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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
終幕、私の生きる世界なのです
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抱擁


 

 結婚式を始める前に、先程の戦闘についてのお詫びをする。幸い来場者に怪我人は出なかったが、恐怖を与えてしまったのは言うまでもない。


 今回の騒動は計画的な物だった。自然発生したのは荷馬車の馬だけで、それ以外はリチェッカが用意した特別製。王都の防衛網でなければ被害はもっと大きかった。


 不満はあるが怪我すらしていないのだから特に言う事はない、というのが、来場者達の総意だった。防衛班や冒険者の頑張りを見ていれば、軽々に文句を言える状況ではないというのもある。


 リツカの戦う姿を見る事が出来たからむしろ良かったと思っている者達も居るくらいだ。騒動自体の釈明にしっかりと時間を取ったお陰か、来場者からの不満は鎮火しつつある。


 予定より二時間程遅れて、結婚式が始まろうとしていた。


 リツカは身内席に招待されているが、椅子に座っていないのか、豪奢なテーブルクロスに体が隠れてしまっている。 


「正座しなくて良いんですヨ」

「結婚式止めちゃったから」

「止まってるのはマリスタザリアの所為ですので」

「いやぁ……リチぇッカは他人事じゃないっていうか、ね?」


 自分のクローンという事を除いても、リチェッカの行動は自分にとって他人事ではないのだ。だからリチェッカ分の反省をと、正座をしている。


「リツカさん、えっとね……。アルレスィアさんが凄くこっち見てて」

「リツカが見えないから進行どころじゃなくなってるの」


 リタとカルラから諭され、机からひょっこりとリツカが顔を覗かせる。


「っ……」


 アルレスィアとリツカの視線が交わると、アルレスィアが口を押さえて俯いてしまった。


 笑ったように見えるが、当然の如く悶えている。


「カーペットがあるからって、そんな短いスカートで正座なんてするものじゃないわ。座りなさい?」

「……はい」


 リツカがゆっくりと立ち上がる。短いスカートを見慣れていない子達は、リツカの太腿を凝視していた。


(あんな短いので、戦ってたのかな)

(校長が制服を決めるんでしょうか。そうだとしたら、変態ですので)

(こんな格好で町中を歩いてたら、そりゃ狙われますよね。リツカお姉さんの事だから無頓着だったんでしょうし)


 リツカの一挙手一投足で、アルレスィアの進行が止まる。結婚式の進行を止めたから正座していたというのも、あながち間違いではなくなってきた。


「まぁ、辛気臭い顔で進行されるよりは良いが」

「ライゼ様、無理にお願いしたのはこちらですから……」

「も、申し訳ございません」


 ライゼルトとアンネリスが苦笑いを浮かべている。実際リツカが来てくれて嬉しいのだが、自分達も楽しみにしていた結婚式だから、ちゃんとして欲しいという気持ちもある。


「来て早々リツカには無理させちまったからな。後でお前からしっかりと労ってやれ」

「当然そうします」

「公序良俗に反しない程度で」

「人前ではしませんよっ!」


 これで気持ちを切り替えろと、ライゼルトとアンネリスに茶化される。時間が押しているし、この後コルメンスとエルヴィエールの式典もある。晩餐会では各国の要人達と三国同盟の話や、もっと先の平和についての話もある。


 アルレスィアは咳払いをして、進行を再開させた。


(人前じゃなけりゃ……いや、考えるのは止めておくか。アイツに睨まれ――もう睨まれとる)

「ライゼさんがアリスさんに何か言った」

「こちらも何時ものリツカお姉さんで安心しますヨ。でも後にしましょうネ」

「うん。後で投げるね」


 背中に寒い物を感じながら、ライゼルトとアンネリスの結婚式が進んでいく。

 


「続きまして、主賓挨拶に移らせていただきます。新郎新婦主賓、コルメンス様」


 二人共通の主賓であるコルメンスが登壇する。拍手と声援に答えながら、コルメンスは話し始めた。


 二人の出会い、二人の交流、触れ合いを。ある少女達との出会いが刺激となり、急接近となった事。一番近くでアンネリスの恋を見届けたコルメンスだが、もどかしく感じていたそうだ。


 それに対して少し大きめの声でレティシアが、「人の事言えないんですけどネ」と言ってしまう。事情を知る国民達からクスクスと笑いが起きる。


「そんな二人が結婚出来た事が嬉しく、また……感慨深く思います」


 そう締めくくり、コルメンスの挨拶が終わった。大きな拍手は、感慨深さの表れだろう。ライゼルトに起こった出来事を考えれば、アンネリスが笑顔でこの場を設ける事が出来た事自体奇跡なのだから。


