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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
終幕、私の生きる世界なのです
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リツカの想い⑰

A,D, 2113/05/09



 リツカ起っての希望で、今日は普通に登校する事にしたようだ。まだ少し頬が熱を持っているが、どちらにしろ”森”に行く事になるからと、十花の送迎で許可した。


「何時頃になるのかしら」

「解りません。合図があると、聞いています」

「そう……」


 いきなり居なくなるのだけは嫌だという十花は、言葉に詰まってしまう。


「どんなに急いでいても……家には絶対に、寄ります」

「……ええ。ちゃんと、お見送りさせて」


 覚悟はまだ出来ていない。だけど、リツカは覚悟しているのを感じてしまった。


(子供の成長を感じて嬉しいって思えば良いのか、寂しいって思えば良いのか……)


 学校にだって本当は、行って欲しくない。最後の最後まで、家族で過ごしたいのだ。だけど、椿とも別れをさせたい。娘の鈍感ゆえに実らなかったが、二人が親友である事は疑いようのない事実なのだから。


「私達は家に居るわ」

「はい」


 リツカは荷物を家においているので、向こうに行く準備は終わらせている。だから”森”にそのまま行く事は可能だ。しかし十花達だけには言っているが、”森”に行けるのは”巫女”だけだ。リツカが居なかった時のように、気軽に行ける場所ではなくなった。だからお別れをする為に、わざと荷物を置いてきた。




 一体何処から伝わるのか、リツカが病に伏した事まで噂となっていた。向こうの世界でもそうだったが、リツカはただただ首を傾げている。自分が目立つのは髪の色と人より優れた程度の美貌くらいと思っているのだから仕方ない。


「立花。もう大丈夫なの?」

「うん。椿、ちょっと……ホームルームには間に合わなくなるかもだけど」

「……生徒会室行きましょ」


 リツカの小さい変化に気付ける人間は少ない。椿はリツカを嗾けた側だから、余計に気付く。


「いつ?」

「今日」

「そう…………んん!?」


 リツカの体調が悪いのは分かっている。その事に関連させ、リツカからの話となると、夢の中が関わってくるのは理解した。だけど今日とは思わなかった。


「どっちかの世界に固着……永住しないと、死んじゃうんだって」

「死ぬってあんた…………。はぁ……それで、向こうを選んだのね」

「うん。彼女……アリスさんを、忘れられないから」

「……」


 椿自身が提案した事だが、こうやって選ばれると悲しくなってしまう。だけどもう覆らないから、お別れに来たのだと悟った。


「十花さん達は、納得したの?」

「んー……許しては、くれた」

「ま……納得は出来ないよね……。死ぬから選べって、脅迫じゃん……」

「私が皆に認められたからって話だったし、仕方ないらしいよ?」

「立花人気なんだ」

「内緒だけど、これでも世界を救ってるからね」


 どんな世界であっても、リツカが人気者なのは想像出来る。世界を救ったというのが良く分からない椿だが、リツカが向こうの世界でも居場所があるのは良く分かった。


「永住って事は、もうこっちには帰れないのよね」

「うん」

「……手紙は?」

「何とか、出せるようにするよ」


 突然すぎる別れに、椿はため息を吐く事しか出来ない。リツカが嬉しそうなら良いとは思っているが。


「神様、だっけ。私は好きになれないわ。立花を振り回して、酷い目に合わせるんだから」

「説明不足だったりするけど、悪い人ではないんだよ?」

「やる事身勝手すぎない?」

「私なら理解出来るっていう前提だから、ね」

「それでも身勝手は身勝手。立花が怒らないからよ」

「昨日、殴っちゃった」

「あんた……それは流石に」

「ええ……? 椿の嫌いって発言も酷いと思う」


 椿とは一旦別れ、リツカは自分の教室に向かう。ホームルームを終えると担任に声をかけ、職員室へと入った。そして休学を伝えるたのだった。


「休学届けは通りましたがぁ、どういった理由なのかお話出来ますかぁ?」

「休学とは言いましたけど、多分辞める事になります」

「理由は言えないのですかぁ……?」

「少し遠い所に行くんです」


 一月程休学し、その後自主退学とする。これが十花から提示された条件だった。一応、こっちに帰る道も用意している、という事らしい。


 担任教師は理由を求めるが、言っても信じてもらえない事だから、リツカは一応の理由を用意している。だけどそれで納得はしてもらえないだろう。


「行方不明と関係があるんですかぁ?」

「はい」


 肯定するが、理由は話さない。夢の中とはぐらかしていたが、異世界について言い触らすべきではないだろう。

 

