リツカの想い⑧
A,D, 2113/05/03
寝ては目覚めてを繰り返し、リツカは結局殆ど眠れなかった。もはやそれは日常であり、リツカは半分諦めている。
リツカは検査では分からないような異変が、自身を襲っているのだと理解した。
もしかしたら、魔法を無理矢理使っていたときのツケが? と、リツカは考える。寿命が短くなっている。アルレスィアからそう告げられた事がある。もしかしたら、自分は長くないのではないかと考えるようになった。
「……精一杯、だよね」
ぎゅっと握り拳を作り、リツカは身支度を整える。
「お母さんも漸く許してくれたし、急いで”森”に行こ。今日は生徒会手伝えそう……」
アルレスィアが来ない。だから放課後はいくらでも時間を作れる。物哀しいと思いながらも、リツカの目は光がある。アルレスィアが”神林”を空ける事を決意した。それはつまり、リツカを信じているからだ。少し時間が空こうとも、リツカとの想いは繋がっていると。
だからリツカの瞳から光はなくならない。
「行こう。イヤリングとブレスレットをつけて、アリスさんから貰ったリボンで髪を整えて、アリスさんを送ろう」
自分で出来る範囲で、リツカは自分を彩っていく。今日から自由登下校だ。家に確実に帰ってくる事が証明された。リツカは自由だ。人から見れば、自由といえるかどうかは怪しいが。
食事中、リツカは体の脱力と共に強烈な吐き気を覚える。これはリツカが感じる不調ではなく、過度な疲労からだ。体力の消耗は慣れているが、寝不足は初めてなのだ。
「立花?」
「何でも無いです」
「何でも無い訳ないでしょう」
「どうしたんだい?」
「立花、気分悪いみたい」
「え!? 立花が!? まさか……!?」
リツカの気分が悪くなるなんて事はなかった。極力ストレスを減らし、恐怖心から遠くに居続けたリツカは、体調管理もしっかりやっていたからだ。そんなリツカの体調不良に、武人は狼狽する。
十花は理由を何となく察しているが、武人は別の事に至ったようだ。まさか、という表情を浮かべると病院に予約を取り始めた。
「何をしているの? 武人さん」
「だ、だって、診察結果じゃ大丈夫って。なのに気分悪いって……じゃあ別の病院に!」
「だからって産婦人科はないでしょう。なにを勘違いしてるんですか」
「え……」
頭を押さえ、十花は深くため息を吐く。行方不明の件が武人の中で渦巻いていたようで、リツカの想い人が女性という事すらすっ飛んでしまったようだ。検査の結果”巫女”で居られると言われたのに。
「立花は大丈夫。寝不足なだけよ」
「?」
リツカは両親の会話が出来ずに首を傾げている。
「立花、ここは良いわ。倒れないように、学校では少し横になっておきなさい」
壱花はリツカに行くようにと伝える。昨夜リツカが今日だけはと懇願していた姿を見ている。リツカの願いを叶えなければ、リツカは一生の後悔を手に入れる事になるだろう。
「ありがとうございます」
「貴女の人生は自由に見えて、自由ではない」
「自分で選びました。人から見れば自由でなくても、自由に選んだんです」
「それが貴女の自由?」
「自由ですよ。自分で選べるって、最高の自由です」
「……本当に、良い経験したのね。孫の成長が嬉しい」
壱花に微笑みかけ、リツカは走っていく。気分が少し悪いが、寝不足による独特な浮遊感がリツカの足を進ませる。いつものように、”森”に行く時が一番嬉しそうだ。
六花家の日常が戻って来た。武人はいつものように親馬鹿を拗らせ、十花が諌める。壱花は呆れながらリツカに一日の予定を話すのだ。
今日、それが戻って来た。リツカもこちらの世界に適応してきた。しかしどこか不安が残る。誰も理解出来ない。リツカ本人すらも。
それでも、今が尊いのだろう。
アルレスィアは既に来ている。リツカは湖に飛び込む勢いでやって来た。スカートをひらひらさせ、ポニーテールをぴょんぴょんと跳ねさせて。無自覚にアルレスィアを誘惑する。
「おはようっ」
(おはようございますっ、リッカ)
アルレスィアの声が聞けるだけで、リツカの声は弾む。アルレスィアもそうだ。暫しの別れだが、今出来る精一杯の笑顔で見送りに来たのだから。
(寝不足、なのですね)
「アリスさんも、だよね」
(リッカ程ではありません……この後、しっかり休んで下さいね?)
