赤の巫女④
「アンネさん、何か……終わったみたいです……」
「……はい?」
「南門も東も北も、終わったと報告が……」
「アンネさん! 西門のジーモンが、突然降ってきた”光の剣”でマリスタザリアが死んだと!」
「光の……?」
アンネリスがアルレスィアを見る。しかしアルレスィアは口を手で押さえ震えたままで、魔法を使った形跡はない。
「まさか」
レティシアの呟きは、北から広がってくる大歓声によって掻き消された。
「間に合った!?」
返り血やら自分の血やらで塗れ、制服も所々破れてぼろぼろのリツカが、王宮前に出来た舞台の傍に、クラウと共にやってきた。ここは身内しか入れない場所だが、リツカならばと護衛が通したのだろう。
「リツカ!?」
「どうして……それよりも、大変艶かしいお姿なので。セルブロ、タオルを」
一番近くに居たカルラとカルメが驚きの声を上げる。リツカの姿が余りにも際どかったため、カルメの機転によりタオルを羽織る事が出来た。ただでさえ短いスカートが破れ、スリットになっていたのだ。
「あ、久しぶり。私こっちに住む事にしたから」
「軽すぎるの」
「嬉しいですが、ちゃんと説明して欲しいので」
「説明はするけど、ごめんね。ちょっと先に」
リツカはキョロキョロと見渡す。ウェディングドレスのアンネリスとフロックコートのライゼルトを見つける。二人共普段の姿とはかけ離れていて、リツカは目を輝かせながら「良いなぁ」と呟いてしまう。でも、それがしたい訳ではない。
次に見えたのは、普段では絶対にしない、大口を開け目を見開いたまま固まったレティシアと、同じく唖然としているウィンツェッツだ。一応サプライズ登場なので、リツカとしても誇らしいといった気持ちになる。でもそれでもないのだ。
「あ――」
手前から順番に見て行ったリツカが最後に見たのは、巫女の服ではなく、見覚えのない服を着たアルレスィアだった。
「アリス、さん」
「リッカ……?」
色々な声が上がっているが、二人の耳には、二人の声だけしか聞こえない。こんなにも大勢居るのに、世界に二人だけになったような甘い空気が流れ始めた時、王宮の方から四人やってきた。
「一体どうした、んだい……?」
「リツカさん!?」
エルタナスィアまでも素っ頓狂な声を上げ、ゲルハルトも身を乗り出す。だけどリツカの目は、コルメンスだけを見ていた。やはり、コルメンスもフロックコートだ。ライゼルトの物よりも豪奢なそれは、王室用なのかもしれない。どちらにしろコルメンスが今日、結婚するのは間違いない。
「…………」
リツカは何も考えずに、カツカツとコルメンスに向かって歩いていく。アルレスィアと熱い抱擁でもするのかと思っていた周りの友人知人たちは首を傾げてしまう。
そんな中、アルレスィアとレティシアだけは事情を察したようだ。
「リ、リッカ! 待って下さ」
「巫女姉さん待って下さイ。ここからが面白……様子を見るのが良いかト」
「シーアさんっ!!」
やはりレティシアとアルツィアは気が合うと思う。アルレスィアの前に躍り出て、リツカの様子見を提案している。
レティシアを突破する頃には、リツカはコルメンスの前まで辿り着いていた。
「リツカさん? 何でここに……。いえ、それよりも、何故僕の所に……?」
「アリスなら向こうよ。リツカさ――」
「アリスさんは……」
何も考えていなかったので、リツカは言葉に詰まってしまう。でもアルレスィアと再び視線を交わしたリツカはもう、止まる事が出来なかった。
「アリスさんは、渡しませんから!」
「……えっ」
「ク、クふふふ……ふふ……」
「ああ……もう……」
何故コルメンスに宣言したのか。そもそも何故そうなったのか。一体リツカはどんな想いでそうするに至ったのか。アルレスィアとレティシア以外には理解が出来ずに唖然とさせてしまっている。
「どうしたんですか? コルメンス様……って、リツカさん? どうしたの、ボロボロよ……? アルレスィアさん早く治療を――」
三人の後からゆっくりとエルヴィエールがやってきた。今日の服装ゆえに、歩くのが遅れたようだ。
「……あれっ?」
リツカはエルヴィエールを見ている。アンネリスと同じように、ウェディングドレスに身を纏っている。リツカはコルメンスとエルヴィエールを交互に見る。
「………………あ。急遽決まった結婚って、二人なんです?」
「随分と前に決まって……」
「お二人が世界を救ってから、上げようと、コルメンス様と話していたのですけれど……」
「……そうなんです?」
リツカが可愛らしく首を傾げる。まるでリツカも知っていたでしょう? という口調の二人は、理解が追いついていない。
「思い返してみたんですけどネ。リツカお姉さン、二人の結婚を知りませんヨ」
「お二人の結婚を話す時リッカは倒れていたり眠っていたり、そもそもそういった事に鈍感なので……」
