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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
終幕 A,D, 2113/04/30
907/934

リツカの想い③



「ただいま、アリスさん」

(おかえりなさい、リッカ)


 実際、アルレスィアであってもリツカの声が聞こえることはない。分かるのはリツカの想いだけだ。当のリツカに至っては、アルレスィアが居るという事しか分からない。


 だけど二人は、通じ合っていた。


「今日は朝から森に行こうと思ったんだけど、お母さんに学校に行けって止められちゃった」

(学校は大切ですよ、リッカ)

「そう、だよね。勉強不足で悩んでたんだから……だからちゃんと、頑張ってるよ」


 何故会話が出来ているのか、それは誰にも分からない。だが一つ分かる事は、リツカが()()()()()()()のだ。


「……大学、このまま勉強すれば上がれるみたい。でも大学は共学みたい」

(共学……男性も一緒に勉強するのですか?)

「うん。お母さんも、そこが気懸りみたいで」


 当たり障りの無い雑談が続く。


「アリスさんの方は、どうかな」

(シーアさん達がまだ滞在してくれていますが、昨日から顔を見せていませんから……)

「私が突然居なくなったから……」

(私が説明をしていないから、です。今夜には、伝えなければ……)


 レティシア達も、リツカとアルレスィアを心配して滞在期間を延ばしている。しかしそれも今日が限度だろう。この後リツカが帰る。アルレスィアはその後話をしなければいけない。


 だけど、二人の会話は終わりを見せない。それでも終わらなければいけないが、自然とその合図は決まった。湖から太陽が見えなくなった時、だ。


 その頃には辺りが暗くなるが、アルレスィアが居る”神林”は最も安全な場所だ。心配はない。


 リツカに関しては、”神の森”の中は安全だけど、その後町を歩かなければいけない。しかし、十花の事はアルレスィアも良く知っている。恐らく――。



 今日の太陽が湖を後にした。二人は後ろ髪を引かれつつ、お互い同時にその場を離れる。これも経験と、楽しむ事は出来るだろう。でもまだ二人は、その段階に至っていない。


「……」

「お母さん?」

「……乗りなさい」

「はい……」


 リツカは怒られると思ったのだろう。しかし十花は、車の中でも、家に着いてからも怒る事は無かった。

 ただリツカが帰って来た事、少し喜んでいる事を、複雑な心境で見ていただけだ。


「立花。学校には行きなさい」

「分かっています」

「大学はどうするの」

「行った方が、良いですよね」

「……あなたが決めるのよ。いきなり自立しろとは言わない。でも、少しずつ自分で決めていきなさい」

「そう。お母さんも、お父さんと一緒の考えになったんですね」


 武人はリツカに外を見て欲しいと思っている。だから毎回、服やお土産を買ってくる。十花はリツカが離れるのが嫌で、それには反対していた。


 だけどもう、リツカをこの町に留めるのは危険と考えた。だから十花はリツカに勉強させ、大学へ行かせる事で世界を広げてもらおうとしている。


 リツカは成長の末、世界の広さを知り、それを見たいという欲を手に入れている。それを感じ取った十花と武人は、リツカの更なる成長を促すのだった。


「私の人生は、私が決めて良いという事で良いですか」

「ええ。でも、余りにも無茶を言う様なら、反対するわ。私はあなたの母なんだから」


 リツカと十花の会話はそこで止まった。今のリツカに、無茶を言うだけの人生設計などない。唯一の願いは、神頼みでも実現不可能なのだから。




 アルレスィアはリツカの件を詳細に話している。レティシア達とのお別れ会の後、アルツィアに突き飛ばされた事を。


 何も出来ていない。今アルレスィアに分かる事は、リツカはアルレスィアと会える時を楽しみにし続けているという事だけだ。


 それはもちろんアルレスィアもだが、再びアルレスィアは葛藤の中に居る。アルツィアの想像通り、リツカは森に囚われた。現状、学校に行ったり勉強をしたりと大丈夫なように見えるが、アルツィアの言う人の幸せに向かっているとは思えなかった。


 でも幸せはリツカが決める事だ。アルレスィアの幸せは現状維持。リツカも今のままを望んでいる。だったらこのままで居るべきではないのか? と。


 なのにアルレスィアは悩んでいる。リツカの将来を考えると、アルツィアの言うとおりにした方が良いのかもしれない。


 少し、距離を開けるべきなのではないのか、と。


 レティシア達からの反感はあった。リツカとアルレスィアの事を考えた上で、そのままで居るべきと言われた。


 だが、その裏で納得もしていた。今日の”森”滞在時間は十時間以上。これからは、リツカが学校に行くと分かった為短くなるが、昔の様に――他者から見れば、森に囚われていると見えるだろう。


 アルレスィアは”巫女”としての知名度がある。森通いが必要な事を誰もが知っている。


 だけどリツカは、奇異の目で見られる。いくら絶世の、唯一無二の天使であっても、人を遠ざけてしまうだろう。そしてリツカは、それを良しとする。


 不幸になる人間は居ないが、心配である事に変わりは無い。


 レティシア達は状況を理解し、二人がいかに思い詰めているかも分かった。本来はもっとアルレスィアを支えたいが、ここに居る者達全員、長々と滞在出来ない。


 リツカからアルレスィアを任された子供組は残りたがったが、当のアルレスィアから諭されてしまったようだ。


 出発前、エルケはレティシア達にこう伝えた。「私が出来る限りの事をするから、任せて欲しい」と。レティシア達はその言葉通り、エルケ達に任せ去っていった。


 エルケもまた、リツカから任された一人。任せることに異論があるはずがない。友人としても、エルケの覚悟を見て取ったのだから尚更だ。


 再会を約束して、レティシア達は自分の役目に帰っていった。アルレスィアは船が見えなくなるまで、集落からじっと見送っていた。


 深い感謝と、謝罪と共に――。




 家に帰ったリツカを、武人が迎える。自宅通勤に切り替えている武人だが、私用だけではない。近々”仕事”があるかららしい。


「立花。また、森かい?」

「はい」

「……十花さん」

「仕方ないでしょ……。でも、学校には行くと約束してくれたわ。大学だって……ね?」

「……まだ、決めてません」


 リツカは迷っている。この町を離れるつもりはない。唯一この町にある、系列大学に進学する事は考えている。


(私も、分かってるよ。アリスさん……。感じられないけど、アリスさんの想いは、私に流れ込んでくるから。だけどね? アリスさん……私は、自分の想いを捨てたくない……)


 リツカの想いは止まらない。どうしても、溢れてしまう。だけど障害は多い。


(湖越しで伝える……? いや、だ。こっちの生活も掛替えの無い物って、分かった。簡単に捨てられる物じゃない事も……だけど、アリスさんに想いを伝えてからじゃないと、前に進めない……)


 リツカはしっかりと理解している。だけど、アルレスィアを忘れられるはずがない。

 顔を見せて告白をしたい。その想いは変わらない。もちろん、妥協する気もない。この町で生涯を終える気でいる。

 しかしそれを、アルレスィアにも強いるのか? と――リツカは迷っているのだ。


 ”森”から出られるかは分からないが、アルレスィアは世界的英雄だ。外回りする事もあるかもしれない。


 でもリツカが通い詰めていたら、アルレスィアはリツカを優先する。これは当然の摂理とも言って良い。


 後ろ向きな覚悟で、リツカは思考していく。だけどそんな状態で、まともな考えが出るはずが無い。


 リツカは結局その日、倒れるように眠ってしまった。昨日と今日で二徹目だ。リツカは睡魔に勝てず、深い眠りについた。

 それと同時刻、アルレスィアも――。


 

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