表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六花立花巫女日記  作者: あんころもち
64日目、平和の日なのです
893/934

ふるさと③



「天使様の歌?」

「凄く上手いってリタが言ってたよ」

「へぇ。それは聞きたいわね」

「わぁ!」


 ああ、クラウちゃんがあんなにもキラキラとした目で私を……。会場の外も、盛り上がってるようです。はぁ……やるしかなさそうです。向こうの世界でも一応、人前で歌う機会は何度かありましたからね……。


「私、こちらの世界の言葉では歌えませんよ」

「問題ないと思いますヨ」

「ああ、訳のわからん言葉で歌っとったな」

「しっかりと想いは伝わっていました。訳のわからない言葉ではありません」


 レイメイさんやシーアさんが聞いたのは、ドイツの子守唄でしたね。


 王都に居る人たちにも聞かせる事になってしまったので、舞台に上がる事になりました。演奏はありません。アカペラです。


「それじゃあ、An die Freude、歓喜に寄せてを」

 ベートーベン第九。よろこびの歌です。 


「――Freude(歓喜よ), schoener(美しい神) Goetter(の閃)funken(光よ),Tochter(楽園か) aus (らの)Elysium(娘よ)!」


 われらは情熱に満ち、天国に、なんじの聖殿に踏み入ろう。なんじの神秘な力は、引き離されたものを再び結びつけ、なんじのやさしい翼のとどまるところ、人々はみな兄弟となる――――。



 歌い終え、深呼吸をします。ほっとしました。意味は違いますけれど、これからの、この世界に捧げる歌です。

 何処までも高く、羽ばたく私達の翼が、皆さんを包み込みますように。


「ありがとうございました!」


 早口で静聴してくれた事に礼を言い、音がなくなった広場を後にして舞台袖に引きます。アリスさんが待っているので、抱き付きました。


「流石に恥ずかしいっ」

 

 皆、私に穴が空くんじゃないかってくらい見ていました。集中して聞いてくれたのは嬉しいですけど、もっとこう、軽く聞いてくれて良かったんですよ?

 声震えてなかったでしょうか?


「……」

「……?」


 アリスさんも黙ったままです。


「巫女さン。見惚れすぎなのは分かってますけド、それ以上はリツカお姉さんが可哀相でス」

「なの。リツカ不安になってるの」

「リツカ姉様、素敵だったので」


 良かった。しっかり歌は通じていたようです。


「私達も、淑女の嗜みとして習ってはいるけれど」

「リツカさん上手ねぇ」

「前のとは違うみたい」

「リツカ様凄い凄い!」

「凄く、震えるね!」


 クラウちゃんやクランナちゃんにも好評みたいです。エルさんやカルメリタさんから褒められるのは、違った意味で誇らしいですね。発声練習とかも、プロが行っているでしょうから、ちょっとだけ自慢できそうです。


 アリスさんの抱き締める力が強くなっていって、頭を撫でてくれました。そのまま、お城の方につかつかと私を抱き上げて連れて行っています。


「アリス? 待ちなさい」

「止めないで下さいお母様」

「気持ちは分かるけど、主賓が二人共居なくなるなんてダメでしょう」

「我慢なんて出来るはずが――」


 アリスさんとエリスさんが押し問答を初めてしまいましたけれど、結構遅れてやってきた広場からの歓声が、二人を止めました。


 盛り上がってくれて良かったです。狙っていたのかどうなのかは分かりませんけれど、丁度花火も上がり始めました。お祭りも最高潮を迎えていますね。


「うちで働かない?」

「冗談は止めてくださいよ、フロンさん」

(冗談じゃないんだけど)


 フロンさんも冗談が好きなんですかね。ただ歌うのと、演技が必要なオペラは別物ですよ。


 余興も終わった訳ですから、立食パーティをしましょう。シーアさんがじっと出店を見ていますから。




 パーティーは、神誕祭の時のように楽しいものでした。一分一秒が宝石のように輝いていて……かけがえのない思い出となって、きらきらと私の中に入って行くかのよう。


 でもやっぱり、寂しさ、寂寥感が拭えません。もし、送別会なるものがあるのなら、これがそうなのでしょう。私は向こうへ、アリスさんは森へ。再び元の場所で、務めを果たすのですから。


