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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
65日目、掴めなかったのです
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最後の日②



 ”神林”への凱旋、と言うべきでしょうか。その一行が集まりました。


「怒りはしないけど、徹夜したわね」

「今日だけは許して下さい」

「ええ。でも、午後から辛いわよ?」


 エリスさんには、私達が徹夜した事がバレてしまっています。徹夜をした事がないので分からないのですけれど、どうやら疲れは午後からくるようです。


「徹夜で何をしていたんでしょウ」

「シーア」

「わらわも気になるの」

「思い出話をしていただけです」

「今夜までもたないかもだから」


 もう右手は輪郭だけです。体も少し透けています。


「わらわ達もリツカと話したかったの」

「我慢したんですから話して下さいヨ」

「船の上で話すので、もう少し我慢して下さい」

「神さまにどれくらいもつか聞くから。明日までもてば良いんだけど」


 せめてもう一夜くらい、”神林”での時を過ごさせて欲しいです。


 昨夜は、アリスさんと二人きりは最後という予感があったので、優先させてもらいました。ですけど今夜は、皆で女子会……男性も居るから別物? とりあえず、カルメさん抜きなのが心残りですけど、女子会もどきをしたいです。




 ツアー旅行前のような雰囲気のまま、牧場の船まで向かいます。ライゼさんは途中合流らしいです。アンネさんとの時間を割いてまで、剣を直してくれています。オルテさんにはすぐに分かってしまうでしょうけど、世界一の刀剣鍛治が直してくれるので、許して下さいね。


 ”神化”後の魔法で強化してたのに折れるなんて、ほんと……アレスルンジゅは強かった。圧倒できるだけの力を感じていました。なのに、【愛する者】を使わなければ危なかったのですから。


「想い、かぁ」

「アルツィアさまに、その後を聞いてみましょう。魂の件もありますから」

「うん。リチぇッカの事も、気になるかな」

「そう、ですね。あの子も昇ったんでしたね」


 私が恐怖心を知らずに、悪意に染まっていたら、リチェッカになるでしょう。幼い私がそのまま成長したような、ズレを感じてしまいました。でも、別人です。あの子はリチぇッカ。六花立花ではありません。


 広場を通り、大通りへ入りました。朝という事で大声は出していないものの、熱気というか、住民の皆さんからの視線は熱いです。市場の方達も、朝の仕入れや商品の陳列があるのに来てくれています。この大通りを歩くのも最後です。


 市場とギルドくらいしか用事がなかったですけど、喫茶店やお菓子屋さんとかも、寄っておきたかったですね。


「シーアさんに奢ってなかったね」

「またいつかで良いですヨ」

「ん?」

「リツカお姉さんは約束を破りませんからネ」


 シーアさんも、無茶を言いますね。でも……そういう約束、嫌いではありません。


「頑張らないとね」

「私が実現してみせましょう。リッカがこちらに来れるように」

「アルレスィアならやれそうなの」


 自由に行き来出来るというのは、問題があるかもしれません。向こうとこちらでは魔法の有無という差が激しいです。それらが繋がり続けるというのは危険かもです。


 でも、凄く魅力的ですね。


「子供の方が、何歩も先に行っちゃうわね」

「成長著しいのは嬉しいけど、複雑」

「手元を離れるのが早くて早くて……寂しいわ」

「そ、そういう物なのですか……?」

「ええ。あなたも子供を生めば分かるわ」


 大人の会話、ですね。アンネさんとフランカさんも興味津々に聞いています。子供の成長の早さは実感しています。クラウちゃんやクランナちゃんの、何と逞しい事か。シーアさんやカルラさん、カルメさんといった、王族という環境下に居た訳でもないのに、遥か先を見据えて常に勉強をしているのですから。


 子供繋がりで言えば、エルケちゃんとエカルトくん、元気でしょうか。エリスさんは、自分で確かめた方が良いわと、教えてはくれませんでした。”神林”に着けば旅は終わりですけど、二人に会えるのは楽しみの一つです。


「奢りはいつかで良いと聞こえた気がしたんだが」


 ライゼさんが剣片手にやってきました。


「お師匠さんにはこれヲ」

「あん? 何だこの金額は」


 領収書、でしょうか。そういえば休憩中とかパーティの時に、ジーモンさんが随時差し入れしていたような。


「ボーナス全部飛ぶな。まぁ頑張れよ」

「待て、お前の名前も書いちょる」

「あ゛!?」

「例の約束を果たせなかったサボリさんの罰でス」

「何だ約束って」

「ですかラ」


 シーアさんがレイメイさんに小声で何か伝えています。そしてレイメイさんの顔が曇って、その話は終わりました。二人がニ分割で払うようです。何を言われたかは分かりませんけど……ご愁傷様です。


