二人のバイト生活②
私もこれを着て、診察しなければいけないのですか?
「ええ、カフェの宣伝にもなりますので」
支配人さんが笑顔で応えます。
「私は、着れませんよ? ”光”の魔法はローブと木刀が必要なんです」
支配人さんが残念そうです。
「そうなのですか……。では、アルレスィア様だけでも」
アリスさんが何かを思いついたようです。でもその顔は、神さまが悪戯を思い浮かんだ時とそっくりです。
「リッカさま。私の”光の槍”は確かに見た目は衝撃的なものになります。ですけどその分遠距離で狙えます。痛みもありません。リッカさまの場合はどうしても痛みはありますし、木刀を持ったままでは、見た目の衝撃は私より強いかと」
この流れは、まずいです。すごく、アリスさんが活き活きとしています。
「リッカさまが私を慮って、やると言ったのはわかっております。ですけど、私も”巫女”。ご安心ください。それに」
アリスさんは必殺の言葉を唱えます。
「リッカさまが、守ってくださいますから」
満面の笑みです。確かにローブがなくても、私は魔法なしの徒手空拳で相手を制圧できます。
「リッカさま。さぁ、こちらを着てください」
アリスさんもやっと、私に遠慮なく言ってくれるようになりましたね。この場面でなかったら、嬉しくて抱きしめてましたよ。
それでもアリスさんには逆らえない私は、着替えるのでした。
結局、アリスさんが三人ずつ診察、負の感情を感じれば”光の槍”を放つ、という形になりました。
健康体であれば無傷。悪意があれば浄化、その後無傷で帰宅。ええ、私がやるより効率がよく、後味も悪くなりません。
ですけど……。
「リッカさまっかわいいですっ!」
「そう、かな」
今私は、メイド服をきています。顔が火照っていきます。
普段アップに結ばれたポニーテールはおろされ、肩甲骨辺りまで髪が垂れています。普段あげてるので、落ち着きません。うなじがくすぐったいです。ヘッドドレスというものも手渡されました。このレースのリボンに、何か機能はあるのでしょうか。
スカートは短いほうを渡されました。アリスさんから、渡されました。
まぁ私は、足を出すのに抵抗はないのです。学校のスカートはこれよりも短いくらいですから。でも……スカートを着用するのは、制服以外では初めてです。
靴、ピンヒールなんて初めて履きました。世界が、高い! たった五センチでこの変化!
鏡を見ると、普通に女の子してますね。こういうのに憧れはありましたけど……どうなんですかね。何でこんなにフリルやリボン、レースが……?
アリスさんからは好評ですけれど、ここまではっきりと可愛いなんていわれては、恥ずかしいです。
「よく似合っております」
支配人さんが頷いています。これ……支配人さんの趣味? へんたいさんですね。アリスさんに近づけないように今後気をつけます。
「……大変、不名誉な視線を感じますが。では、開店しましょう」
いきなりですか。まだ心の準備が――。
「ちっ……いつまで待たせんだよ!!」
「ちょっと、巫女様がわざわざ診てくれるのになんだいその言い草は!?」
「はやく帰りてぇんだが」
早速、『感染者』候補がやってきました。これでもまだ、候補な辺り、本当に厄介です。
「お待たせして申し訳ございません。”巫女”アルレスィア・ソレ・クレイドルです。すぐに終わりますので。どうかご安心を」
そう言ってアリスさんの魔力が瞳とローブの紋様を銀色に煌かせます。
「私に光の槍を!」
「うっ――」
「きゃっ」
アリスさんの光の槍が、候補者を貫きました。
どうやら、三人とも汚染されていたようです。黒い魔力が流れていきます。
「ご安心を、痛みはありません。お気分はいかがでしょう」
アリスさんが三人へ尋ねます。
「……なんか、スッキリしました」
「私も」
「俺も……」
こうやって、浄化は順調に進んでいきます。列を見れば、四百人程でしょうか。すでに並んでいます。
いくらアリスさんでも、百回を超える発動は無理です。キリがいいところで私もやりましょう。いくら見た目が悪くなるとはいえ、アリスさんに無茶はさせられません。
「さぁ、ロクハナ様。こちらもお客がきていますよ」
その声に、アリスさんから目を離し、後ろを向きます。意識は常にアリスさん側です。私がアリスさんから意識を離す事は、そうありません。
「――」
「……」
「――」
すでに、席が埋まっていました。ぼーっとアリスさんを眺めていたのは否定しませんけれど、そんなに睨まなくても……。
「も、もうしわけございません。すぐに対応します」
走って、対応に追われます。
スカートがたなびくたびに、周りがざわつきます。やけに注文が多く右へ左へ走らされています。
(結構、鍛えられるかも)
と、考えるあたり、私は女の子にはなれそうにないですね。
「お待たせしました。珈琲とワッフルのお客様」
注文の品を持っていくと、顔をまじまじと見られます。神さま曰くこの国では居ない珍しい髪色ですし、顔もこの国では見ない感じですし、仕方ないとはいえ見過ぎではないでしょうか。
劣情関係の視線が刺さります。まぁ、気にしませんけど。この視線はよく受けていました。