 寂しいけど、楽しい。きっと昔の私なら、寂しさが先行してしまい、別れの辛さや、アリスさんから離れる恐怖で、涙を流した事でしょう。でも今は、楽しいのです。

 アリスさんは私と共に在る。繋がっているのですから、楽しくて当然です。


「リッカ?」

「あ、ごめん。どうしたの?」

「いえ、リッカ……?」


 呆然としていたのか、アリスさんに呼び戻されました。それだけではないようで、アリスさんが私の手を見ています。


「あ――」

 

 私の右手が、透けて? アレスルンジゅが倒されて、この世界が調整されているのでしょう。その余波で、異物たる私が弾かれようとしているのかもしれません。

 この世界の正しい形に、私の居場所はないようです。


「明日までは、大丈夫かな」

「……」


 左手と顔さえ残っていれば、それで良いです。ちょっと、スプラッタな光景ですし、格好付きませんけど、贅沢は言えません。


「今度はちゃんと、付けるよ」

「はい。今度こそリッカの想いを、ここに」


 アリスさんが取り出したのは、私達の指輪です。もっとちゃんと、話をしたかったのですけど、この様子では長居出来そうにありません。


 だから、全ての想いを込める為に、今度こそ……。



「リツカを誘える雰囲気じゃないの」

「踊りたかったのですけど、残念ですので」

(リツカお姉さんの様子がおかしいです。巫女さん以外に隠し事をしている時の顔ですね)


 どうやら、舞踏会でもあるようです。ダンスの相手にと、カルラさんやカルメさんが私を指名してくれようとしていたようですけど、この手では、踊れそうにないです。


 一杯、約束が残っています。もう一度アリスさんと踊りたいとか、海を見たいとか、皇国に行くという約束も……残したまま、ですね。


「……」


 消えかけた手で、アリスさんの頬に触れてみます。しっかりと感触もあれば、温もりも感じるのです。なのに、自分の感覚がないのです。アリスさんを感じられるけど、自分は感じない。


「どうした」


 様子がおかしい私に、ライゼさんが声をかけました。それを皮切りに、気付いた人が壁になるように集まって来てしまったのです。隠せそうにないです。


「アリスさんと私には透けているように見えるんですけど」

「お前……」

「寄り道せずに、帰って来いって事みたいです」

「……」


 アリスさんが消えかけた手を握り締めてくれます。でも、自分の指の感覚がありません。アリスさんの熱と力が、直接脳に入ってくるような感覚です。


「アルツィア様モ、結構気が短いんですネ」

「きっと寂しがり屋なの」

「わらわもリツカ姉様の手を握っておきたいので」


 多分別れの時になったら、皆ともすると思います。でも、カルメさんは今夜、ツルカさんと共に発つそうです。立食パーティーに参加してくれていますけれど、自身の演説の事が気になっているのか、ツルカさんは上の空みたい。


「カルメさん」

「……ので」


 消えかけた手で握手をします。


「リツカ姉様の手の感触、ないので」

「じゃあ、こっち」


 アリスさん程強くではありませんけど、カルメさん達の熱も直接感じます。忘れたくない思い出として、一度はこちらで手を握るのも良いかもしれません。でも、左手でも握手しておきたいです。


 アリスさんには、私の感触が感じられていたはずです。きっと私の様に、直接触れるような物だったはず。それは、私が頬を撫でている時や、私の手を握り締めている時のアリスさんの表情から分かっています。


 でもやっぱり皆には、私の手の感触はないようです。それはつまり、私が居ないという事。魂で繋がっているアリスさん以外には、私という存在が消えようとしているのです。


 だから、少しでも多く、私を残したい。


 最後にカルメさんの頭を撫で、ハグをしました。ちょっと驚かれましたけれど、カルメさんの嗚咽が少し聞こえます。別れは悲しいですけど、私は笑顔でって、決めています。


「カルメさん。ありがとう」

「お礼はいらない、ので」

「うん。あの夜も言ったけど、私達はカルメさんに本当に感謝してる。今だって、これからだって、私達の想いを届けてくれる、カルメさんに」

「リツカ姉様……」


 北部だけではありません。これからは、王国を陰から支える、一人。


「ずっと、見守ってるよ」

「はい……リツカ姉様が安心出来るように、頑張りますので」

「頑張り過ぎないようにね? ゆっくりで良いんだ。カルメさんが大事なのも、変わらないから」

 

 頑張り屋で、私達と出会ってからは、私達の為に死力を尽くしてくれた事、伝わっています。だから……私達の想いは変わっていません。カルメさん、自分の身を最優先に、してくださいね?


