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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
終幕、私の生きる世界なのです
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抱擁③



 リツカが着替えて出てきたが、その姿を知らない者達からは同じ感想が起こる。


(さっきと、変わらないような。むしろ……)

「スカート、穿いてないんですか……?」

「ん? いや、この下はホットパンツ……ズボンだよ?」


 昔ニットセーターをたくし上げてアルレスィアに咎められた事がある。だからリツカは少しだけ持ち上げる程度に、穿いている事を証明しようとした。だけどその方がより扇情的だ。


「リッカ」

「リツカさん。言ったはずよ」

「え」


 エルタナスィアに手を掴まれ、アルレスィアがセーターを整えていく。動きやすさ重視のリツカは、足を出す事に抵抗はない。


「巫女の服はなかったんですか?」

「この際サイズ違いでも……」

「洗濯中です」

「私が乾かしてきますヨ」

「……」


 リタ達のような若い子達の服装は、リツカが来た時よりも露出が増えている。ファッションは移り変わるものだ。機能性から可愛さ重視へと。

 だけどリツカの姿は、今見ても過激だ。


(ああ、これは……巫女姉さんが見たいだけっぽいですね)

「アルレスィアが見たいだけなの」

「私としても眼福なので」

「カルメちゃん、写真撮った? 一枚欲しいな」

「私も……」


 リツカが来て嬉しいのだろう。話は進展しないまま、わいわいと盛り上がっている。だからリツカは、その服から着替える事なく休憩を終えた。


「またその服着とんのか」

「それしかなかったのですね……。良ければ用意しますが」

「タキシードにドレスですか。お色直しです? あ、私はこのままで良いです。アリスさんが……喜んでくれる人が多いみたいですから」

 

 アルレスィアの為になる事が出来る。それが唯一無二の喜びなのだろう。リツカの純粋で無邪気な笑顔の前に、皆何も言えなくなる。


 今のリツカが血塗れになる戦いをして来たというのに、根っからの献身体質であるリツカはその事を誇るでもなく、アルレスィアが喜ぶ事をしたいと心を躍らせていた。


「リツカお姉さんが帰って来た事で吹っ飛んでしまいましたけド、リチェッカはどうなったんでス?」

「んー。祝いの場だし、後にしよっか。ただ……ちゃんと、帰ったよ。アレスルンジゅのとこに」

「そうですカ。駄々っ子ですネ」

「生まれたばかりだから、ね」


 リツカは空を見上げる。


「今頃、アレスルンジゅに怒られてるよ。私が一番怒りたいのは神さまにだけど」


 二人が”森”に帰ってきたら、説教をされてしまいそうだ。だけど、甘んじて受けよう。私の不手際を片付けてくれたのだから。


「アルツィア様ですカ。私も文句がありまス。説明くらいあっても良かったでしょうニ」

「あー……まぁ、時間が無かったっていうのと、説明しても私が納得するはずがない、みたいな?」

「言ってる事は分かるんですけどネ。実際どうなんでス? お別れをちゃんと出来てたラ、リツカお姉さんはご家族とのお別れを選びませんでしたカ?」


 レティシアの言葉に、リツカは考え込む。


 リツカの病は何も、こちらに来なくても解決できた。お互いの道を生きるというアルレスィアとの約束を守るのなら、向こうの世界で固着させたはずだ。


 でもリツカはこちらに来る事を選んだ。それは本当に、お別れが出来なかった所為なのかと。


「神さまが何も言わなかったのは、出来るかどうか分からなかったからだよ。私の体が消えかけたのは、神さまにとっても予想外だったって」

「ふム。予想外続きデ、アルツィア様も焦っていたという事ですカ」

「そうだね。そんな中で私達の事を考えてやれたのが、あれって訳だね」


 リツカが肩を竦める。もっとやりようがあったのでは? と思っている。でも、あの状況で出来る事が他にあるのかなとも思えるのだろう。リツカからは特に文句は出てこない。


「神さまに言いたい事はまだまだあるけど、私はこっちを選んだよ。後悔や心残りはあるけどね。それでも、私はこっちでの人生を選んだんだ。アリスさんに告白出来てても、こっちを選べるなら……そうしてたと思う」


 向こうの世界は何不自由のない世界のはずだ。”巫女”ならば、お金の心配もない。なのにこちらを選んだのはきっと、アルレスィアが居るからだ。皆そう思っている。微笑ましいし、リツカらしいと思う。

 でもリツカから出たのは、予想外の言葉だった。


「私、皆の事好きだから」

「皆?」

「そ。皆」


 リツカはそれだけ言うと、舞台に目を移す。そろそろコルメンス達が出てくるのだろう。

 だけどレティシア達は、それどころではなかった。


 簡単な決断ではなかったはずだ。両親から愛されていた事は分かるし、リツカも両親を愛していたのを知っている。永遠の別れを選択出来るだけの、アルレスィアへの愛も知っている。


