赤の巫女③
「急いで報告を」
「アンネさんは主役……」
「構いません。私は国王補佐です。急ぎ報告を」
「は、はい。西門に一体、北門に一体。北にはディルクが、西にはジーモンとフランカが向かっています――い、今報告が……東に二体、南に五……え? 何だって? 東に増えた? 減った? ちゃんと言え!」
「どうしたんですか。正確な情報を早く」
今日は要人も集まっている。それだけでなくとも、人が集まる事を知っておきながらマリスタザリア対策を怠ったとなれば、それだけで国民達に申し訳が立たない。平和の祭典が終わった後すぐに悲劇が起こっては、意味がない。
「…………」
「巫女姉さン。どうなんでス」
「…………」
アルレスィアは先程から、何も言葉を発することが出来ずに困惑し続けていた。その様子は余りにも異常で、レティシアを不安にさせる。
「おい。巫女」
「待て、ツェッツ。様子がおかしい」
「…………南と東は大丈夫、です。東に医療班を早く……お願いします。西も、ジーモンさんとフランカさんで問題はないかと……。影からの強襲に気をつけるように、とだけ」
「大丈夫って……お前、南に五体だろ」
アルレスィアの状況報告で、場は更に混乱を極める。先程の報告と一切合わない。アルレスィアの状況報告が一番正しいと思いながらも、異常を見せているアルレスィアでは、ウィンツェッツの疑念は晴れない。
それでなくても、この王都に来てからのアルレスィアの、生気の抜けた様な姿を知っているのだ。本来ならすぐにでも”森”に帰すべきと思っているくらいなのだから。
「北は……あの子が……」
(そう、ですね……あの子の気配と勘違いして……。あの方が来れるはずが、ないのですから……」
「アイツは魔王の奴に……どういうこった」
「純粋すぎるあの子の、怒りだけがそこにあるような感じです。恐らく、怒りだけが切り離されて、マリスタザリアとなって現出したのではないかと」
北門が一番の難所という事で、アルレスィアも動こうとする。だが、ウィンツェッツとレティシアがそれを止めた。
「私達だけで大丈夫でス」
「本人じゃねぇんなら、俺等でも問題ねぇだろ」
「しかし」
「主賓達は大人しくしていてくださイ。怪我をされては困りまス」
身内の晴れ舞台を台無しにされたからか、レティシアとウィンツェッツも怒っている。それに、二人が動けば国民も安心するだろう。
だけど……二人がその場を離れようとした時、膨大な魔力の奔流が、王都を包み込んだ。それは――赤色が強めに出た桃色だった。
東門から外側を回り北門を目指していたリツカが見たのは、ディルクが張った盾に手を添え、一生懸命魔力をこめている――オルデクの子供達だった。その中にはもちろん、クラウも居る。
「ガァ……!! あかの、みこ!!! だせェ!!!」
「天使様はもう、居ないって言ってるでしょ!!」
壊されては張っての繰り返しで、ディルク達も限界だった。黒い影のようなマリスタザリアが現れ、リツカを要求しながら攻撃を続けている。
「おい、ちびっ子……! お前等も門の中入れ!」
ディルク一人では持たなかっただろう。だけど、子供に手伝わせる訳にはいかないと、ディルクが男を見せる。既に避難は開始されているのだから、子供達も急いで隠れなければジリ貧だ。
「この人……リツカ様に会わせろって……! そんな事させないもん!」
自分達を助けてくれたリツカ達の為に、少しでも力になりたいと、子供達は一向に引かない。
「アルレスィア様、悲しんでる……。これ以上、悲しませたくない……!」
「……ッ!!」
影のマリスタザリアが、クラウ一人に狙いを絞った。クラウが見せた輝きが、リツカと重なったのだ。もはや影に、誰が誰と判別するだけの知能はない。リツカのような人間を片っ端から殺すつもりだ。
「ガァァァァ!!」
盾が完璧に砕け、クラウが無防備になってしまう。掌が、クラウの顔に近づいていく。その時になってもクラウの目は、希望を見ている。その影は――リチェッカの怒りは、その目が大嫌いだった。
殴るだけで絶命する小さい命に、リチェッカは”闇”を向ける。それはアレスルンジュが、リツカを消し飛ばした時に放ったものと同等の力を有している。
リツカは迷うより先に、行動した。
