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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
終幕 A,D, 2113/05/07
917/934

リツカの想い⑬

A,D, 2113/05/07



 リツカが少しウキウキとし始めた事で、十花と壱花は気が気ではなかった。


「立花」

「はい」

「嬉しそうね」

「遣り甲斐が生まれましたから」

「……」


 リツカの遣り甲斐とは一つしかない。再び夢の中に行こうとしているのだろう。十花は悟る。リツカがまた、遠くに行こうとしていると。


「学校、休みなさい」

「え?」

「道場に来なさい。門下生達も心配してたわよ」

 

 十花の意図に気付き、リツカは有無を言えなくなった。


(昨日、戦っておいて良かったかも)


 そしてこう思うのだ。実戦の勘を少しでも取り戻せて良かった、と。




 六花の人間がお世話になる道場は、町外れにある。壱花の代から建ったこの道場で、十花も七花も、他の”巫女”も武術を修めた。


 その中で、壱花、十花、リツカは別格として名前を連ねている。


「師範代――と、立花ちゃん!?」

「帰ってたのかい?」


 門下生達が心配していたのは本当の話だ。武人の不安が年々増えていくくらい、この道場でリツカはアイドル的存在だ。


 この道場に来る事自体、数年ぶりだが。


「場所を借ります」

「は、はい。そりゃ構いませんが……」


 壁に掛けている薙刀を手に取り、十花は木刀をリツカの足元に投げた。まるで真剣の如く床に突き刺さった木刀を、リツカは手に取る。


「行かせないわよ。立花」

「何処にですか?」

「恍けないで。夢の中よ」


 突然始まった親子喧嘩に、門下生達はおろおろとし始める。明らかに、稽古という雰囲気ではない。もし本物の刃があれば、殺し合いになりそうなほどだ。


 道着の袂を結び、薙刀を振る。風切り音一つで、門下生の姿勢を正させた。


「師範代、本気だ……」


 本気の十花は、門下生も見た事がない。もちろんリツカの本気もだが、二人が本気になればどうなるか、それくらいは想像出来ている。


 百人組手。幻想の中だけの話のはずだが、この二人ならば出来るだろう。


「夢の中で戦っていたのよね。立花」

「……」

「黙っていても分かるわ。綺麗に治していても、貴女が傷ついた事、刀を握っていた事、分かる」


 十花はリツカの師匠だ。それは全てにおいて、適応される。リツカの体に触れた瞬間、所々違和感を感じた。手を握った際には、手の皮が少し厚くなっていた。


「きっと貴女の想い人なら、貴女を守れるんでしょうね。傷ついても治せるのでしょう」

「そうです」

「でも、そんな世界に貴女を行かせる事は出来ないわ」


 母親として当然だ。リツカが怪我をする世界に、行かせる事は出来ない。だけどリツカは、反論する。


「この世界と何が違うんですか」

「違うわ。こっちなら、貴女が傷つくなんてありえない」

「違わないですよ。銃で狙撃でもされようものなら、私は死にますよ」

「銃で、ね。そんな事にはならない」

「本音ですか? 昨日あの場所で、世界の要人に会いました。皆裏で何を考えているか、分かっているでしょう」


 ”巫女”に対して、どんな陰謀が渦巻いているか分かったものではない。考えたらきりがない程だ。そんな大きな渦に巻き込まれれば、個人では太刀打ち出来ない。

 

「貴女の居た世界と変わらないのなら、人も変わらないでしょう。銃以外の危ない物もあるみたいだし」

「それは問題ないんですよ。私にとっては、銃の方が()()んです」

「第六感、ね。それがあっても、向こうで死に掛けた。そうでしょ」


 十花とリツカの会話はもう、門下生にはついていけてない。背筋を伸ばし、じっとしている。


 リツカが銃による狙撃と言った。こちらの世界ならば、狙撃と言えば銃だ。わざわざ言わない。銃以外の物があるのは、十花にはすぐに分かった。


「私の考えは変わらないわ、立花。母として、貴女をそんな所に行かせられない。もしもその子と逢いたいなら、こちらに連れて来なさい。その方が、お互いの為でしょう」

「そんな事、出来ません」

「事情は」

「話せません」


 十花がため息を吐く。


「本当に、成長したわ。戦いを避けていた貴女が昨日、喧嘩をしたって聞いて驚いた」

「それで、私はまた鳥かごの中ですか」

「いいえ、貴女の自由は保障する。選択する自由をね」


 十花が道場の真ん中に行く。


「貴女は夢の中に行く準備をして、その時が来れば行くという選択肢を。私は貴女をこの世界からだけは出さないという選択肢を」

「……六花のルールに、則って?」

「ええ」


 リツカの肌がびりびりと圧を感じる。第六感が、本気を出せと言ってくる。


「貴女の本気、確かめさせてもらうわ。私を倒して、この世界の全てを置いて行く覚悟を」

「……」

「十花さん!! お義母さんから聞いたんですけ、ど……って何で二人共構えてるの!? ――――痛ッ」


 武人が飛び込み、戦いを止めようとする。しかしリツカが武人の襟を掴み尻餅をつかせる。


「勝ち取れば良いんですね」

「そうよ。私は絶対に負けるつもりはないわ」


 意志の強いほうが勝つ。六花家のルールは単純明快だ。相手を納得させるだけの意志を見せるしか勝ち筋はないのだ。

 

