最後の日③
「メェ」
「この子」
「巫女様方のドルラームですよー」
オルデクで連れ帰った子です。マリスタザリア化が解けた動物。この子が居たから【フリューゲル・コマリフラス】の効果が上がったのではないかと、密かに思っています。
マリスタザリアから動物へ。中途半端な変質だったとはいえ、実行出来たのは、オルデクでの経験が活きています。
「天使様、この子!」
「そうだね。クラウちゃん達がえっと、運んでた子だよ?」
「わぁ!」
「メェェ」
クラウちゃんにも懐いています。理由は、言わずもがなでしょう。クラウちゃんが気にしていないとはいえ、率先して思い出したい事ではないでしょうから。
「羨ましい」
「アイツは巫女様達と一緒に”神林”に行くらしい」
「俺もドルラームに生まれ変わりたかった……」
「この馬鹿共……巫女様達の感謝に泥塗るような事しないでよ!!」
「気持ちは分かるっすけどね」
なにやら、牧場の方達とレイメイさん達が雑談してます。ちなみにジーモンさんは、牧場の方達の護衛です。一応まだ、街の外に出るのに護衛は必要なのです。用心は重要なんです。
「居たのか、お前」
「”神林”まで行きたかったっすけどね。ディルクさんに怒られたんすよ」
「ああ、酔い潰れてたからな」
「それをサボリさんが指摘するんですカ。ところでアーデさんは何処行ったんでス」
「……仕事で帰った」
「付いて行けば良かったのニ」
「うっせぇ」
「整備娘に、巫女様の護衛は最後までやりなさいと言われとったぞ」
「てめ、何処で聞いてやがった!?」
アーデさんも”神林”に行ってみたいと思っていたようですけれど、大口の仕事らしく帰ってしまいました。
ああ、牧場でそんなに暴れないで下さいよ。ライゼさんとレイメイさんは元気ですね。まぁ……余りにも酷くなるようなら介入します。
「この子がアリス達が言ってた子ね」
「はい。よろしいでしょうか」
「ええ。モコモコね。子供達の防寒着に良さそう」
「メェ」
任せろと言わんばかりに、ドルラームが一鳴きしました。名前とか付けた方が良いでしょうか。それとも、エルケちゃん達に命名権を?
それにしても、このドルラームは人懐っこいですね。エリスさんやエルさんにも撫でて欲しいと近寄っています。
「間近で動物と触れ合う機会に恵まれなかったので、良いものね」
「そうだね。僕も余り」
コルメンスさんも撫でようと手を伸ばしましたけど、ドルラームは避けてしまいました。
「アナタも撫でてみますか?」
「む……うむ」
そうですね。これからはゲルハルトさんの治める集落で過ごすわけですから――。
「……」
「メェ」
「雌ですか?」
「雌ですね。ドルラームは雄雌の区別がつき難いようですけれど、オルデクの酪農家さんが確認済みです」
「リツカお姉さん達に救われたかラ、女性好きなんじゃないですカ」
「私も撫でてみようかな」
「クランナちゃん! ここもこもこ!」
お世話は、女性の方がするしかなさそうですね。女性なら大人しく、いう事を聞いてくれる良い子です。大丈夫。
「そろそろ出発出来ますぜ。お姫様方」
「リツカ。あの二人止めて来て欲しいの」
「そうですね。そろそろ刀まで抜きそうな勢いですし」
殴り合いで止まっている間に止めて起きましょう。
「俺はまだ手前ぇを完全に許したとは言ってねぇぞ」
「許してねェ奴と酒飲んでたんかお前は」
「酒は別だ。隊長が居たから付き合ってやったんだよ」
「んだぁ? ディルクとなら飲み明かせるってか?」
「隊長の方が俺の事理解してんじゃねぇか?」
「流石の俺もキレる時はあんぞ!?」
あー、刀に手が伸びてしまいましたね。声を掛けるだけにしようと思いましたけど、そこまでいくとダメです。
「うっせぇ! 駄目親父がッ!!」
「駄目な自覚はあんが、ディルクも人の事言えんぞ!!」
「後でディルクさんに言っとくっす」
「うっせぇ!」
「てめぇは論外だスケコマシが!!」
「何すか! 独り身だから良いじゃ――」
「そこまで」
ライゼさんの背後から右から足払いし、頭を左から地面に向けて押します。その後活歩にてレイメイさんの正面に近づき、本能で引いてしまったレイメイさんの背後へ移動し襟を持ち地面へと。