襲い掛かってきたら、投げるだけです。
「支配人さん、この服みたいなのって、珍しいんですか」
少し余裕が出来たので、質問します。余裕とはいっても、一人一人の滞在時間が長いだけなのです。この休憩所にも行列が出来ていますから。
「いえ。この王都ではそこまで珍しいものではありませんよ。嗜好品店や娯楽施設の店員は似たような格好ですし、じわじわと若者を中心に服の露出は増えています」
ふむ、じゃあそんなに珍しいものでもないんですね。それならそんなにざわつかなくてもいいのに。
スカートなんて学校の制服だけですし、良く分かりませんね。
「老婆心ながら。ロクハナ様はもう少し、自身の容姿に自覚と自信を持つべきです。そのままではいずれ困ったことに……」
支配人さんが少し私を心配するように声をかけます。
「んー、自信と言われましても。私、そういった話一切ありませんでしたから」
私は女子校にずっと居ましたからね。私の知る男性って、父と道場の門下生くらいなんですよ。
女子高ではまぁ、ファンみたいなのは居ましたけど、ヒーロー的な扱いだったからであってですね。容姿に自信と言われましても、そういった事には余り興味がないのです。
「リッカさま」
そんな話しをしているとアリスさんが来ました。
「少し、お水をいただけませんか?」
言葉を発している以上喉が渇きます。
「うん、今もっていくね」
水を持ち、アリスさんのほうへ向かいます。
アリスさんは少し汗をかき、色気が……ええ、色気が少し出ていました。
「どうなさいました? リッカさま」
アリスさんが無邪気に首をかしげます。色気と無邪気のギャップが私の緊張を呼び起こし――。
「っ――!」
私は、予想通り後ろ側に転びます。慣れないヒールなんか履いていたせいかもしれませんけれど。
(あぁぁぁもうっ!)
「リ、リッカさまっ!?」
転げないように粘った所為か、手に持っていた水をかぶってしまいました。
「「「――!」」」」
店内から動揺やら歓喜やら、熱狂が伝わってきます。なんですかそれは。確かに水を自分に掛けてしまいましたけど、酷いですよ。お笑いをやっている訳じゃないんです。
「リッカさま! お怪我はありませんか? 足を挫いたりは……」
アリスさんが抱き留めてくれたので転びはしませんでしたけど、びしょ濡れですね。何か、”神林”のあの時を思い出します。
店内からブーイングがおきてますけど……そのブーイングの感情、なんか覚えがあります。どこだっけ……道場?
アリスさんにやってるとしたら、怒りますよ?
「うん、ありがと。大丈夫だよ」
少し恥ずかしくなって顔が赤くなります。
「ごめんね、また水入れなおすから」
今度はこぼさないように気をつけ、なんとか渡せました。
今回はヒールだったせいですね。これからはヒールにも慣れないといけない……って私ポンコツすぎでは? 運動神経抜群という自己評価に訂正を入れようか迷います。
「アリスさん、そろそろ変わろうか。半分くらいでしょ?」
そう提案します。
しかし、アリスさんは渋るように何かをつぶやいています。
「……このまま、リッカさまが給仕を続けては、男性達から……支配人さんにも、服の素材を変えて貰うようにお願いを……わかりました。お願いできますか?」
「ん? うん、任せて!」
私の特性上、”光”の練習を実戦でする機会がありませんからね。こういった所で練習出来るなら、しておきたいです。
「しかし、残りの方は痛みを……」
アリスさんの心配も尤もです。
「んー、一応痛みが残らないようには気をつけるけど……ちょっと我慢してもらうよ。アリスさんが倒れちゃったら嫌だし」
「――はい。リッカさま」
アリスさんは少し頬を染め、了承してくれました。
そして、二人で着替えに向かいます。私の所為でまた、アリスさんまで濡れてしまいましたからね。
「巫女あるれしーあに変わり、ロクハナが努めさせていただきます。未熟ゆえ多少痛みがあるかと思いますがご了承ください」
私の”光”の魔法は持続できるので、消費はほとんどありません。この点だけは、アリスさんよりは良いですね。本当にこの点だけです。
「私の掌に光を」
左手に木刀を持ち、右掌を対象の腹に当てます。本来は鳩尾ですが、そこだと、悶絶しますので。
「な、なんだ」
距離が近いせいか、困惑されてしまいます。
「ご安心を、一瞬です」
「――シッ!」
ドッと音だけは大きく響きます。
「フっ!?」
男性の息がもれます。
「いかがでしょう?」
痛みは、ほとんどないはずです。
「あ、ああ。楽にはなりゃしたが……痛みはちょいありますぜ……」
(ですよね)
「申し訳ございません。かといってこの数を一人に任せるわけにはいかないもので……」
アリスさんに全部任せてたら、アリスさん倒れちゃう。
「いえ……巫女様が謝ることじゃないです。巫女様がいなけりゃ、俺たち……」
いい人でよかったです。
「……ありがとうございます。――では次の方を」
こうして初日の分を終える頃には、昼過ぎになっていました。
馬鹿っぽい話しを入れてみたかった、後悔はしてます。
真面目な話を次から心がけます。