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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
65日目、掴めなかったのです
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最後の日⑥



 次の方は、ライゼさんに背を押されて出てきました。


「他の方に時間を……」

「時間ならあんだろ」


 まだ、引き摺ってますね。


「アンネさん」

「は……はい」

「色々とありましたけど、冒険者関係だけでなく、生活の諸々も支援してくれて、ありがとうございます」


 王都で何一つ不便なく過ごせたのは、アンネさんが裏で調整してくれていたお陰です。

 アンネさんが言葉に詰まったように、口篭ってしまいました。


「リツカちゃん、今まで黙ってたけど」


 ロミーさんが見兼ねたのか、助け舟にやってきました。

 

「知っていますよ」

「やっぱり、気付いてたかい?」

「ロミーさんとアンネさんが友人と知った時から、違和感くらいの物ですけど」


 二人が私達の為に動いていたのは知っています。初日から少し違和感がありました。やけにすんなりと受け入れられた事もそうですし、仕事よりも息抜き感が強かったからです。


 でも、私はその優しさが嬉しかった。

 ロミーさん達は、お節介をしてしまったと思っているようですけれど、私達はそれをお節介とは思っていません。


「朝走ってる時、声をかけてもらえて嬉しかったです」

「差し入れの一つも出来なかったけどね」

「少し早めにお花が見れましたから」


 じっと眺める事は出来ませんでしたけど、ほんのりと香ってくる花の匂いは、朝の清涼感と共に私の気力を回復させてくれました。平和な朝を迎える度に、「生きた」という実感があったのです。


 ロミーさんに頭を乱暴に撫でられています。リタさんが苦笑いを浮かべていますけど、前された時とは違い、その手つきは優しいです。


「あんたも謝ってばっかないで、もっと話さないといけない事があるでしょ」


 図らずもロミーさんとのお別れの言葉になってしまいました。一歩下がったロミーさんに背中を叩かれ、アンネさんが再び前に押し出されます。


「ライゼ様の件を考える中で……カルラ様と陛下が、リツカ様とアルレスィア様の話をしているのを、聞きました」


 カルラさんが王都に行った時ですね。私の噂話や、リタさん達に色々と聞いたと伺っています。


「王都でのリツカ様と、カルラ様が出会った時のリツカ様は何処か、違うと感じました」

「違ってましたか」


 アンネさんは首を横に振りました。


 私は確かに、カルラさんと会った時と王都では、少し違うように感じられるかもしれません。出来るだけ多くの人に知って貰おうと、只管に前を見ていた頃が王都であり、カルラさんと会った時は迷っていた頃です。


「どちらも、リツカ様です」


 王都での私は、”巫女で在れ”と考えていた頃です。そう思っている時点で、私は”巫女”ではなかったのでしょう。迷って迷って、迷って。私は人と世界を知りました。今の私は”巫女”であり”人”です。


 では、昔は違ったのか。そうでは、ありません。”巫女”で在ろうとした時があるからこそです。


「リツカ様とアルレスィア様を縛り付けていたのは他でもなく、私でした」

「アンネさん……」

「お二人を知った気になって、助けになっている気になっていました」

「それは、間違ってます」

「え――?」


 アンネさんは私達という存在を理解し、その為に行動しました。それが間違いであったと、思ってしまっています。ロミーさんに頼んだ件も、演説も。でも、その考えこそ間違いです。


「最初にリッカは言いました。生活の面でもお世話になったと」

「私という存在は、この世界では曖昧です。異世界から来た異物なのです」


 これは自分を卑下している訳ではありません。アリスさんが言っているように、私は最初にお礼を言いました。


「アリスさんも、オルテさんからコルメンスさんへ伝えられた事だけの情報でしか、理解されてませんでした。私達は人々の想いで存在していたんです」


 凄く曖昧な存在です。私達という個人を見る事が出来たのは、会話を重ねた人だけなのです。国民からすれば、想像上の生き物が私達でしょう。


「そんな私達に形をくれたのが、アンネさんですから」


 自分を表に出すのが、私達は苦手です。私は恐怖心故に。アリスさんは過去の出来事故に。他者を信用出来る出来ないではなく、自分という人間を知ってもらおうという欲が欠如しているのです。


