リツカの想い⑥
「遅い」
園遊会の場に到着したリツカを十花が叱責する。
「ごめんなさい」
「……怪我はないのね」
「お母さんに隠し事って、出来るんですかね」
「カラクリがあるのよ。貴女とは違うわ」
リツカが戦ってきた事を、十花は分かっていた。リツカが嘆息し、十花はクスリと笑う。
そして二人は、神社へと入っていった。
「十花さん、立花」
武人が二人を見つけやって来る。主役の登場だが、別段盛り上がったりしない。”巫女”のお披露目なんていうのはもはや形骸化しており、各国の要人の集まりとなっている。
それに、表向きの主役はまだ来ていない。
「二人は僕の傍に居てくれ」
武人達自衛隊は護衛として出動している。
「特に立花」
「何でです?」
「えっとね。まー、うん」
「ん……?」
リツカが、何を言っているんだ? という表情で武人を見る。リツカを心配しているようだが、武人でも勝てないリツカを心配する理由が見当たらないのだ。
(私も七花も、お母さんも、ここでお相手と出会ったのよね……)
「いやー、あの頃の十花さん可愛」
「武人さんは暫く黙っていて下さい」
「……はい」
昔話に花を咲かせようとした武人を十花は止める。娘に馴れ初めを聞かれる事程恥ずかしいことはない。
(何の話だろ)
「気にしなくて良いわ。私が許さないから」
「何の事か分かりませんけど、私が興味を示す事って、そんなに多くないです」
「……本当?」
少しは成長したリツカを十花は見る。恋愛のれの字くらいは分かってきているはずなのに、男への警戒心の無さと興味の皆無さは健在だ。いよいよ孫を諦めるかと、十花はため息を吐いた。
「気をつけなさい。強引な人も居るんだから」
「……? はい」
すでに襲われてきたばかりのリツカだ。むしろ警戒心を増させている。今度は、ぼーっとしたりなどしないだろう。
暫くすると、入り口がざわつきだした。
「タケト。トウチャクシタヨウダ」
「オーケー、マルコ」
外国の兵なのだろう。片言の日本語で、武人が呼ばれる。
「ここで待っていてくれ」
表向きの仕事をする為に、武人が移動した。
「動くなと言われたけれど、陛下への挨拶を欠かすわけにはいかないわ。貴女は壇上でしなさい。私は少し行って来るから」
「分かりました」
武人には待っていろと言われたが、十花は礼を失するわけにはいかないと入り口に向かう。
リツカは言われた通り、その場で待っていたが、一輪の花を見つけて近寄った。
綺麗な庭園だ。手入れされている庭故に、絶対にこの花は咲かない。それなのにやってきた訪問者。リツカはその花に自分を重ねた。何れは抜かれる。世界から外されてしまう。
「今、移してあげる」
手入れ業者に見つかれば、死ぬだけの花。リツカはそれを庭園の外に移そうとした。
しかしその想いは無情にも――踏み潰されてしまった。
「レディ。膝をついてどうしたのですか」
「……」
踏みつけた男はリツカに声をかけた。その男は、花があった事すら知らないのだろう。紳士然とし、両膝をついているリツカに、騎士のように手を差し伸べる。
「申し遅れました。私はベート・アルムクヴィスト。スウェーデン大使のお付きでやってきました」
畏まった風だが、リツカが緊張しないようにと軽い自己紹介に留めている。本当の紳士なのかもしれない。しかし、リツカは反応を見せない。
「綺麗なワインレッドの髪だ。まるで燃え盛る」
「その足、退けて頂けますか」
「は?」
リツカの鋭い声に、ベートは思わず下がる。もしかしたら、その声にときめいただけなのかもしれないが。
「……」
花軸は完全に折れ、花弁は散り、花柱は潰れてしまっている。もはや、再生は不可能だ。
「立花? ああ……踏まれてしまったのね」
「どうせ、庭師に剪定されていたでしょうから」
「助けたかったのでしょう?」
「……」
十花がリツカと同じように膝をつき、潰れてしまった花を集める。
「花の供養は私には分からない。貴女がしなさい」
「ありがとうございます」
リツカはその花を、ハンカチの上に乗せる。一度共感してしまったからだろう。リツカは花を放っておけないようだ。
「あ、あの……」
(美しい……)
「何か」
置いてけぼりのベートが、リツカに声をかける。しかし十花が間に入って遮った。
「立花は花が好きでして、今はそっとしておいて下さい」
「はい………」
リツカを狙っていたのだろう。露骨に落ち込み去って行った。
「全く……気をつけるようにって言ったでしょ」
