最後の日⑥
次の方は、ライゼさんに背を押されて出てきました。
「他の方に時間を……」
「時間ならあんだろ」
まだ、引き摺ってますね。
「アンネさん」
「は……はい」
「色々とありましたけど、冒険者関係だけでなく、生活の諸々も支援してくれて、ありがとうございます」
王都で何一つ不便なく過ごせたのは、アンネさんが裏で調整してくれていたお陰です。
アンネさんが言葉に詰まったように、口篭ってしまいました。
「リツカちゃん、今まで黙ってたけど」
ロミーさんが見兼ねたのか、助け舟にやってきました。
「知っていますよ」
「やっぱり、気付いてたかい?」
「ロミーさんとアンネさんが友人と知った時から、違和感くらいの物ですけど」
二人が私達の為に動いていたのは知っています。初日から少し違和感がありました。やけにすんなりと受け入れられた事もそうですし、仕事よりも息抜き感が強かったからです。
でも、私はその優しさが嬉しかった。
ロミーさん達は、お節介をしてしまったと思っているようですけれど、私達はそれをお節介とは思っていません。
「朝走ってる時、声をかけてもらえて嬉しかったです」
「差し入れの一つも出来なかったけどね」
「少し早めにお花が見れましたから」
じっと眺める事は出来ませんでしたけど、ほんのりと香ってくる花の匂いは、朝の清涼感と共に私の気力を回復させてくれました。平和な朝を迎える度に、「生きた」という実感があったのです。
ロミーさんに頭を乱暴に撫でられています。リタさんが苦笑いを浮かべていますけど、前された時とは違い、その手つきは優しいです。
「あんたも謝ってばっかないで、もっと話さないといけない事があるでしょ」
図らずもロミーさんとのお別れの言葉になってしまいました。一歩下がったロミーさんに背中を叩かれ、アンネさんが再び前に押し出されます。
「ライゼ様の件を考える中で……カルラ様と陛下が、リツカ様とアルレスィア様の話をしているのを、聞きました」
カルラさんが王都に行った時ですね。私の噂話や、リタさん達に色々と聞いたと伺っています。
「王都でのリツカ様と、カルラ様が出会った時のリツカ様は何処か、違うと感じました」
「違ってましたか」
アンネさんは首を横に振りました。
私は確かに、カルラさんと会った時と王都では、少し違うように感じられるかもしれません。出来るだけ多くの人に知って貰おうと、只管に前を見ていた頃が王都であり、カルラさんと会った時は迷っていた頃です。
「どちらも、リツカ様です」
王都での私は、”巫女で在れ”と考えていた頃です。そう思っている時点で、私は”巫女”ではなかったのでしょう。迷って迷って、迷って。私は人と世界を知りました。今の私は”巫女”であり”人”です。
では、昔は違ったのか。そうでは、ありません。”巫女”で在ろうとした時があるからこそです。
「リツカ様とアルレスィア様を縛り付けていたのは他でもなく、私でした」
「アンネさん……」
「お二人を知った気になって、助けになっている気になっていました」
「それは、間違ってます」
「え――?」
アンネさんは私達という存在を理解し、その為に行動しました。それが間違いであったと、思ってしまっています。ロミーさんに頼んだ件も、演説も。でも、その考えこそ間違いです。
「最初にリッカは言いました。生活の面でもお世話になったと」
「私という存在は、この世界では曖昧です。異世界から来た異物なのです」
これは自分を卑下している訳ではありません。アリスさんが言っているように、私は最初にお礼を言いました。
「アリスさんも、オルテさんからコルメンスさんへ伝えられた事だけの情報でしか、理解されてませんでした。私達は人々の想いで存在していたんです」
凄く曖昧な存在です。私達という個人を見る事が出来たのは、会話を重ねた人だけなのです。国民からすれば、想像上の生き物が私達でしょう。
「そんな私達に形をくれたのが、アンネさんですから」
自分を表に出すのが、私達は苦手です。私は恐怖心故に。アリスさんは過去の出来事故に。他者を信用出来る出来ないではなく、自分という人間を知ってもらおうという欲が欠如しているのです。
だから、アンネさんが作ってくれた形はありがたい物だったのです。アンネさんは私達を理解しきれなかったと言っていますけど、充分理解していたと思っています。
「謝罪は無しですよ?」
「先に言われてしまうと、落とし所が分からなくなってしまいます。リツカ様……」
「ふふ。ライゼさんに慰めて貰って下さいね」
「っ!?」
予想以上に吃驚されてしまいました。
「そのままの意味です。深い意味はありませんよ。アンネさん」
「あ、はい……。リツカ様は、そうでしたね……」
「うん?」
意味が別に、あるのでしょうか。スラングは良く分かりません……。
「分かってますカ。お師匠さン」
「あん?」
「この集落にしろ飛行船にしろ、壁が薄いようですシ」
「下世話すぎる。ませ過ぎだ馬鹿娘三号」
アンネさんは謝罪代わりと言わんばかりに、握手と同時に頭を深々と下げました。良く私は律儀と評されますけど、アンネさんに一番相応しいのではないでしょうか。
