最後の日
A,C, 27/04/29
徹夜をしたのは始めてです。それはアリスさんも一緒ですけど、不思議と気だるさはありません。ちょっとドキドキしすぎたのと……服もなくベッドに入り込んで抱き合っていたからか、現実味がないです。ぽやぽやしている、という言葉が妥当かもです。
「お風呂、入りましょう」
「ぅ、ん」
シーツで胸元を少し隠す仕草をしているアリスさんが、凄く……私の語彙では言葉が見つかりませんけれど、凄くどきどきします。飛びつきたいといった衝動が抑えられないので、抱きついて首筋にキスをしました。
朝の時間は限られているというのに、触れ合いに少し時間をかけてしまいます。私の右手はもう殆ど消えかかっていますけれど、手はあるのです。でも自分ではもう、そこにあるのか分からない。
その手で、アリスさんに触れます。この手は凄いんです。アリスさんに触れるとがつんとアリスさんの温もりや存在感が飛び込んでくるのです!
「今日の朝食は、私が食べさせますね?」
「うん。ありがとうっ」
左手でも食べられますけれど、あえて言葉にはしません。両利きなんて無粋な突っ込みはなしです。
裸のままというのも風邪を引いてしまうので、汗を流す程度にして直に服を着ます。帰るからといって、向こうの服は着ません。
向こうの服は、アリスさんに上げる事にしましたから。後程シーアさん達と分けるそうですけど、それについては喧嘩しない程度に、という事で。
アリスさんが私用にと作ってくれた巫女の服なのです。ちゃんと持ち帰って、大切にするんです。
ドレスは、白を選択しました。アリスさんに合わせたものなので、胸のぶかぶかさに直面したりしましたね。結局誤差くらいしか成長しませんでした。残念。
これを着ると、アリスさんに包まれてるみたい――って、ヘンタイさんっぽいですね、それ……。
アリスさんの瞳色のアルマンディン付きオルゴールに録音は……森でしましょう。イヤリングと腕輪をしっかりとつけて……腕輪、血で少しくすんでしまっています、ね。でも、今となっては勲章です。
刀の柄は、アリスさんが欲しいという事なのでプレゼントです。剣はライゼさんが預かっているので後程返して貰う、と。
持ち帰る物は一纏めにしてます。来た時は何もなかった私の手荷物は、大きめのキャリーバッグに入るくらいになっています。思い出の重さです。
着替えを終え、アリスさんが料理を作っている間に部屋を軽く掃除します。シーツは洗って、と思ったのですけど、アリスさんの匂い……凄くします。
「リッカ。シーツは持ち帰ります、ので」
「あっ」
シーツに顔を埋めている姿を見られてしまいました。
「そちらを嗅がなくても、私に抱きついてくれれば……」
「あ、あはは……つい」
ほんと、私……アリスさん限定でヘンタイさんですね。
朝食はアリスさんのスープと、私が教えた和食を、アリスさんがアレンジした物です。香りだけで美味しいと分かります。
食に関しても、アリスさんには大きく助けられました。海外旅行で一番困るのは食事、と父が言っていた事があります。でも私は食事で困った事がありません。
見たことがない料理の数々でした。でもアリスさんのスープは、私の食への不安を払拭してくたのです。
「ふー。ふー。はい、リッカ」
「あー、ん」
朝飲むスープの、なんと甘美なものでしょう。温かな陽気とは言えない日です。少し太陽が隠れていますし、風も少し強い。そんな日に飲むアリスさんのスープは、フルマラソンの後の水のような、命の水というのでしょうか。
いつ飲んでも美味しいんですけど、アリスさんの手ずから飲むスープは格別です。
(優艶です……。あんなに触れ合ったのに、足りないって心が……)
「んむ」
アリスさんの指が私の唇に触れ、そのまま口中に入ろうとしています。舌や、歯を撫でられるという経験も、初めてです。
「んっ、ちゅ……」
「……」
怪我をした時に、指を舐めてもらった事があります。でも、これは……違う気が、します。
「はっ……」
ぼーっと、恍惚の表情で私の口内をまさぐっていたアリスさんが、ハッとした表情を浮べて、指を抜きました。
「え……あ、美味しかった、ですか?」
(わ、私は何を聞いているのでしょうっ)