「光の炎、光の刀、白光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる! フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ヴァイス・ヴァイス! 赤を抱く白よ、私と共に――強き想いを胸に宿した英雄よ……顕現せよ!」
詠唱しながら影の前に飛び出したリツカは、影の掌を剣で斬りつける。ただの剣は簡単に砕けるが、一瞬止まった腕を掴み、投げた。
グルグルと錐揉み回転するリチェッカに向け、リツカは蹴りを繰り出す。しかし、リチェッカは寸での所で避け、距離を空けた。
その隙にリツカは、詠唱を完了させる。
「私の想いを受け、”私”を抱擁せよ! 【愛する者よ】!!」
赤の強い桃色の魔力が、王都を包み込む。そしてそれは羽根の形と成り、リツカの背に集まっていく。薄っすらと桃色な翼を見たクラウは、遅れてやって来た恐怖に涙を流す。だけどそれもすぐに収まる。何しろ自分を救ってくれたのは本物の――天使なのだから。
「羽根……」
本物の【愛する者よ】は、魔力色を見えない者達にも見える。本当に、天使に抱かれていると錯覚してしまう程に優しく柔らかな光が、クラウを撫でている。
「頑張ったね」
クラウをディルクに預け、他の子供達の頭を撫でる。そしてリツカは、リチェッカと対峙した。
「リツカ様、あんた……帰ったんじゃ……」
「ちょっとした我侭です」
何時もの調子で答えるリツカに、ディルクは肩の力を抜く。
「剣しがないですが」
「大丈夫。私の剣は、ここに在ります」
体の前で手をクロスさせると、翼から光が手に集まり形を成していく。【愛する者よ】は形を持たない。アルレスィアを守る為の剣はいつでも、リツカの傍に在る。
二振りの”光の剣”が生まれ、リツカはそれを手に取り振るう。
「あかの、みこォ…………よくも、あれす、を!!!」
「リチぇッカ……」
(多分、神さまが子供達に魂を返す時に、剥がれたんだね)
純粋ゆえに、自身にあった怒りに気付かなかったリチェッカ。その怒りは子供達の魂に紛れ、地上へと戻って来た。そしてそれは隠れ潜み、アルレスィアが再び”森”を出た今日を狙い噴出した。
「怒りも、あなたの物でしょう。逃げないで」
「……ッ!!」
「送ってあげる。あなたは私だから、私が終わらせないとね」
光の剣を手に、リツカはリチェッカに斬りかかる。リチェッカも闇の剣を作り出し、応戦し始めた。初撃のぶつかり合いで大気が揺れ、周りで固まっていた者達が更に体を強張らせ目を瞑る。その瞬間、リツカとリチェッカの剣戟は千を数えた。
瞬きほどの一瞬で、両者共に傷だらけとなる。アルレスィアとの【愛する者よ】ではないので、”治癒”はない。頬や太腿から血を流しながらリツカは、リチェッカと真正面から相手する。
「アレスルンジゅが待ってるよ」
「うるさ、い。わたしは、あれすに、いきていてほしかった……だけ!!!」
「生きてる。あなたが忘れない限り、アレスルンジゅはあなたの傍に居る」
リツカが再び突進する。リチェッカは再び切り結ぼうとするが、リツカもう見切っている。振り上げたリチェッカの腕を斬り落とす。
「シュヴァサグヒ――」
腕を斬りおとしたリツカは体を回転させる。その途中で、詠唱しようとしたリチェッカの喉に光の剣を突き立てる。更に回転を続けながらもう一本の光の剣でリチェッカの心臓に――突き刺した。
「な、で……ふくしゅ……すら……」
「復讐だから、私に届かないんだよ。リチぇッカ」
「……」
「想いが強さに直結する世界で、復讐なんていう……他者に縋った想いに、私の想いが負けるはずがない」
復讐をリツカは否定しない。だけど、想いの弱さを指摘する。
亡くなった者の為に仇を絶対に討つという想いは、確かに強いように思える。だけどその実、それは縋っている場合が主だ。亡くした者を受け入れることが出来ず、仇の先にその者を見る。仇討ちが主なのではなく、忘れない為に仇を追っているだけの場合が殆どだ。
「アレスルンジゅはあなたも愛してる。だから早く、安心させてあげないと」
「…………あれす」
溶ける様に、リチェッカは消えた。リツカは光の剣を西に向かって投げる。それで、リチェッカの復讐劇は、終わりを告げた。