「お別れ会とかする余裕はありますかぁ?」

「ありません。今日、発つので」

「そうですかぁ……。ご友人達くらいには、伝えてあげて下さいねぇ」

「はい。今まで、お世話になりました」


 一礼し、リツカがその場を後にする。久由里にだけは伝えるべきかと、リツカは久由里の教室を目指している。


「立花、何処に行ってるの?」

「久由里さんの所。一応言っておこうかなって」

「ふーん。じゃあ私も行こっかな」


 最後なんだからと、少しくらい長く一緒に居ても罰は当たらないだろうと、椿はリツカと共に久由里の教室へ向かう。

 

 久由里の教室に入るやいなや、黄色い歓声が上がる。リツカがやってくるとは夢にも思っていなかったのだろう。中には倒れそうになっている子もいる程だ。アイドルや芸能人を生で見るような感覚に近いのかもしれない。


「久由里、立花が話があるって」

「え!?」


 リツカがこの教室に椿と来る理由なんて、自分以外にないと思ってはいた。椿の付き添いと思ったが、リツカ側の用事とは思わなかったようだ。


「今日で学校を休むから、一応ね」

「休む、んですか? お帰りはいつ頃でしょう」

「んとね。多分そのまま辞めちゃう」

「……え?」

「どうしても、何をしても逢いたい人が凄く遠くに居て、帰って来れないから、ね」


 リツカの理由はしどろもどろだったが、それが本当なのは伝わった。逢いたい人というのも、リツカにとって掛替えの無い人だという事も。


「そんな……やっと……」

「ごめんね。生徒会の仕事放っちゃって」

「そうよね。新歓どうしたら良いのかしら」

「今はそんな事良いんですよ会長! 会長は、良いんですか!」

「良くないけど」


 椿と久由里は相変わらず仲が良いなぁとか思いながら、リツカは眺めている。そうこうしているうちに、リンゴーンと鐘が鳴った。始業を告げるチャイムと思ったリツカは、二人を止める。

 

「チャイム鳴ったから、また後でね」

「え?」

「まだ鳴ってないわよ」

「ん?」


 再び鐘が鳴る。その鐘の音に重なって、本当のチャイムが鳴った。リツカはハッとし、窓から”森”の方を見る。薄っすらと光り、自分を呼んでいるのが分かった。


「立花?」

「もう、行くね」


 リツカは窓の外を見たまま、別れを告げる。逆光だからなのか、リツカが儚げに透けて見えた。そして、光がまるで――翼のように煌いていたのだった。


「……約束、守りなさいよ」

「うん。手紙も、写真も、送るよ」

「先輩……」


 椿と久由里の声が涙ぐんでいる。


「またいつか、運命の悪戯があったなら」


 リツカが窓に足をかけた。


「逢えるよ。世界は優しさで、満ちてるから」


 窓から勢い良く飛び出したリツカに、悲鳴が上がる。


「先輩、ここ三階――」


 久由里が窓から身を乗り出す。リツカはまだ落下を続けていたけれど、着地寸前に不自然な減速が起こり、ふわりとリツカは着地した。


 窓から飛び降りたリツカが、足を痺れさせた様子もなく華麗に走り出す。その速度はオリンピック選手も真っ青になりそうな程早く、一瞬で見えなくなってしまった。


「……私達からすれば、立花が夢の子なのか、な」


 久由里の教室や、リツカが落ちるのを見た者達が窓の外を見ながら歓声を上げて、リツカのことを話している。


 その後ろで椿は、クスリと微笑みながら自分の教室に向け歩き出した。


 リツカとの出会いを思い出し、リツカと過ごした日々を捲っていく。キラキラと輝いているページ達は、椿の涙で濡れていっている。


 出会いから別れまで、リツカには驚かされっぱなしだ。儚げな少女はいつも何処かに消えてしまいそうだった。少しでも目を瞑れば居なくなってしまいそうで、夢のようだったかもしれない。


 椿の夢は覚めてしまう。だけど現実は辛いものではない。小和とのデートは楽しみだし、もっと進展させたいと思っている。久由里との腐れ縁は何だかんだで切れそうにない。学校を卒業してからも、久由里の相談に乗る事も多いだろう。

 

「久由里ー。新歓のスピーチ、あんたがやってね」

「はぁ……六花先輩、やっぱり格好良い…………。会長、何か言いました?」

「ここに置いておくわよ」

「え? 何がですか?」


 椿もまた、自分の道を歩みだす。もうリツカと交わることのない道だけど、不思議と寂しさはなかった。


 きっとリツカが、笑顔で去って行ったかもしれない。


(私やっぱり、立花の笑顔が好きなんだなぁ)


 初めて見た時からずっと笑顔に恋していた少女は、その笑顔を胸に、前を見据えた。



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