「魔性の女になるぞ。あれは」

「その片鱗はあるな」

「魔女ですからネ」

「頼りになるの」

「そういう意味じゃないと思うわよ、シーア、カルラさん。はぁ……」


 エルさんが謝ってライゼさんから領収書を取ろうとしました。多分、自費で立て替えるつもりだったのでしょう。しかしそこは男の意地なのでしょうか。ライゼさんは領収書を仕舞い込みました。


「これで良いか」


 そして私に剣を投げ渡しました。相変わらず、危ないですね。全く。”強化”してないと、私は普通の女の子なんですよ。


「大男を投げ飛ばす奴を女とは」

「何か言いましたか? レイメイさん、ライゼさん」

「俺は何も言っとらんぞ。馬鹿息子はどうか知らんが」

「……」


 なんか、懐かしいですね。王国の大通りでこんな馬鹿騒ぎするのは。


「お馬鹿騒ぎの中心人物が他人事になってますヨ」

「街の噂を聞いて回ったらリツカの話題ばっかりだったの」

「異世界って所で盛り上がっとったからな」


 多分、私を知る前は皆、コルメンスさんが変な電波に毒されたと思ってしまったのではないでしょうか。異世界なんて、その場で見ないと信じられませんよ。


「どこかの誰かの所為で、変な渾名つけられたなぁ」

「そうでしたね。まだ、そのケジメをつけてもらっていませんね」

(墓穴って奴か)


 最終的には、何でしたっけ。血塗れ大食い巫女森馬鹿怪力娘? 納得出来るのなんて、血塗れと森、巫女馬鹿くらいじゃないですかね。


 さて、雑談も程ほどにして、皆の声援に応えながら牧場に向かいましょう。昨日のお礼も程ほどだったんですから、ちゃんとお礼しないと。




 既に、いつでも飛び立てるようです。とんとん拍子に出発出来るのが、複雑……こんな気持ち初めてです。心から喜んでいると確信しているのに、翳っているとも感じる。


 この二面性こそ、人の証なのでしょう。嬉しいのに悲しい、寂しい。私は此方に来て、大きく成長したと実感しています。幼稚な行動ばかりだった向こうの私があっての今だとは思います。稚拙な正義感とボランティア精神で始めた選任冒険者という仕事。命の重さと輝きを目の当りにして、自身の死を感じた事で生まれた新たな道。


 この牧場も、その一つ。色々ありました。戦って、戦って、泣いて、笑って、です。


「お帰りになるのですな……」

「ありがとうございました。料理、美味しかったです」


 牧場の社長さん? と握手をします。最初に戦った後、お礼は良いって言ったのに、わざわざ手伝いを依頼してまでお礼されましたね。剣士様と呼ばれていたのも懐かしいです。


 今の私だと、”巫女”と否定するのでしょうか。アリスさんは怒ってしまうでしょうけど多分、強くは否定しませんね。私の剣にはアリスさんへの想いが込められています。剣士というのは剣に命を預ける者です。ならば私は、アリスさんに命を預ける者となります。


 剣士という言葉、嫌いではありません。


「何度も助けられましたな」

「私達もお世話になりました」

「我々がこうやって牧場を続けていられるのも、巫女様方のお陰です」

「私が正しい道を歩けたのは、皆さんの言葉があったからです」


 助けた、助けられたという関係では、私達は語れないでしょう。和ませてもらいました。美味しいお肉やミルクも頂けました。


 あの頃の私は、”巫女”である事が周知の事実になるにつれ、自分が分離していくような焦りに変わっていきました。


 アリスさんを、何をおいても助けたい自分と、守りたいと思った世界も第一に考えなければいけないという自分の間で、揺れていました。そんな時にくれたのです。アリスさんを優先しても、良いと。


 それは私が、アリスさんの事が好きだと気付かれたからでしょう。誰よりも大切にしていると、特別な存在と分かったからです。だから、優先して当然なのだと、教えてくれました。世界を救う為にやってきた”巫女”である私を、等身大で見てくれました。私もただの、人なんです。


 負い目があったアリスさんが、言いたくても言えなかった事を伝えてくれた人たちです。


 そこからです。助けなければいけない、ではなく……助けたいという、自然な気持ちになれたのは。


「子供だった、ね」

「お互いに、ですよ」


 背中を押してくれた牧場の方達に、私達は頭を下げます。


「ありがとうございました」

「皆さんの健やかな毎日を祈っています」

「こちらこそ……皆様から受けたご恩と命、無駄にはしません」


 牧場に戦いの痕は一切残っていません。削られた地面、燃えた牧草、壊れた柵に潰れた作業場。どれも、綺麗になっています。


 平和を現すように、ホルスターン達家畜は伸びやかに歩き回っているのです。


 この景色がいつまでも続くようにと……願っています。



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