「美味しかった、よ?」
「あう……」
動揺してしまっているアリスさんに、私はクスクスと微笑みかけます。真っ赤に赤面するアリスさん、可愛い。
ちょっとだけ本当に、美味しいと思っていたのは内緒です。これ以上ヘンタイさんにはなれませんから、内緒です。
食事を終え、簡素ながら掃除をして――請求書の代金、ゼロが一つ足りないんじゃないかなぁとか思いながら、支払いを終えて王宮を目指します。
足りない分の代金は、部屋に置いてきました。
支配人さんとの思い出もしっかりあります。最初は、コルメンスさんに紹介されて来たんでしたね。一時の宿のつもりでしたけど、居心地が良かった。アルバイトをする代わりに宿代を安くしてもらいました。
アルバイトも新鮮でした。私達が経験する事はなかったであろう事です。向こうでもバイトをする機会があったら、やってみましょう。結構楽しいものだと知りましたから。
ここは第二の家です。そういった意味込めて書いた手紙を一緒に置いています。
「”神林”に誰が行くんだっけ」
「巫女一行と、コルメンスさん、エルさん、カルメリタさん、カルラさん、アンネさん、リタさん、ラヘルさん、クラウちゃんクランナちゃん、ロミーさん、フランカさんですね」
エリスさんとゲルハルトさんは当然として、大所帯ですね。多分”神林”に、こんなに大人数で訪れた方達は居ないのではないでしょうか。
「ドリスさん達は、オルデクに?」
「はい。昨夜の内に帰ったそうです。仕事があるそうですから」
オルデクの子供達も帰ってそうですね。最後に会いたかったのですけど、残念です。晩餐会に呼んでいたはずなんですけど、レイメイさんの子供達や街の子供達と、街で遊ぶ方を選んだそうです。元気なのが一番ですからね。境遇を考えれば、皆で楽しく遊んでくれていた方が安心出来ます。
広場に出ると、既に人が大勢居ました。朝の活動には早すぎると思うのですけれど、祭りの余韻でしょうか。
「支配人さんが掲示板に書き込んでいましたから、それで私達の帰郷を知ったのかもしれません」
「あー、そういえば……。バイト用の有効活用、なのかな」
宿の掲示板に書くと、連携している掲示板にも書き出されるという魔法が込められています。会員限定とはいえ、かなりの数が王都内にあるようで、今の広場の状況に繋がるみたいですね。
王宮で皆の準備を待ちながら、最後に中庭の核樹を見に来ました。核樹の機能はないようですけど、しっかり核樹です。私達が”神化”したからなのでしょうか。核樹が凄く喜んでいる気がします。
「まだまだ幼いね」
芽吹いたばかりです。元気はありそう。新緑の芽は青々しく煌いています。露が滴っていて、陽光を吸収しているようです。
「何千年と成長を続けますから、核樹にしてみればまだまだ生まれたばかりなのかもしれません」
「何千年かー。私達も見届けられるのかな」
「アルツィアさまの言う通りであれば、天上で共に、ですね」
と、死後の話は無粋すぎましたか、ね。でも、いつか来るのです……。だから私は少しだけ、その時を夢想するのです。
生まれた時が運命的に同じであったのなら、運命的な死を迎えられるでしょうか。もしそうなら……私が長生きすれば、アリスさんも長生きする事に繋がるのでしょうか。
死後同じ場所に行けると思っていても、アリスさんの死を考えたくありません。
「見届けられるなら、ここで良いのか気になるかも」
「育ち辛そうですか?」
「んー、土壌は問題なさそうだけど……核樹に合うかどうかは」
神さまが居ないとダメとか、ないですかね。普通の木に必要な栄養とは別に、神格というか神さまのオーラ的な物が必要とかはないでしょうか。私達の想いで咲いてくれたのですから、”神林”にお持ち帰りしたいのは山々なのです。でも、この核樹は……神さまによって王都に寄贈されたものです。でも、置いてけぼりは可哀相です。こんなに喜んでくれているのに。
「ダメ元で聞いてみますか?」
「んー……今のコルメンスさんなら、無理でも聞いてくれそうだから止めておく……」
私を感じる事は出来なくなるだろうけど、ちゃんと見てるからね。大きくなって欲しいという想いを込め、一撫でしました。