 でも、簡単ではなかったはずなのだ。

 

「お母さん達の愛も私の愛も、異世界の壁なんて関係ないよ。私はお母さんを想ってる。この命果てるまで、私はお母さんの子供、立花。だから、別れじゃないの」

「リツカさん……」

「私が言っても、説得力ないですね。アリスさんの傍に居たくてここに居るんですから。ただ私は、一生をこっちで過ごしたいって思ったんです」


 愛に世界の壁は関係ないというが、リツカはここに居る。


 でも、リツカの笑顔に翳りはない。リツカの幸せを願い送り出した両親達と、こちらでの幸せを確信しているリツカ。こんな愛を見せられて、レティシア達が嬉しくないはずがない。


「巫女姉さんには悪いですけド、抱き締めたいですネ」

「もうエリスが抱き締めてるの」

「天使様すっごいこっちを見てます」

「でも……私も……」

「皆さん、”神林”でリツカ姉様と触れ合ったと聞いてますので。ここはわらわに譲るべきなので。エリスさん変わって欲しいので」


 アルレスィアに睨まれながらも、リツカを抱き締めていく。色々質問したが、結局はリツカがこっちに来てくれて嬉しいのだ。


「ああ……! ズルいです……!」

「アルレスィア様、その……そろそろ入場の合図の方を……」


 フランカがアルレスィアにお願いしている。


「この際リッカも進行役にお呼びしましょう。何も問題ないはずです」

「いえ……もう打ち合わせを行う時間がありません……」


 歯噛みしながら、アルレスィアは進行をするしかなくなる。すでにコルメンス達を待ち望む人たちのコールが始まっているのだから。


「こほんっ……。それでは、新郎新婦、入場です」


 入場が始まると、流石にカルメ達も抱きつくのを止めたようだ。


 結婚式は恙無く進んでいく。だけど、本来は主賓挨拶でカルメリタが呼ばれていたのだが、皇国のごたごたで遅れているようだ。継承権一位が動き出し、その処理に手間取っているらしい。


 つまり、主賓が居ない。


「……まさか、コルメンスさん、エルさん……」

「私達も、リツカさんから欲しくて」

「皆も、リツカさんの帰還が嬉しいみたいだし、ここは一つお願いしても良いかな」


 お祝いの場、その主役たっての希望という事もあり、アルレスィアはため息を吐きながら首を縦に振る。


「……お二人のお願いならば、致し方ありません。主賓挨拶、カルメリタ様に代わりまして、リッカさま」

「エルさん綺麗だなぁ。アリスさんが着たらどう…………また?」

「私は親族代表なのデ」

「わらわは来賓代表なの」

「私も来賓側じゃないのかな……」


 二度目の大役に、リツカは尻込みしながら立ち上がる。今度は主賓側。ライゼルトの時のようにはいかない。



「コルメンス陛下とは、この国に来た時に。エルヴぃエール陛下とは、神誕祭の時にお会いしました。”伝言”口でなら、神誕祭前から話す機会があったのですけど」


 再度の登壇に、民衆から拍手が上がる。どんな理由であれ、リツカが戻ってきてくれたのは嬉しい。一言でも多く、リツカの言葉を聞きたいのだ。


「実は私、今日までお二人の仲を知りませんでした。公私混同せず、国の為に我慢していたのかと思うと、驚きが隠せません」

「バレバレでしたけどネ」

「見た瞬間分かったの」

「アルレスィアさんとリツカさんみたいだったけど……」


 リツカがじわりと身内席に向く。どうやらリツカ以外にはバレバレだったらしい。むしろ何でリツカには分からなかったのかと、国民達からも疑問が起こっている。


「……えー、と。先日私達が魔王討伐から帰って来た訳ですけれど、どうやらそれを待っての結婚だったそうです。いつ帰ってくるか……いえ、帰ってこれるか分からない旅だったのに、信じて待っていてくれたのです。世界の平和を誰よりも願っている二人が結ばれた今日という日に立ち会える事、挨拶をさせていただける事、嬉しく思います!」


 真面目にやるつもりだったのだが、梯子を外されてしまったリツカは、目を回しながら捲くし立てる。


 先程の鈍感さを帳消しにするような可愛らしさでスピーチを終え、勢い良くお辞儀をした後リツカは、一目散にアルレスィアの元へと駈けて行った。


「ごめんなさい、リツカさん。シーアが……」

「い……いえ。私が鈍感すぎました……」


 幸せそうに、恍惚の表情を浮かべているアルレスィアにしがみ付いて、リツカは羞恥に悶えている。


 リツカを一頻り愛でて、アルレスィアは進行へと戻る。結婚式の後二人だけで一旦”森”に帰るという約束を交わし、リツカは身内席に戻っていった。


(もっと格好良く、来るはずだったのにぃ……)


 いつもの様に格好良く出来なかった事に落ち込みながら、リツカはレティシア達に弄られるのだった。



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