちゃんを見たのハ、二歳の頃でス。皆さんの何人かも覚えているでしょうけド、お兄ちゃんが国王に成り立ててで困っていた頃でス。頼りなく映ったものでス。こんな人の何処が良いのかト」
国民達も懐かしんでいるのか、笑い声が少しだけ聞こえる。どんなに頼りなくとも、コルメンスが見せた輝きは国民達を照らした。だからこそ、その拙ささえも、笑顔を生むのだろう。
「でモ、結局は認めちゃったんでス。認めたかラ、寂しさを覚えているのでしょウ。私は二人の結婚を祝う準備が出来ているのでしょウ。これからはお姉ちゃんを独占出来ないのは本当に寂しいですけド」
寂しいというレティシアの声は、少し掠れている。カルラがいつの間にか壇上に戻っている。そしてレティシアの背を擦り、頷くのだった。
「お姉ちゃん。結婚おめでとうございます」
レティシアがぺこりと、エルヴィエールに頭を下げる。レティシアの成長を一番喜んでいるのはエルヴィエールだ。共和国内に居た頃よりもずっと、自由で伸び伸びとしている。だから、親元を離れたような寂しさをエルヴィエールも感じていた。
だけどレティシアもまだ十二歳。エルヴィエールが思っているよりもずっと、甘え足り無かったのかもしれない。
「お兄ちゃんには警告を一つ。お姉ちゃんが少しでも寂しいって感じてたラ、私がお姉ちゃんを持って行きますからネ」
コルメンスが苦笑いを浮かべる。レティシアはきっとその通りにするだろう。
「離れていてモ、私はお姉ちゃんの妹でス」
「ええ。貴女は私の、自慢の妹よ。コルメンス様が意地悪してきたら助けにきてね?」
「任せて下さイ」
「それだと、シーアが来れないよ?」
「少しはやんちゃして下さいヨ」
「祝辞で不祥事を唆しちゃ駄目なの」
カルラに促されて、レティシアは頭を下げる。まるで姉妹のようだが、エルヴィエールには別物に見えている。
「カルラさん。シーアをよろしくね?」
「なの」
拍手をその背に受けながら戻って来たレティシアとカルラ。エルヴィエールは小さい声で、カルラにお願いをする。
レティシアはそのお願いの意味が分かったが、わざとらしく首を傾げた。まだまだ、恥ずかしさが抜けないようだ。
祝辞を終え、再びエルケが指輪を持ってくる。ライゼルトとアンネリスの時と同様に、アルレスィアが祝詞を唱える。
「汝、コルメンス・カウル・キャスヴァルは、エルヴィエール・フラン・ペルティエを永久に愛すると誓いますか」
「誓います」
「汝、エルヴィエール・フラン・ペルティエは、コルメンス・カウル・キャスヴァルと共に永久に生きると誓いますか」
「誓います」
「我等が神、アルツィアさまの名の下、二人は夫婦となります。いついかなる時も、共に支え合い、共に笑い、共に歩む事を誓いますか」
「はい」
「はい」
「では、永久の象徴たる指輪の交換を」
二つの国が今交わる。各国要人は、政治的な意味合いで祝う。だが、二人の間にそういった打算はない。純粋に愛し合い、今という幸せを掴んだ。
「二人の愛の証をもって、二人が結ばれたという調べをここに」
二人はキスをし、王都に居る者達は歓声を上げるのだった。
結婚式は終わりを告げ、コルメンスとエルヴィエールもお色直しをした。この後、先程結ばれた二組が王都を練り歩く。そして最後は晩餐会を開く予定だ。政治的な話はそこで行う。各国要人達は、それを目的にやって来た部分が大きい。
巫女の政治利用は、あの凱旋が最後とカルメリタ達は決めている。丁度、晩餐会には参加しない方が良いとコルメンス達は考えていた。
だから二人が”森”に一旦帰りたいと申し出た時、全員が頷いたのだった。
「これからも、定期的に出てこれるんですか?」
「リッカの刀があれば、可能という事でした。ですけれど、余り多用するべきではないと思います」
(回数制限とかはないだろうけど、もしもの時に出られないってなると困るし、ね)
”森”から自由に出入り出来るとなれば、リツカとアルレスィアが皆と結んだ約束の殆どが達成出来る。だけど二人が”森”を離れる事は、余り無いだろう。”巫女”で在る事に誇りを持っている二人が、役目を放棄するような行為はしない。
お祝い事や神誕祭には出席するだろうけど、それ以外の時は節度を守るだろう。
「明日の二次会には参加するつもりなので、今日は二人で過ごさせて貰おうかと」
「節度は守るのよ?」
「……」
「アリス?」
「……」
アルレスィアがリツカをお姫様抱っこし、その場を離れる。リツカとの触れ合いを止められる者はもう居ない。無論アルレスィアは、止められても止まる気等無い。リツカがこちらに戻ってきて、アルレスィアとの一生を選んだのだから。
もうアルレスィアは、我慢出来ないのだ。
「それでは皆さん。また明日、お会いしましょう」
皆、もう何も言わずに二人を見送っている。ただ一つ気懸りなのは――リツカはこれから何が起こるか、分かっていない事か。