凱旋⑭
三人の宣誓が終わり、拍手が広場に木霊します。しかし皆考えているのでしょう。少し上の空です。でもそれは、コルメンスさん達の演説が心に響いた証です。
皆考えているのです。平和の為に、自分自身と会話しているのです。私が幼き自分と会話したように、皆も過去の自分を見つめ直しています。
「どう?」
「もっと苦労して欲しかったの」
「国民達にも響いているようですので」
この後、共和国や皇国でも三人は演説します。大使館については、カルメさんの計画が完遂出来たら発表という事になっているのです。今日この場で、カルメさんが皇姫という事が明るみになりました。後は、デぃモヌの演説を待つだけですね。
「お兄ちゃんも少しは王らしくなりましたネ」
「ええ、嬉しいわぁ。まだまだ革命軍リーダーとして未熟だった頃を知ってるから余計にね」
「俺が王国に来た時も、まだ頼りなかったな」
「最近まで似たようなもんだろ。戦争ん時も赤ぇのに説教食らったと聞いたぞ」
コルメンスさんが苦笑いを浮かべてしまいました。国王として、コルメンスさんに足りないのは経験でしょうか。思考や思想は気高い王者なのですから。
「演説、宣誓は以上となります。この後直、準備を終え次第次の演目に移ろうと思っております。ご来場の皆様も是非、お楽しみ下さい」
アンネさんによるアナウンスが始まりました。次の演目、何でしょう。
「次の演目って何ですか?」
とりあえず舞台袖に引いた私達は首を傾げます。どうやら、巫女一行以外は知っているようです。
「それはね、ロクハナ」
「え」
「お久しぶりです。アルレスィア様、リツカ様」
「エ、エレンさんと」
「フロレンティーナ、さん」
「そう睨まないで欲しいわね。ちゃんと反省してるんだから」
居るのは知ってましたけれど、どうしてここに――あっ。舞台のようなここって、そういう?
「次の演目は我々オペラ座による、復活公演となっております」
「座長さんも、お元気そうで何よりです」
「巫女様方のお陰ですよ。こうしてフロレンティーナがあんなにも熱を入れて練習」
「余計な事言わないで」
座長さんが苦笑いを浮かべて、フロンさんを見ています。どうやら、何かあったようですね。良い方向に、ですけどね。和やかなムードです。
「あの時はまともに見れなかったから、嬉しいね」
「はい。あの時は誰かさんの所為で大変でしたから」
「そうですネ。無茶した人が何人か居ましたネ」
演目は何でしょうか。あの時見れなかった巫女物語? それともコルメンスさんの話でしょうか。
「まともにねぇ。見れるかしら? 私なら赤面しちゃうと思うけど」
「一生懸命演じるので、後程感想を聞きたいと思っております」
フロンさんが意味深な事を言って立ち去ろうとしています。準備の邪魔をしてはいけませんね。
「お姫様方も、ちゃんと見てなさいよ」
「なの」
「一番いい場所から見てるわ」
「シーアから聞いてたオペラ。楽しみね」
何でしょう。フロンさんの視線が気になります。エレンさんの、凄いやる気も……赤面って何でしょう。
オペラの始まりは簡単です。一人の少女が湖から出てくるという場面から始まりました。登場人物は、月の巫女と太陽の巫女。月の巫女は白銀の髪。太陽の巫女は深紅の――。
「って、私!?」
「成程。私達に隠していたのは、これでしたか」
「巫女物語ですけド、お二人がモデルみたいですネ」
それは、赤面しますよ。かなり詳細な場面描写ですね。エレンさんが私でフロンさんがアリスさん、と。逆の方が、と思いましたけど、絶対スタイルで役を決めています。
正確な描写が多いですが、アリスさんとの距離感が遠いです。出会った当初ならこれくらいだろう、という感じですね。実際は、一緒にお風呂に入ったり抱き締めあったりですね。色々してます。
ああ、なるほど。たしかに恥ずかしいですね。私ってこんな台詞吐いたでしょうか。エリスさんがにこにことしています。集落での出来事はきっと、エリスさん経由ですね。でも、プライバシーは最低限保護されているようです。でも、かなり伝えられていますね……。
旅に出てすぐ戦った事も……? これは、クラウちゃんからでしょうか。結構端折ってはいますけれど、要所要所を押さえています。牧場や荷車防衛も。多分、この町の人に聞いたのでしょう。
でも、王都を出てからの話はどうするのでしょう。