 だから、アンネさんが作ってくれた形はありがたい物だったのです。アンネさんは私達を理解しきれなかったと言っていますけど、充分理解していたと思っています。


「謝罪は無しですよ?」

「先に言われてしまうと、落とし所が分からなくなってしまいます。リツカ様……」

「ふふ。ライゼさんに慰めて貰って下さいね」

「っ!?」


 予想以上に吃驚されてしまいました。


「そのままの意味です。深い意味はありませんよ。アンネさん」

「あ、はい……。リツカ様は、そうでしたね……」

「うん?」


 意味が別に、あるのでしょうか。スラングは良く分かりません……。


「分かってますカ。お師匠さン」

「あん?」

「この集落にしろ飛行船にしろ、壁が薄いようですシ」

「下世話すぎる。ませ過ぎだ馬鹿娘三号」


 アンネさんは謝罪代わりと言わんばかりに、握手と同時に頭を深々と下げました。良く私は律儀と評されますけど、アンネさんに一番相応しいのではないでしょうか。



「私達の番で良いかなっ」

「今しか……渡せなさそう……」

「はい……」


 次は、リタさんとラヘルさん、クランナちゃんみたいです。三人同時でなくても良いのですけど、どうやら何か、贈り物があるようです。楽しみです。


 クランナちゃんがひしっと、私に抱き付きました。大人しいクランナちゃんには珍しい事ですけれど、寂しいと思ってくれて、嬉しいです。


「皆とも、もっと話したかったな」

「私も……。勉強の話とか、色々!」

「私、結構お馬鹿だったり。アリスさんを教師にして、お勉強会とかしたかったね」

「お母様仕込みなので、結構厳しいですよ」

「でも……学校の教師より……上手そう……」


 教師なアリスさん。何故かメガネをかけ、タイトなスカートで想像されてしまいました。向こうの学校での担任の姿ですね、これ。スーツなアリスさんも可愛い。


「アルレスィア様、リツカ様……これ……」


 涙を拭ったクランナちゃんが、紙袋から二つの包みを取り出しました。


「私にも、ですか?」

「はい……」

「開けてみても良い?」


 クランナちゃんが小さく頷きました。

 綺麗にラッピングされているので、包装紙を破かないように丁寧に開けます。少し柔らかいですね。


「アリスさん?」

「こっちは、リッカですね」

「クラウちゃんが、二人からお人形を貰ったと言っていたので……」


 クランナちゃんが、急遽作ってくれたようです。私達のお人形。カルラさんが持っている物より少しだけ笑顔が強調されています。


「ありがとう、クランナちゃん。凄く嬉しい」

「本当に、嬉しいです。手の部分が、ざらざらしているのは」

「こう、出来ます」


 マジックテープ、ですね。アリスさんと私が、手を繋ぐ事が出来る仕様となっています。


「わぁ!」


 クランナちゃん、本当に凄いです。


「私、貰ってばかりでしたから……」

「クランナちゃんからも、貰ってるよ」


 小動物的可愛さのあるクランナちゃんを一撫でします。クランナちゃんとの出会いは印象的です。その後も、何度か会う機会がありました。


 多分一番、”巫女”としての私達を実感している子だと思います。


 だから様付けじゃなくても良いと言っても、様付けのままだったりします。本当はもっと柔らかくて良いと思うんですけど、これがクランナちゃんにとっての自然なのです。


「クランナちゃんがあの時、リッカを見つけてくれました」

「見つけ……ですか?」

「はい。戦った事は分かっていても、血塗れという衝撃的な出来事に引っ張られていたのです。事態を正確に見られて、いませんでした」


 戦いが起こったという事よりも、私が血塗れで帰って来た事に意識が向いていました。私自身、自分の状態を忘れてしまうくらい、戦闘での傷は恐怖心を揺さぶってしまっていたのです。


 周りに気を使う事が、出来なかったのです。


 先程言ったように、異物である私がそんな状態で居た時点で、私という存在は変な方向で確立しかけました。


 でもクランナちゃんが、素の私を見つけてくれました。


「父を助けて貰った事を素直に感謝する少女に、優しく接するリッカ。自然な光景がそこにはありました」

「あれがなかったら私、野蛮人だったかな」


 クランナちゃんも私も、そういった事を気にせず自然と接しました。アリスさんの視点は、それを見ていた国民達の視点です。


 アリスさんはその時、安堵したのです。野蛮人になりかけた私が救われたのですから。あの時、あの場で、ありのままの私を見ていたのは、アリスさんとクランナちゃんだけだったかもしれません。


「私達もちゃんと、クランナちゃんの優しさに助けられてたよ」

「……っ」


 再び抱き付いたクランナちゃんの背中を撫でます。そしてアリスさんは、頭を撫でました。


 別れは悲しいものです。だから今は泣いても良いと思います。その代わり、最後に笑顔で手を振りましょう。


「リタさんとラヘルさんも、友達になれて嬉しかった」

「うん……っ」

「……」

「私友達少ないから、どんな話したら良いか分からなかったりしたけど」

「それ、初耳だよ……っ」

「話してない事、ばっかりだね」


 今なら包み隠さず、言えます。でも、何でこんなに遅かったのでしょう。これもまた、後悔です。


「笑顔で送るつもり、だったのに……」

「リタ……」

「リタさん……」


 三人とも、笑顔で送ろうとしてくれたようです。でも、流れる涙を止める事が出来なかったのでしょう。


 私も、ちょっと潤んでいます。


「リタさん、ラヘルさん。クランナちゃん。ありがとう」

 

 出会った順は、クランナちゃん、ラヘルさん、リタさん、ですね。ラヘルさんとは、日用品を買いに行った時に知り合いました。同じくらいの年頃なのに、働いている。それがちょっと良いなって思ったのです。


 電卓とか算盤とかないのに、暗算でぱぱっとするのです。数字が苦手な私にとっては、どうやっているのか聞きたいくらいでした。


 三人と順々にハグしていきます。お別れ会なのに、まだ居たいって気持ちがどんどん膨れていきます。本当に私、こっちの世界が好きなんだなって、思います。



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