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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
終幕 A,D, 2113/05/02
911/934

リツカの想い⑦



「やりたいと言うのです。やらせて上げればよろしいのではないでしょうか」

「……上木さん。今は家族で話している所です」

「七花様。壱花様も仰られましたが、ここはそういった話をする場ではないのです」


 上木、神主はリツカの言葉に喜んでいる。それを一切見せないように、務めて冷静に話しているが、六花の人間は誤魔化せない。


(相変わらず、嫌いだわ)

(尊敬は出来るけど、あの笑みはどうにかならないかしら)

(立花を泣かせた事、忘れてないから)


 三人の花達は静かに敵意を向けている。唯一、神主を嫌っているはずのリツカだけが静かに目を閉じていた。


「ずっとやって頂けるのですか? 立花様」

「許して頂けるのであれば」

「もちろんですとも。巫女就任の際もお話したと思いますが、貴女以上の巫女様はおりません。是非とも長いお付き合いを」

(アレは完全に神隠しだった。立花様はやはり天使だ。神に愛されたこの方が巫女を長く続けてくれる。これ以上の結果はありません)


 身内のゴタゴタを見せ付ける形になってしまった事を、壱花が詫びる。壱花の顔はこの場に居る若い者達以外は全員の知るところだ。功績、といえるかは微妙なところだが、一目置かれている。壱花の誠意に、その場は丸く収まった。


 その後挨拶は滞りなく進み、六花一家は一箇所に集まっている。先程のいざこざの所為か、近づく者は居ない。本来であれば美人揃いの六花に声を掛けたくて仕方ないのだろうが。


「立花……」


 壱花がリツカの手を取る。何故リツカが一生巫女宣言に至ったのか、それくらい壱花なら分かっていた。止める事は出来ない事も。


「ごめんなさい」

「一生って事は、仮に大学を卒業しても、この町に居続けるって事?」

「はい。”巫女”じゃないとダメなんです」


 ”巫女”でないと、”森”には入れない。リツカは例外となるだろうけれど、それを伝える手段がない。リツカは”巫女”を辞したら、世界の安寧の為に”森”へ入らなくなるだろう。


「立花、今からでも遅くないわ」

「私以外に”巫女”は無理です。七花さんなら、分かって貰えると」

「……っ。だけどね、立花……一生なんて」


 七花はリツカが”巫女”に適任だと思ったから結婚に踏み切った。もしリツカが”巫女”を嫌ったら、説得の時を考えて二年か三年は待つ選択肢もあったのだ。


 十花達が許すかは予想でしかないが、七花にずっと任せる訳にはいかないと思っていたのだから、十花含めて説得の場を設ければ諍いは起こらなかっただろう。


「それにしても、堂々としていたわね。十花も七花もおどおどしてたっていうのに」

「それは……約七万人以上の前で演説したりしてましたから」

「良い経験を積んだのね」


 壱花がリツカの目を見て頷く。


「今の貴女が決めた事なら、文句はないわ。ただ、辛くなったら言いなさい。良いわね。十花、七花」

「……元より、そのつもりです」

「十花さん…………分かりました。立花、私にもちゃんと相談するのよ」

「はい。ありがとうございます」

(いつの間に、お母さんと七花さん仲直りしたんだろ)


 立花が頭を下げ、感謝を伝える。園遊会はとりあえず成功を収めた。リツカの一生巫女宣言は、一定の評価を受けたようだ。”巫女”の唯一の不安要素が、就任期間の短さだ。それを一生やってくれるというのだから、ありがたい事この上ないだろう。