「貴女は負けず嫌い」

「それはお母さんも一緒」

「でも、そんな意地で私を折る事は出来ないわ」

「お母さんも――今日の私をただの負けず嫌いって思わないで」


 十花は、リツカの圧を受ける。


(修羅場……それも、本当に命を奪われかねない程の……)

「立花……」

「立花ちゃん…………お嬢まで、本気に……」


 空間が震えていると勘違いするくらい、強い闘気を発している。十花が()()を許してくれるかどうかの瀬戸際だ。


「お嬢の本気とか見た事ねぇ……」

「立花……何があったんだい……?」


 武人は、リツカに気圧される。同僚である軍人であっても、ここまでの圧は出せない。最近は戦争がなく、殺しの経験をした者など皆無だからだ。命の危機も、殆ど感じていない。”巫女”が機能してからは、災害も大きい物が起こっていないからだ。


 だから武人であっても、こんな生々しい殺気を出せない。


「先に言っておきます。お母さん」

「何かしら」

「私には勝てませんよ」

「……私が貴女を諦める訳ないでしょう。それに――余り嘗めてると、痛い目見るわよ」


 リツカのように、十花は活歩で近づく。リツカよりも洗練されているそれの所為で、先手を許してしまう。片手では受け切れない踏み込みと鋭さを持った、薙刀による一閃。


(やっぱり……魔法抜きじゃ、ライゼさんよりずっと強い……!!)


 上手く逸らし、リツカは下がる。


「……」


 十花がゆっくり、リツカを見ている。


「立花が、十花さんの一撃を……」


 今までずっと、初撃で勝負はついていた。なのにリツカは受け止め、反撃の兆しすらみせたのだ。門下生のざわめきが一際大きくなる。


「優しい、だったわね。どう優しいのかしら」

「お母さんとお祖母さん、お父さんの良い所を全部持ったような人です」

「成程。ただ甘いわけではないという事ね」


 今度はリツカが斬り込む。十花が避けるのではなく受ける。これもまた、長い稽古の中で初めてのことだった。


「どんな戦いをしたの」

「色々です。一戦一戦が死に物狂いで、成長するしか生き延びる事が出来なかった」

「……何を生真面目に返しているの? そこは説得の為に、嘘でも平和だったって言うべきじゃない?」

「その全てが、今の私です。嘘をつけるような、軽い物じゃないんです」


 今度はリツカが、十花を弾く。刀と薙刀。どちらも木刀だが火花が散っているように見える。


「強いわね。本気で」

(お母さんがこんなに喋るなんて……)

 

 リツカの戦い方は十花に教わったものだ。普段の十花ならこんなに喋らない。リツカが離れる事の恐怖心が、質問という形で現れているのだ。

 

「情けないわ。貴女と……一生会えなくなるかもって思ったら……」

「……」

「貴女は、振りきれるのかしら。この恐怖心を」

「…………」


 リツカが唇を噛み締める。ここで迷えば、十花には勝てない。勝てば、選ぶ権利が与えられるのだ。


「選択の自由を手に入れる為に……迷わない……!」


 リツカの覚悟に、十花は微笑む。そして薙刀を、リツカの喉に向け突き出した。リツカの隙を完全に突いた一撃だ。これが出来るから、十花は強い。


(生半可な覚悟じゃ、この一撃は避けられない……! この際、貴女を昏倒させてでも――止める!!)


 可愛い娘へ、必殺の一撃を繰り出す。洗練された、覚悟を篭めた一撃。最後の攻撃だ。リツカが少しでも迷っていれば、十花の勝ちで終わる。


(選択の自由がなくなれば……時が来た時に動けない……。ここでお母さんに納得して貰ってないと、私はお母さんを裏切る事になる……。私は、お母さん達を悲しませたくない……。だから、ここで私の想いは伝えきる……!! 考える時間をお互い少しでも多く、取れるように!!)


 リツカが居合いの構えを取る。そして――放った。


「……」

「……」


 余りの速さに、門下生達は息を止めて趨勢を見ていた。果たして落ちたのは――薙刀。リツカの居合いは十花の突きを斬りおとしたのだ。

 

「行って良いわ。立花。私を納得させる言い訳、考えておきなさいよ」

「はい」


 リツカは道場から出て行く。


 いつ来るかも分からないチャンスの為に、母へと刃を向けた。ぬか喜びに終わるかもしれない、淡い期待の為だけに。


 それは滑稽なのかもしれない。だけどリツカはそれの為に覚悟を見せた。滑稽な夢を、最後まで追い続ける覚悟を――。




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