「続きまして、来賓挨拶となります。来賓代表――え?」


 ライゼルトが何かをアルレスィアに話している。ライゼルトの来賓代表はディルクだったのだが、先程の戦闘でのダメージが大きいらしく、療養中らしい。


「だからといって……」

「アイツはコルメンスの方だろ。せっかく来てくれとるんだから。な。お前も見てぇだろ」

「はぁ……」


 乗り気ではないが、見たいというのも事実と、アルレスィアは進行を再開させる。


「新郎来賓代表、リッカさま」

「結婚式って良いなぁ。七花さんの時は見れなか…………んん?」

「ほらリツカお姉さン。行ってくださイ」

「これを羽織って行きなさい。タオルだけじゃ心許ないわ」


 エルタナスィアからストールを渡され、リツカが全員に背を押されながら登壇する。


「え? ちょっと……」

「ごめんなさい、リッカ。ディルクさんが怪我をして、来賓代表が居ないのです」


 ディルクは北門でリチェッカの攻撃から来場者を守っていた。当然無茶をしているから、ディルクが怪我をしているのは知っている。でも、だからといって自分なのかとリツカはおろおろと困惑している。


「何を言えば良いのか分からないよ……?」

「適当で良いぞ。お前に任せる」

「……言いましたね」


 面白がっているライゼルトに、リツカの目が据わっていく。


「いくらなんでもぐだぐだすぎじゃないかな……」

「ライゼさん自体、ちゃらんぽらんですから」

「さっきまで落ち込みすぎて上の空だったんに……良ぅ言う」


 もはや演説は慣れたものだが、演説と祝辞は別だ。何を言えば良いのか、ぐるぐると目が回っている。


「えっと…………」

「リツカ様、何でこっちに居るんだ……? 帰ったんじゃ……」

「私達のピンチに駆けつけてくれたのよ!」


 リツカが居る事を不思議に思っているが、国民達なりの解釈で納得しているようだ。


「ライゼさんと知り合ったのは、朝の運動をしている時、でした。いきなり話しかけられて、警戒してしまったのを良く覚えています」


 リツカは世界の人気者だ。ファンクラブという訳ではないが、会話出来るならしたいという人で溢れている。視線がライゼルトへと突き刺さっていく。


「私に変な渾名をつけたり、事ある毎に話しかけられて、警戒を強めてしまったのです」

(俺、後で襲われるんじゃねぇか?)

「自業自得です」


 祝辞というよりは愚痴っぽいが、リツカはこれでも理を持って話している。


「でもそれらは全部、私に対する優しさでした」


 何も本気で嫌っている訳ではない。むしろ尊敬しかしていない。


「私に話しかけたのだって、回りに私という人間を知って貰うための措置でした。ただでさえ遠巻きに見られていた私が、どういった人間かなんて……誰にも分からないからです。だから、渾名をつけてみたり、皆の前で話してみたりは、この世界で私が浮いてしまわないようにという、優しさからです」


 ちゃんと理解している。この世界の為に剣を取ったリツカという少女に敬意を示したライゼルトは、せめてリツカの安息の地であって欲しいと、王国の空気を換えようとしていた。


「まともに会話した事もない、異世界から来た私を心配する優しさが、ライゼさんにはあります。そしてその優しさは、皆さんにも向いています。選任冒険者であるライゼさんは、この世界の為に命を賭ける仕事をしているのです」


 不審者と思った事は本当だが、ライゼルトが居なければ、もっと苦労していただろう。


「私の師匠でもあります。まだまだ精神的に幼かった私が、皆さんの前にこうやって立てているのも、ライゼさんの教えがあったからです。皆さんすらも知らない所で、ライゼさんはこの国の為にずっと戦っていました」


 照れ臭くなってきたのか、ライゼルトが居心地悪そうにソワソワし始めた。


「でもこれからは、ご自愛いただきたいと思います。一番大切な人が誰なのか、言うまでもないと思うので」


 選任としての責任感もあるだろうが、もう戦いからは引いて欲しい。そう切に願ってしまう。


(祝辞ってこんなので良いのかな)

(それで良いと思います。ライゼさん、ちょっと涙ぐんでますから)


 もっとお笑いでも良かったんだぞ、とライゼルトは呟くが、声を張れないで居る。初めて見た時は危なっかしい小娘だったが、こんなにも頼りになるとは思わなかったのだろう。


 まるで、娘の成長を喜ぶ父の様に、ライゼルトの方が感慨深い気持ちで一杯になってしまったようだ。


 アンネリスの来賓代表はロミルダだ。学生時代や国王補佐になってからの話などをする。内緒と言われていた、ライゼルトとの仲を深めるにはどうしたら良いかといった質問内容まで暴露されてしまったりもした。元々結婚式用のネタとして取っていたのだから、仕方ない。


 結婚式は順調に進んでいる。先程の戦闘の恐怖も、和気藹々とした雰囲気に霧散していっている。

 これも全ては、リツカが神速で解決したお陰だろう。


 この晴れの日にリツカが共に祝ってくれる。それが一番の、祝辞なのかもしれない。



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