「うん……眠れたら、治ると思うから」
アルレスィアは、そうは思っていない。リツカの不調はアルレスィアから見てもおかしい物なのだ。
(アルツィアさまならば知っているのでしょうけれど……あれ以来姿を見せていません……)
「そう、なんだ……」
リツカを突き飛ばし、アルレスィアと喧嘩した後アルツィアは姿を消した。その行動の意味は分からない。だけどアルレスィアはアルツィアを許していない。出会ったところで、友好的な会話が出来るかどうか怪しい。
リツカが関わっていれば、意地もプライドも捨てるだろうけど。
(必ず、私が治します)
「気負わないでね?」
(大丈夫です。貴女さまの為ならば)
アルレスィアは湖に触れる。そしてリツカもまた、触れる。通じ合う二人は、手を合わせる。しかしそれも終わってしまう。
「……そろそろ?」
(行かないと、いけません……)
「護衛は……誰が就くの?」
(王都までは、オルテさんが付いて来てくれます。そこからはシーアさんが)
失礼と思いながらも、リツカはレティシアの名前が出るまで安心は出来なかったようだ。
「怪我だけは、しないでね」
(もちろんです。リッカも……怪我だけはしないで下さい)
「うん。絶対に、傷つけないよ」
本当は自分で守りたいと思いながら、二人は約束する。
「行ってらっしゃい、アリスさん」
(行ってきます、リッカ)
今日は、リツカから手を離す。そしてアルレスィアを見送るように、じっと湖の前で見ている。アルレスィアが離れて、感じられなくなるまで、じっと。
そしてアルレスィアが離れきった所でリツカは――フッと眠ってしまった。
目覚めた時既に、日が天辺にあった。リツカの携帯には着信履歴が大量に入っている。椿と十花が交互に、何度もかけたようだ。
「メールでいっか」
二人に、「森で寝てた」と同時送信し、リツカは学校へ向かう。午後だけでも出ないと、また自由行動がなくなってしまうからだ。
「こんな時間に寝ちゃったら、明日起きれないかも、な」
アルレスィアが居ない間の事を考えると、リツカの歩幅が小さくなっていく。すると”森”が、ざわざわと音を立てるのだ。魔法を失くしても、”神化”しているからか、”森”の機嫌が感じ取れる。
「ちゃんと今日も、また来るよ」
リツカの事が好きな”神の森”は喜ぶ。それにリツカは、微笑んで応えるのだ。今までずっと自分を包み込んでくれたのは、アルレスィアと”神の森”だ。アルレスィアが来ないと分かっているからといって、来ないという選択肢は無い。リツカだって”神の森”の事は好きなのだから。
「それと、ただいま。遅れてごめんね」
はらりと葉が一枚、リツカの頭に乗る。「遅すぎ、お馬鹿」といわんばかりだ。リツカは「ごめんごめん」と言いながら、”森”を離れていった。
学校について真っ先に、椿に頭を叩かれそうになる。もちろんリツカは避けたが、こちらでも「ごめんごめん」と謝っている。
リツカは午後の授業には出たが、教師からの監視の目は強くなっていた。こちらに戻ってからずっと、リツカは観察されている事は知っている。だけど今は観察ではなく、監視とも言える目で見られていた。
(行方不明の後、すぐに学校サボっちゃったし、心配かけたり色々あったんだろうなぁ)
実際リツカが学校に来ていない所為で、十花が学校までやって来ている。後程リツカは怒られるだろう。
警察は動いていない。十花が通報しようとしたのを壱花が止めている。森で寝てしまったと予想したからだ。そこで十花が”森”に行こうとならなかったのは、結界がしっかりしているから。
リツカの体調不良に気付けなかった教師陣は、校長から叱責を受けてしまった。校長がなぜそこまでリツカを贔屓するのかは分からないが、その狼狽ぶりは尋常ではなかった。だから教師達はとりあえず、リツカへの監視を強めたという訳だ。
「六花さん。この問題は」
「はい……」
この一時間、リツカだけが指名されている。
「良く出来ました。じゃあこちらも」
「はい……」
(仕方ないとはいえ、当て付けだよねぇ? これ……」
リツカはため息をつきながら数式を解く。高校三年ともなると、どんどん難しくなる問題に頭を抱えながら。
そして放課後になり、生徒会の手伝いをしようとしたリツカだが、十花から呼び出されて応接室に向かう。そこでこっ酷く叱られた事で、生徒会に行く時間がなくなってしまった。
それでもしっかりと、”森”には行ったのだが。
ブクマありがとうございます!
昨日、一部だけの投稿となっていました! この部を予約投稿する際、一月後に設定していたようです! 申し訳ございません!