 鮮烈なデビューを果たしたリツカが注目を浴びてきた。今か今かと話しかけたい連中が目をぎらつかせている。


「立花、先に帰って良いわよ」


 このままここに居させたら、リツカがキレるかもしれない。昔のリツカも、気が長いようで短かった。特に今は、肩に手を置こうとするだけで投げ飛ばしそうだ。 


「良いんですか」

「学校の委員って事にして上げる」

「それってつまり」

「ちゃんと帰ってくるのよ」

「はい!」


 ぱぁっと目を輝かせ、リツカは走って行った。それが余りにも無邪気な笑顔だったから、七花は昔を思い出してしまった。


「あの頃と、変わりませんね」

「あれが森に向けられているなら、ね」

「十花さん……やっぱり心配すぎる! 付いて行っても良いかなぁ!?」

「武人さんも、相変わらずですね……」

「はぁ……本当、親馬鹿」

「貴女もでしょう。十花」


 主役は居なくなったが、十花や七花が居る。花はまだ居るので、大きな混乱はなかった。


 リツカはずっと走っている。回りの人間が驚く速度で、ずっとだ。魔力の補助がなく、気だるさは酷さを増している。でも、身体能力は変わっていないようだ。


 行きはゆっくりフラフラと歩いていたから時間がかかったが、走れば十分かからない。リツカはそのまま”森”に入っていった。


 普段は待たせる側のリツカが、今日は待っている。これは少しだけ、リツカにとって嬉しい事だった。朝のもやもやの事も忘れ、アルレスィアをウキウキと待っている。


 アルレスィアは、そんなリツカが可愛くて可愛くて仕方ない。だからもう少し眺めたかったのだろう。しかし朝の事もある。アルレスィアは急いで湖に向かっている。


(リッカ)

「アリスさん!」


 湖を覗き込み、リツカは満面の笑みを浮かべる。そうしても自分の顔しか見えないのだが、水族館にやってきた子供の様にはしゃいている。もうアルレスィアは悶えるしかない。


 アルレスィアだって、朝の事でもんもんとしていたのだ。


「今日は園遊会、”巫女”のお披露目式があって、朝いけなかったんだ。ごめんね」

(いいえ。私の方も、少し話があって遅れてしまいました)

「話?」


 アルレスィアは、目の前に居ないリツカが恋しい。感じるのは、首を傾げるリツカ。いつも一緒だった時も可愛いと思っていた仕草が、今や凶器の如くアルレスィアの胸を締め付ける。


 胸がきゅんっとなるのだ。


(ライゼさんとアンネさんが結婚するという事で、私も来て欲しいと)

「え……”神林”、出られるの?」

(リッカの刀があれば、可能との事です)


 アルレスィアがリツカに説明をする。


 リツカの刀は想いの結晶だ。それに、アルレスィアから輸血を受けた、リツカの血液が付着している。方法は至ってシンプル。”光の刀”、【フラス・シュウィア】を核樹の前に刺して貰うだけだ。


「何日もつんだろ?」

(私の【フラス・シュウィア】では、三日だけみたいです。そこでリッカにも想っていただきたいと思いまして……)


 アルレスィアの声が小さくなる。その頼みをするという事はつまり、アルレスィアは結婚式に参加するという事だ。リツカと、最低でも三日は逢えない。


「分かった。任せて」

(……ありがとう、ございます)


 リツカは努めて平静を装っていたが、声は震えていた。ライゼルトとアンネリスの結婚式への参列は、アルレスィアもしたいはずだ。リツカが我侭を言える場面ではなかった。

 

 アルレスィアは行くだろう。リツカの覚悟を無駄にしないために。そして一日でも早く帰ってくる。


「私……」

(はい)


 アルレスィアのその声音は、リツカの脳を刺激した。懐かしさが込み上げてくる。期待しているように、感じるのだ。


「うんん。ライゼさんとアンネさんに、よろしく、伝えて?」

(はい……必ず、伝えます)


 リツカは、アルレスィアの期待に応えられなかった。リツカが一生巫女宣言をした事をアルレスィアに伝えたら、アルレスィアもそうだと応えるだろう。それは、リツカがアルレスィアを縛ったという事になる。リツカは――アルレスィアを縛りたくないのだ。


「じゃあ、三日後に……なるのかな」

(はい……ですけど……ですけど私は、ずっと貴女さまを見ています! 何があろうとも、貴女さまを、大切に想っている気持ちは変わりません! ですから……)

「うん……うん……! 待ってる、待ってるよ……っ」


 今日も太陽は沈む。風のみが湖を揺らす中、波紋が一つ、二つと広がっていく。伝えられない事ばかりで、リツカは自己嫌悪に陥ってしまう。どうしても目を見て言いたいリツカは、唇を噛み締める。


 アルレスィアの想いが、痛いほど伝わってくる。リツカも必死に伝えようと祈るように手を組む。


 それが伝わっているのか、それすら分からないもどかしさに、リツカは泣いてしまう。

 

 明日の朝、ここでアルレスィアにいってらっしゃいを言う。帰って来てからリツカは初めて、アルレスィアと待ち合わせをするのだった――。



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