「ごめんなさい」
「逃げ場のない庭園、声を掛けられるのは仕方ないけど、隙を見せて良いとは教えてないわよ」
リツカの放心癖とでも言うのだろうか。他人から見れば隙だらけに見えるようで、声をかけられるのだ。
「立花、控え室に行っておきなさい」
「はい」
丁寧の花を包み、ポケットに入れる。そしてリツカは歩き出した。時間が経ち、世間話が終わったのだろう。周りを見る余裕が出てきた者達がリツカや十花を見つけた。
武人は冷や冷やしているが、それはあくまで十花にだ。リツカに手を出す者が現れようものなら、十花は誰よりも苛烈だ。
人には落ち着くように言っておきながら、十花が一番、回りに睨みを効かせている。
「十花さん。頼むよ……」
「私も、やりたくはないわ。でも――相手次第ね」
武人に窘められるが、十花はリツカの背中を見ている。
「それにね。私より立花に言った方が良いわよ」
「え? 立花に限ってそんな事」
「あの子、好きな子が出来たからねぇ。その子以外に触られたくないからって、私以上に暴れるかも」
「……ええ!?」
「タケト! shut up!」
「す……すまない」
武人は初耳だった。リツカに想い人が出来ていて、しかも体を許したくないという爆弾付き。「その子以外に触れられたくない」という事は、その子は触れた事があるという事だ。
「誰なんだい……!?」
「名前は知らないけど、美人らしいわ」
「……ええ!?」
「タケト!!」
武人の声はどんどん大きくなっていく。流石に注目を浴びていっている。
「お、女の子!?」
「ええ」
「何だ……お友達って事だね」
「いいえ? 立花、その子の事を話す時、絶対頬を染めるのよ」
「な、な、な」
パクパクと口を開閉し、武人はついに声を出さなくなった。
「ま。立花の貞操は安心って事ね」
「僕としてはだね、立花には」
「あら。武人さんは立花に恋人が出来たとして、許せるの?」
「許さないよ。当然じゃないか。少なくとも僕以上じゃないと」
「はぁ……」
親馬鹿二人が、リツカの与り知らぬところで独身計画を進めている。リツカはそれで良いと思っているが、他人から見れば何と身勝手な親だろうと思うだろう。
しかし、仕方が無い。リツカは余りにも可愛すぎる。
「立花が出てくるわよ」
「あ、ああ」
ここにはメディアは入れない。リツカの事は極秘扱いなのだ。SNS等は全て管理され、町の外へリツカの事が漏れることはない。しかし、人の口に戸は立てられない。その結果が、あの不良達の様な存在だ。
リツカの噂を聞き、どんなに想像力を働かせようとも、リツカはその上を行く。噂は更なる広がりを見せる。そんな中で、ネットで広められようものなら手が付けられない。
「紹介が遅れましたが、現行の巫女、立花様です」
リツカが頭を深々と下げた。十花の時もそうだったが、その美貌に息を呑む者達も居る。
「行方不明だったと聞いていたのですが」
「先日戻ってきました。問題なく巫女を続けられるそうです」
「巫女様。何か一言」
用意された、当たり障りの無い文を読むだけなのだが、リツカは読もうとはしない。
「私は――”巫女”で在り続けます」
十花が頭を抱える。どうせそうなると理解していたが、という表情だ。
「在り続ける、とは?」
「死ぬまで、私は”巫女”です」
ここまで”巫女”に好意的な人間は今まで居なかったから、ざわつきが広がっていく。
「立花、何を言ってるの?」
「お久しぶりです。七花さん」
「ええ……って、挨拶は後よ。貴女ならって思ってたけど、一生なんてダメ」
十花に呼ばれていた七花が、壱花と一緒にやって来たところだ。リツカが戻って来たと聞いて、急遽参加を表明したようだ。
”森”好きのリツカならば問題なく”巫女”を出来ると思っていたが、ここまで、一生やると言い出すとは思っていなかったようだ。
「立花、ここはそんな事を言う場ではありませんよ」
「もう、決めたんです。お祖母さん」
「……そう。七花、子供が生まれたら、一応教育だけはしておきなさい」
「はい……」
リツカは向こうの世界で、”巫女”に踊らされた人々を見た。ここでも、”巫女”はそれなりに厳しい。出来るなら立花は、本当に最期までやりたいのだ。
しかし、六花の人間はリツカを”巫女”のままにはしたくないと思っている。その想いは、押し付ける形になった七花が一番強い。
”巫女”は、長くやっても十年だ。自分の子供に”巫女”をさせる事になっても、リツカが一生やるのだけは反対している。