アルレスィアとレティシアがリツカに近づき、背中を撫でる。アルレスィアの”治癒”により怪我が治っていくが、リツカの頬は赤いままだ。
「何だ。コルメンスとアルレスィアが結婚すると思っちまったんか」
「嘘だろお前。コイツがお前以外に靡くとか思ってんのかよ」
「……」
リツカが顔を真っ赤にして、丸まってしまう。羞恥で今にも消え去ってしまいたいと、その背中が物語っていた。
ウィンツェッツですら「ありえない」と言う出来事を、リツカだけが不安に思っていた事もそうだが、勘違いでコルメンスに敵意を向けてしまった事が恥ずかしかった。
「最初から飛ばしてるの。リツカ」
「可愛らしすぎなので。セルブロ、撮って撮って」
「良いのでしょうか」
「アルレスィアにも渡せば許可貰えるの」
「私も写真欲しいなぁ」
カルラとカルメ、クラウがリツカの可愛さに悶えながら写真に残そうと急いでいる。
「リツカさんが来てるってクランナちゃんが――何で丸まってるの?」
「実は……リツカさん……」
「耳まで真っ赤です」
「相変わらず、騒ぎの中心だねぇ。ま、それが良いんだけどさ」
実は一部始終を見ていたラヘルが、リタやロミルダ、クランナに話している。
「リツカさままっかっか」
「こ、こらエカルト……」
自分より小さく丸まったリツカのポニーテールを、エカルトが嬉しそうにぺちぺちと叩いている。エルケはそれを止めようとするが、リツカが可愛くてそれどころではなかった。
「リッカ」
「アリスさん、ごめん……」
「不安、だったのでしょう?」
「……うん」
リツカはアルレスィアに想いを告げられていない。どうしても不安が、肥大化していってしまったのだ。それが今回の暴走に繋がっている。
「どうして、とは聞きません。こちらに住むのです、よね?」
「うん……」
どうして来たのか、などという、答えの解りきった質問はしない。
「これからずっと、一緒なのですよね」
「うん。アリスさんが、良いなら」
「私だって、向こうに行きたかったくらいです……。駄目な訳ありません……!」
上目遣いで、アルレスィアの顔を見る。久しぶりに見るリツカの可愛らしい所作は、アルレスィアを欲情させてしまうのだった。
「今度こそあの場所で、ちゃんと、しましょう?」
「やっと……出来る、ね」
アルレスィアが手を差し伸べる。リツカはそれを取り、立ち上がる。はらりとタオルが落ちそうになるが、アルレスィアはそれをしっかりと掴む。リツカの柔肌を、これ以上他人に見られたくないようだ。
「まァ、巫女さんも不安で押し潰されそうになってましたけどネ」
「ツバキ、っつったか。そいつに取られるとか呟いとったぞ」
「漸く何時ものアルレスィア姉様になったので」
「そ、それは……。仕方ない、でしょう。リッカの魅力は皆さんもご存知のはずです!」
リツカだけでなく、アルレスィアも不安だったのだ。椿や久由里、リツカファンクラブといった面々が常にリツカを狙っていたのだから。
何より、向こうのあの町はリツカの敵が多すぎる。十花が居るとはいえ、安心出来る日はなかったのだ。
「直にでも”森”に帰りたいでしょうけど、ちゃんと仕事してね。アリス」
「分かっています……」
「仕事?」
「本当はツルカさんが行う予定だったのですけど、ディモヌの事後処理で来られなくなってしまいまして、私が急遽司祭役をする事になりました」
不義理かもしれないが、二組に結婚祝いと祝辞を渡したらアルレスィアは”森”に帰る気で居た。だけど急遽司祭役が必要となり、アルレスィアがする事になったのだ。そのお願いを無碍に断る事など出来るはずもなく、アルレスィアの滞在期間は予定より長くなってしまったという訳だ。
「それで、滞在期間延びちゃったんだ」
「はい……リッカの不安を煽ったのは、私です」
「んーん。アリスさんも私の事心配してくれてたって分かって、嬉しい」
「当然です。私の、リッカ」
今にもキスしそうな程近い距離で語らう二人に、エルタナスィアは咳払いする。今から結婚しようとしている二組より余程仲の良い二人に、頭を抱えてしまっていた。
「リツカさんはこっちよ。アリスは定位置に行きなさい」
「はい……」
「……」
漸く逢えたのに、また離れ離れ。まるで織姫と彦星の如く、二人は手を離すのを躊躇している。
「さ。こっちですヨ。リツカお姉さン」
「向こうの話聞きたいの」
「私も!」
「この服は向こうの物なのですか?」
「可愛い服ー。でもスカート短いかも」
あんな別れ方をしてしまったのは、皆も同じだ。リツカが来た事を喜んでいる。
こちらに永住という事は別れがあったのだと理解はしている。だけどそれはそれ、だ。今はただ、喜びを分かち合う。
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