 カルメさんとの別れを交わし、ツルカさんの所に向かいます。


「ツルカさん」

「リツカ様と、アルレスィア様?」

「悩んでるみたいなので、少し声をかけようと思いまして」

「はい……お二人の様に演説出来るか、不安で」

「コルメンスさんの時も思ったけど、私達と一緒じゃなくても良いと思いますよ」

「ツルカさんが感じた事を話してみて下さい」


 私達は聖人君子ではありません。人並みに好き嫌いがあります。表には出しませんけど、苦手な人物や赦せない人が居ます。


 ツルカさんはそんな人に入っていません。世間一般では、デぃモヌはアルツィア教の敵なのでしょう。弱者を食い物にしていた宗教ですから。


 そんな中でツルカさんは、自らの生命維持以上の贅沢をしていませんでした。他の教徒のように、突然振ってきた贅沢にしがみ付かなかった。そんなツルカさんだから、私達は尊敬すらしています。


「ツルカさんは紛れもなく、教主です」

「弱者の為に寄り添えるでしょう。弱者に手を差し伸べる事に躊躇はないはずです」

「自らの行いに疑問を抱き続けながらも、弱者の支えで在り続けたあなただからこそ」

「私達は任せたいと思っています」


 私は右手を差し出します。


「リツカ様、これ……」


 左手の人差し指を立て、何も言わないように、とジェスチャーをします。


 握手して、左手でもう一度します。


「……頑張ります!」

 

 一足先に、二人はセルブロさんと北部に戻っていきました。セルブロさんとも握手を交わしています。セルブロさんにも、お世話になりました。どうやらあの立食パーティーのお手伝いもしていたようです。


 アンネさんが、従者としてのコツ? とか聞いてましたけど、その光景は面白かったですね。ライゼさんが嫉妬する様なんてそうそう見られません。

 



 パーティーは終わり、私達は宿に帰りました。日記を書いて、ちょっと夜更かしして……徹夜したいところ、ですけどね。

 

「リッカ、少しだけ……目を閉じてください」

「ん」


 湯船に浸かり向かい合った私に、アリスさんはそうお願いしました。


(二の腕まで、薄っすらと……) 

 

 アリスさんが私の右腕を撫でています。


「少しだけ」

「――ぁっ」


 アリスさんの唇が私の鎖骨から、どんどん下へ下へと――。


「今日は……寝ずに、語り明かしましょう」

「んっん」


 返事の時にそこにキスするのは……変な声が出てしまいます。


 お風呂上りに、ベッドでごろごろしながら語り明かす事になりました。お風呂上りだからなのか、アリスさんの行為が頭から離れないからなのか、ぼーっとしています。多分、服を着ていないのも要因ではないでしょうか。


 倒錯感というか、背徳感? というか、凄く、いけない事をしているみたいで、どきどきします。


 そんな中でも、アリスさんとの話は途切れる事なく、刻々と時を刻むんです。少しでも長く、です。


 話しながら、アリスさんとの触れ合いは深くなっていきます。アリスさんに触れる手は、自分の意思とは関係なく動き、アリスさんが偶に悩ましい声を出してしまったり、ドキドキが加速していきます。

 

 お互い、完全に密着した状態での思い出話は、朝まで続きました。どこかで眠ってしまうかと不安でしたけれど、興奮状態だった私達が眠れるはずもなく…………。


 ベッドの上で交わされる言葉は、まるでダンスをしているかのように弾み、絡み合い、最後の夜を明るく照らし続けていました。


 

ブクマ評価ありがとうございます! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