「私達の番で良いかなっ」
「今しか……渡せなさそう……」
「はい……」
次は、リタさんとラヘルさん、クランナちゃんみたいです。三人同時でなくても良いのですけど、どうやら何か、贈り物があるようです。楽しみです。
クランナちゃんがひしっと、私に抱き付きました。大人しいクランナちゃんには珍しい事ですけれど、寂しいと思ってくれて、嬉しいです。
「皆とも、もっと話したかったな」
「私も……。勉強の話とか、色々!」
「私、結構お馬鹿だったり。アリスさんを教師にして、お勉強会とかしたかったね」
「お母様仕込みなので、結構厳しいですよ」
「でも……学校の教師より……上手そう……」
教師なアリスさん。何故かメガネをかけ、タイトなスカートで想像されてしまいました。向こうの学校での担任の姿ですね、これ。スーツなアリスさんも可愛い。
「アルレスィア様、リツカ様……これ……」
涙を拭ったクランナちゃんが、紙袋から二つの包みを取り出しました。
「私にも、ですか?」
「はい……」
「開けてみても良い?」
クランナちゃんが小さく頷きました。
綺麗にラッピングされているので、包装紙を破かないように丁寧に開けます。少し柔らかいですね。
「アリスさん?」
「こっちは、リッカですね」
「クラウちゃんが、二人からお人形を貰ったと言っていたので……」
クランナちゃんが、急遽作ってくれたようです。私達のお人形。カルラさんが持っている物より少しだけ笑顔が強調されています。
「ありがとう、クランナちゃん。凄く嬉しい」
「本当に、嬉しいです。手の部分が、ざらざらしているのは」
「こう、出来ます」
マジックテープ、ですね。アリスさんと私が、手を繋ぐ事が出来る仕様となっています。
「わぁ!」
クランナちゃん、本当に凄いです。
「私、貰ってばかりでしたから……」
「クランナちゃんからも、貰ってるよ」
小動物的可愛さのあるクランナちゃんを一撫でします。クランナちゃんとの出会いは印象的です。その後も、何度か会う機会がありました。
多分一番、”巫女”としての私達を実感している子だと思います。
だから様付けじゃなくても良いと言っても、様付けのままだったりします。本当はもっと柔らかくて良いと思うんですけど、これがクランナちゃんにとっての自然なのです。
「クランナちゃんがあの時、リッカを見つけてくれました」
「見つけ……ですか?」
「はい。戦った事は分かっていても、血塗れという衝撃的な出来事に引っ張られていたのです。事態を正確に見られて、いませんでした」
戦いが起こったという事よりも、私が血塗れで帰って来た事に意識が向いていました。私自身、自分の状態を忘れてしまうくらい、戦闘での傷は恐怖心を揺さぶってしまっていたのです。
周りに気を使う事が、出来なかったのです。
先程言ったように、異物である私がそんな状態で居た時点で、私という存在は変な方向で確立しかけました。
でもクランナちゃんが、素の私を見つけてくれました。
「父を助けて貰った事を素直に感謝する少女に、優しく接するリッカ。自然な光景がそこにはありました」
「あれがなかったら私、野蛮人だったかな」
クランナちゃんも私も、そういった事を気にせず自然と接しました。アリスさんの視点は、それを見ていた国民達の視点です。
アリスさんはその時、安堵したのです。野蛮人になりかけた私が救われたのですから。あの時、あの場で、ありのままの私を見ていたのは、アリスさんとクランナちゃんだけだったかもしれません。
「私達もちゃんと、クランナちゃんの優しさに助けられてたよ」
「……っ」
再び抱き付いたクランナちゃんの背中を撫でます。そしてアリスさんは、頭を撫でました。
別れは悲しいものです。だから今は泣いても良いと思います。その代わり、最後に笑顔で手を振りましょう。
「リタさんとラヘルさんも、友達になれて嬉しかった」
「うん……っ」
「……」
「私友達少ないから、どんな話したら良いか分からなかったりしたけど」
「それ、初耳だよ……っ」
「話してない事、ばっかりだね」
今なら包み隠さず、言えます。でも、何でこんなに遅かったのでしょう。これもまた、後悔です。
「笑顔で送るつもり、だったのに……」
「リタ……」
「リタさん……」
三人とも、笑顔で送ろうとしてくれたようです。でも、流れる涙を止める事が出来なかったのでしょう。
私も、ちょっと潤んでいます。
「リタさん、ラヘルさん。クランナちゃん。ありがとう」
出会った順は、クランナちゃん、ラヘルさん、リタさん、ですね。ラヘルさんとは、日用品を買いに行った時に知り合いました。同じくらいの年頃なのに、働いている。それがちょっと良いなって思ったのです。
電卓とか算盤とかないのに、暗算でぱぱっとするのです。数字が苦手な私にとっては、どうやっているのか聞きたいくらいでした。
三人と順々にハグしていきます。お別れ会なのに、まだ居たいって気持ちがどんどん膨れていきます。本当に私、こっちの世界が好きなんだなって、思います。