その疑問は、すぐに解決しました。各町での出来事を、私達を知っている人達と台本作りしたのでしょう。勇者というか英雄色が強くなって演じられています。
実際はもっと、泥臭い旅だったのですけど……これも、英雄という特性を強くする為の? と、思ってしまいます。
でも実際は、私達に懐かしんでもらって、少しでも楽しんで貰おうと言うものです。そういう話作りになっています。
私を少し格好良くしすぎですけど、シーアさん達が言う、ちょっと抜けたところ? が、大袈裟になっています。私ってそんな、頭にお花畑でしたっけ? いえ、桃色なのは否定しませんけれど……。
ただ……ただですよ? 見なければいけないのに、私は見ることが出来ません。
「オペラも良いけど、今のリツカを見るのも楽しいの」
「アルレスィア姉様はずっとリツカ姉様を見ているので」
「こらアリス、リツカさん? ちゃんと見なきゃダメよ」
「今のリツカさんを見たいのは分かるけどね」
カルラさん達も、エルさん達も、意地悪です。こんな、自分がいかに格好良いかとか、優しいかとか、そんな物を見せつけられているんですよ!? 他者から見た評価と思えば、確かに面白いものではあります。だからって、これはもはや拷問です……。
あ……あ……。そ、それは……。恥ずかしい……。何でそれを知って――あ、カルラさんですね。北部に入ってからはカルメさん……? 一体どれだけの人が知恵を絞って、三時間程の一本にしたのでしょうっ!?
救いは、アリスさんとのあれやこれが一切ない事ですね……。お互い惹かれ合っているという姿は描かれていますけれど、それは自然な物です。フロンさんとエレンさんも、そうだからだと思います。
しかし、この物語の最後はどうなるのでしょう……?
いえ、驚いていたのは巫女一行だけです。カルラさん達はこのオペラを知っていたんです。ならば、最後を知ってから台本作りに協力したのは明白。最終決戦の後、私が起きる前に色々と準備していたのでしょう。
正しい最後は用意されているはずです。
ライゼさんを助けた所も台本に組み込まれていますね。戦いよりも掛け合いが主ですけれど、フロンさんもエレンさんもかなり動きます。演劇メインの動きではありますけれど、武道を習えば結構やれるのではないでしょうか。
ああ、この辺りからは恥ずかしい所が減ってきました。何とか見ることが出来そうです。
なんて、自分の得意分野的視点で見ていると、終盤まで一気に行きました。ライゼさんを操られていたという怒りを抑えながら、それでも真っ直ぐに魔王を目指しているという状況です。
魔王との掛け合いは、どうやら先程考えたようですね。カルラさんとカルメさんは演説を行っていません。自分の意思で拒否をしたのです。多分私達が演説をしている間に、台本に書き加えたのかもしれません。何しろ、先程の演説でやっと話した事が盛り込まれています。
それを演じきれるオペラ座の人たちは、凄いですね……。練習する時間なんてなかったはずなのに……。
どうやら、物語は終盤に入ったようです。魔王を倒した二人は倒れ、そして場面は――”森”へと変わりました。これは偶々だと思います。私が帰るという事から、来た場所に戻って来た。それだけのことです。
「月の巫女。私は」
「何も言わないで下さい。でも、目を閉じて――」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
思わず私は、止めてしまいました。場所もそうですが、今行われようとした事まで偶然合致するなんて聞いてません。何もかも聞いてませんけど、それだけは止めさせていただきます!
「ちょっとロクハナ!」
「ご、ごめんなさい……じゃなくて、そ、それはダメです!」
「あら。どうしてかしら」
「ダメなものはダメです!」
そ、っその行為は……私が大事に、大事に我慢してきたものです。自分でなくても……見る事すらダメです!
「無理そうね。エレン、締めー。はい、一、二、三」
「え!? あ、は……はい。えっと……お、お元気で!」
「まだまだ不測の事態には弱いですね。太陽の巫女様?」
真面目な舞台を、コミカルなギャグテイストの終わり方にさせてしまいました。申し訳ございません。
でも、これで良いんじゃないでしょうか。皆が知る、月と太陽の巫女は、隣人で良いのです。
こんな、笑いで包まれる喜劇で良いのです。