リツカの想い⑩
A,D, 2113/05/05
二日連続の失態ゆえに、リツカは反省している。だから朝”森”に行く事はなかった。放課後は行くだろう。だけど十花に一言添えた。
「えっと、もしかたらまた」
「……待っててあげるから、ちゃんと帰って来なさい」
「ありがとう、お母さん」
また眠るかもしれない、と伝える。しかし十花は、帰ってくれば良いと言う。これは変わらない。家に帰って来てくれるなら、我侭くらいなんだって良いと。
「立花」
「はい」
「……何処にも、行かないわよね」
「……一生”巫女”ですよ」
リツカは一言だけ告げて、学校へ向かった。何処にも行かないとは、返さずに。
「今日はちゃんと来たのね」
「そんなに毎回、遅刻しないよ」
「そうね。あんたが遅刻したの、昨日が初めてだもん」
真面目とは言えないリツカだが、学校を休んだ事も、遅刻した事もない。放課後はかなり、自由奔放だったが。
その奔放さが、リツカを知る者達からすれば心配で仕方ないという事に、リツカは気づいていない。
「それで、副会長してくれるのかしら」
「まだ決まってないけど、手伝いはするよ」
「そ……。今はそれで良いわ」
椿が自分の教室に帰って行く。リツカが”巫女”になってからだろうか。椿は言いたい事を言うと会話を終わらせるようになった。それまでは、リツカの反応が薄くても会話を続けたものだ。
だからリツカは、椿に嫌われたと思っていたりする。その実椿は、リツカから自分への興味が無くなったと思っている。二人のすれ違いは未だに続いている。
リツカは十花から、椿が毎日の様に来ていたと聞いているが、詳しい理由を聞いていない。椿の恋心が関わってくるため、十花からぺらぺらと話せないのだ。
だから椿とリツカの距離感は、二ヵ月前とそんなに大差がない。
椿からすれば、リツカが見せる笑顔が他人に向けた物とは違うため、直視できなくなったといったところだ。
所謂、可愛すぎて困るという奴だろう。椿のこういった不器用な所が、小和に気に入られたという事らしい。
「生徒会といえば、久由里さんと仲良かったの?」
「久……?」
「ん?」
(何で名前呼びに……)
こんな感じで今でも椿は、リツカを忘れられないし、嫉妬もする。本当は諸手を挙げて喜びたいし、ドサクサに紛れて抱き締めたいとかの下心があるのに。
しかし、椿にも分別がある。小和の彼女という自覚をしっかり持っているから、リツカから微笑みかけて貰えるだけで満足しようとしているのだ。
「……あんた関係で、ちょっと繋がりが出来たのよ。それまでは他人」
「うん?」
「ほんと、あんたは鋭いのに、どうして自分の事になるとこう……。はぁ……」
楓が首を振る。向こうの世界に行っても、リツカはどこか疎い。それでこそと安心もするが、二ヵ月の間大丈夫だったのは奇跡とも思ってしまう。
(まぁ、夢の子が守ってたんだろうけど……フクザツ)
「何でそんな事、気になるの?」
椿はちょっと期待感を込めて聞いてみた。夢の子事アルレスィアに敵対心を抱いているんだろう。
「部活繋がりでもないし、久由里さんがバスケ好きって感じでもないのに椿と縁があるのが気になって」
「あー」
(まぁ、好奇心もってくれるだけ、私は特別仲が良いんだろうけど……それに、久由里はさん付けだもん)
ちょっと優越感に浸りながら、椿は落ち込む。結局リツカにとって、夢の子以外はどんぐりの背比べで、椿がちょっと頭一つくらい出ている、程度の物なのだと。
しかしそれは椿の被害妄想だ。リツカの親しい人達の中でも、椿は別格だ。アルレスィアを除けば、リツカが初恋かも? と、感じた相手でもある。アルレスィアと出会わなければ、椿の恋がいつか成就していたかもしれない。
アルレスィアも、椿に敵対心を持っている。もし二人が出会えば火花を散らす事だろう。そして誰も見たことがないアルレスィアが見られる。リツカと自分の思い出を自慢げに語り、いかに想われているのか。ひけらかす事がないはずの想いを話し、椿を圧倒するのだ。
全てはリツカを椿に取られたくないから。
そんなアルレスィアがリツカは大好きなのだ。リツカにとって、アルレスィアとの出会いは幸運。椿にとっては不運だ。この違いは一生埋まらない。リツカと椿、二人の意識のズレは一生合わないのだ。
椿をライバル視していようとも、アルレスィアは今の二人を見たら手を貸すのだろう。あくまで、友人としての絆が戻るまでだが。
「はぁ…………言ったでしょ。あの子はあんたが最後に助けた子。そして学校中が知ってるけど、あんたと私は昔からのと……友達。行方不明のあんたに関して、あの子が私に相談するのは当然でしょ」
「そういう、ものかな?」
(自分のファンクラブがある事も知らないんだから、自分に向いてる好意とか知らないのは分かってるけど……久由里がちょっと可哀相。ま、名前呼びなだけマシって思いなさいよ)
リツカとしては納得出来ない部分が多いが、椿の言葉はリツカにとってはかなり信憑性がある。それが俗な――キスの部位の意味であっても、覚えてしまう程に。
椿の不運――というよりミスは、リツカと同じくらい自分が鈍感だった事だろう。
もしリツカが「椿を好きなのかも」と考えていると知っていたら、もっと積極的なアプローチをかけられたのだから。
「とにかく、来てよ。もうダメ。私にはオーバーワーク」
「あー、えーっと」
本当は、「バスケと掛け持ちしているからでしょ」と言いたいところだ。しかし、どちらもリツカの所為となれば言うに言えない。
前生徒会長はリツカに任せる気でいた。バスケも、リツカが椿に火をつけたのは明白だ。ただのバスケ好きから、日本を代表するエースへとなったのは、リツカという存在が大きい。それくらいは分かっている。だから手伝うのは吝かではない。しかし、役職を持つのは別だ。リツカは自分が不安定なのを理解している。
「偶に、だけだよ? 私は、えっと……」
「……分かってる。でも、副会長にはなっておいて。その方が頼みやすいし、あんたの内申も上がるわ」
椿の意図を半分理解し、立花は考える。なる事に異存はない。だけど、自分の不調が気になっているのだ。
ただリツカと一緒に居たいという椿の気持ちには、リツカ本人は一生気付かないだろう。何しろ椿はその事を言わないし、椿は小和と恋仲なのだ。リツカにそんな気持ちが理解出来るはずもない。
「じゃ、放課後」
「うん」
返事は受けず、椿は自分の教室に行く。椿も薄々気付いているのだ。リツカは返事をしない事を。リツカにも――出来た事を。