二人共熱くなりすぎです。牧場の土は柔らかいので、痛くはないでしょう。
「ジーモンさんも、何かしようとしていたようですけど」
「いえ。何もしてないっす」
「そうですか。二人共、出発ですよ。頭を冷やしてから来てください」
「私が冷やしましょうカ」
「辞めろ……」
(勝てねぇ……)
多少の喧嘩は許容してますけど、刀を抜いたらじゃれ合いでは済みません。親子の確執があるのは知っています。でも、レイメイさん。照れ隠しにしては暴言すぎです。ライゼさんはライゼさんで、レイメイさんの事になると短気ですし。
「お見送りくらい、争い無しでお願いしますよ」
「ああ……」
「おう……」
船に乗り、牧場の方達に見送られながら”神林”へ向かいます。そこまで高度は上がりませんけど、王都が一望出来ますね。
そしてこの、南の坂を下りて来たんです。
「野宿をしたのは、行き掛けの時だけでしたね」
「うん。シーアさんが、船を貸してくれたから」
「野宿したんですカ?」
「そうだけど、野宿って言う程野宿じゃなかったかも。お風呂は入れたし、アリスさんの料理は外でも美味しかったし」
魔法の便利さを知った時ですね。戦う為ではなく、生きる為の魔法。それに私は魅せられました。私は結局使えませんでした、けどね。”神化”して、【愛する者】を発動させても、使えるのはアリスさんの特級だけです。
「お風呂入ったんでス? こんな開けた場所ででス?」
「ん? うん」
(感知があるからでしょうけド、無防備すぎまス)
「淑女として、これからは気をつけるの」
「それもそっか。少し軽率すぎだったかも」
自分の感知に絶対の自信を持っていた頃です。それでも、もしもがありましたね。これから役に立つかは微妙なところですけど、気をつけておきましょう。
「お父さんとはこの辺りで会ったんですか?」
「もう少し先ですね。荷馬車で移動していた所、馬がマリスタザリア化したようです」
思えばあれも、アレスルンジゅの実験だったのでしょうか。戦闘後緩んだはずの悪意で、馬がマリスタザリアになりました。見たかったのは、私達の感知と魔法?
「散らばった荷物が勝手に戻るのは凄かったなぁ。魔法みたいって思っちゃって」
「何言ってんだコイツ」
「リッカの世界でも空想の魔法はあるんです。戦闘だけでなく、生活の全てに魔法の補助があるという事に目を輝かせて」
「わ、わー! わー!」
巫女一行だけの時なら、もはや諦めもありますけど、クラウちゃんやクランナちゃんに、そんな乙女チックな部分を見られるのは恥ずかしかったり!?
「私達にとっては生まれた時から当たり前の光景ですけド」
「リツカにとっては童話の中に入り込んだ感覚だったの」
「真面目に考察しないでね? 恥ずかしさが倍増しちゃう……っ」
(天使様、可愛い!)
(私達の前でも、もっと普通で良いと思うんです)
「リツカさんは形から入る人だからなぁ」
とことん、格好良い赤の巫女のままでは居られないようです。
”神林”集落に、この大きさの飛行船を止められる場所はありません。少し離れた場所に止めて、集落に入ります。懐かしい光景です。ここからでも感じます。帰ってきました。
既に集落に、帰還は伝わっているはずです。丘の上には見張りさんが居ましたから。
「わくわくしてますネ」
「え?」
「スキップしてるの」
久しぶりの”森”に、心が踊りすぎていたようです。
「皆様ならば問題ないでしょうが、森へは入らぬようお願いします」
「はい。もちろんです」
”森”の力が弱まっている時、元”巫女”でも無い限りは入ろうという気持ちにすらならないのが”森”です。調整が済んだ今ならば、警戒の必要はないと思います。
何よりここには、”森”と”巫女”を知っている人達しか居ません。
「あの門より先が集落です。多分、オルテが待ってるわ」
「会うのは久しぶりだなぁ。元気でしょうか」
「はい。鍛えていますからな」
「リツカから聞いとる。結構やれるとな」
「滞在中、鈍らねぇですみそうだな」
オルテさんと戦う気ですか。アリスさんの護衛なんですから、怪我させないで下さいよ。
約束がまた一つ、完遂しようとしています。帰還の報告もそうですけどまずは、約束を果たしましょう。
船での会話を追加するという案は、外伝にとっておこうと思います!