凱旋⑬
演説を終え、アリスさんと私は頭を下げました。
盛大な、空気が震え、星が産声を上げたのかと思ってしまう程の拍手の雨が、私達に降り注ぎます。
良かった。成功だったみたいです。
「リッカ。素晴らしい演説でした」
「アリスさんが、お膳立てしてくれたから、だよ?」
アリスさんが時間ときっかけをくれました。
「お二人の演説はいつも素晴らしいですヨ。魂が震えまス」
「途中で、コイツは阿呆かと思ったがな」
「向こうで政治家でも目指したらどうだ。お前なら、良い国を創れると思うぞ」
シーアさんから尊敬の眼差しを感じます。レイメイさんはいつも通りとして、ライゼさんのそれは、冗談でしょうか。私は”巫女”。一生ね。
「こんな近くで聞いて良かったのかな!?」
「良いんじゃ……ない……かな」
「やっぱり、巫女様達素敵だなぁ。勝てないなぁ……」
「ディモヌでも演説あるんですよ! 今のうちに勉強しておきましょう!」
「そ、そうだね。うん。私もあんな感じでしないと……」
「神誕祭の頃より、柔らかい演説だったねぇ。でも、その方がリツカちゃんとアルレスィアちゃんらしいね」
演説用に作られたのであろう舞台の袖から、リタさん、ラヘルさん、ツルカさん、ロミーさんが見ています。演説内容を考えていて気にしていませんでしたけど、あの時は櫓のような舞台だったのに対し、今回は……何でしょう。体育館とかにある、舞台でしょうか。声が良く反響して、演説しやすかったです。
「天使様の演説! お客様達から聞いてたんだー!」
「前のも見せられたら、良いんだけど」
「クランナちゃんが覚えてる範囲で聞きたい!」
「えっとね。あの時はアルレスィア様から」
クラウちゃんとクランナちゃんが仲良く話しています。内容は、前回の演説についてでしょうか。
今回、神さまは来ませんでしたね。核樹が成長中だからでしょうか。でも前回は、欠片でも良かったんですけどね……。
「皇女様達の番ですけど、大丈夫なの?」
「リツカ姉様とアルレスィア姉様の演説は完璧でしたので」
「ムムムム……。最初にアルレスィアちゃんが、先の戦いは正義と悪という単純な物ではなかったと示し、命の重さや想いの大切さを教え、そこでリツカちゃんが炎という分かりやすい物を使って……言葉も雰囲気も抜群。心配するまでもなかったのね。貴女達が気に入る……いえ、連れて行きたいって言うのも納得。正直わらわも冗談抜きで欲しいわ」
「あげないの」
「あげませんので」
自分の事の様に喜ぶカルラさんとカルメさんが、年相応の幼さを見せているようで可愛らしいですね。カルメリタさんが唸るように呟いていますけど、褒められているのでしょうか。視線が、興味深いものを見つけたというもので、気になります。
「エルヴィ。やっぱり僕は業務連絡にした方が……」
「いいえ、コルメンス様。今回に限っては絶対に、王国内に報せる役目は貴方がしなければ」
「し、しかしだね。お二人以上というのは流石に……」
「腹ァ括ってくださイ」
私達以上の衝撃を持って、三国同盟と平和への一歩を告げる。コルメンスさんはそう考えているようです。でも、以上でなくても良いと思います。
コルメンスさんにはコルメンスさんの良さがあります。この国の王は間違いなくコルメンスさんであり、国民達は王の言葉を待っているからです。
「続いて、カルメリタ様、エルヴィエール様、コルメンス様三名による宣誓。ご静聴願います」
充分時間を空け、アンネさんが次のプログラムへと進みました。演説ではなく、宣誓のようです。
「まずは、初めての方もいらっしゃるでしょうから、自己紹介をお願い出来ますか。カルメリタ様」
「ええ。今紹介に預かりました、カルメリタです。ここから東へ、海を渡った先にあるオステ皇国からやってきました。皇女です」
秘密主義国家の長とは思えない、気さくな挨拶です。それは演技かもしれません。カルメリタさんは確かに破天荒ですけど、こういった場では何百、何千と先を考えて話す方。気分で話す私とは全然違うのです。
きっと、この軽さも計算。
(と、リツカは思ってると思うけど)
(あの人は、敵が居ない場では気分屋なので)
エルさんも一応自己紹介するみたいです。
「エルヴィエール・フラン・ペルティエです。フランジール共和国にて女王をやっております」
「それと、コルメンス。この国の国王です。二人の隣だと、国王っぽく見えないかな」
ちょっとしたお茶目なジョークに、広場から笑いが聞こえてきます。この光景が、王国という国を表しています。カルメリタさんの表情も柔らかいです。きっとこの人柄は、コルメンスさんでないと出せません。
この光景が国の全てに浸透するように、という話が始まろうとしています。
「さて、我々三国はこれより同盟を組もうと思っています。もちろん、戦う為ではありません。平和の輪――と、ここでは呼称しますが、それを広げる為です」
コルメンスさんって、私に似てると思うんですよね。昔から、シーアさんとかエルさんから言われていましたけれど、最近そうだと思えるようになりました。
それは何故って、ズバッと言うところでしょうか。レイメイさんは私が回りくどいと言いますけれど、私はちゃんと結論ありきで言ってるんですよ?
「皆さんは、今の世界をどう思っていますか? 魔王――いえ、アレスルンジュは今の世界を嘆いたのでしょう。マリスタザリアに怯える一方で、人と人の争いを辞められない、そんな歪な世界を」
そう、ですね。絶対的な敵が存在しているのに、共闘する事無く争っています。
「リツカさんは言いました。マリスタザリアが居ない世界であっても、争いはなくならないと。しかし、ここにはマリスタザリアが居ます。共通の敵は居なくなりません」
成程。まずは、絶対の敵を想定して、結束を促す訳ですか。間違いではありません。何より、冒険譚の魔王勇者の物語と違い、魔王が死んでもマリスタザリアは居なくなりません。命題。永遠の問い掛けとなります。
「我々の敵は同胞か。それとも、我々の悪意か」
コルメンスさんは問いかけます。
「争いを無くしたいという願いを、我々が無碍にする訳にはいけません」
「皆さんも知っているでしょう。アレスルンジュの力を。そんな者を倒してくれた方達は、我々を信じるという選択をしてくれました」
「そこには、どのような戦いがあったのでしょう。血の滲む、という言葉では足りない事は、あれらを見た皆様が知っていますね」
大変、でしたね。私一回死んでます。アリスさんをあの戦場で守りきれたのは奇跡です。もし、アレスルンジゅが神の部屋に行くのが数秒遅れただけで、アリスさんも……。そして、アリスさんがそうなれば、私達は終わっていました。
アレスルンジゅ最大の誤算は、アリスさんが生き残った事です。”再生”という力。私限定の”治癒”の上位互換。その先にあった”神化”。死闘だったと思っています。
私達がそこまでする必要があったかといえば、どうなのでしょう。楽な道もありました。私達が”巫女”を辞めるという選択肢です。
「アレスルンジュの計画を受け入れる選択がありました。なのに、わらわ達を信じた理由は何でしょう」
「私達は、人が人らしく生きるという意味を考えました」
「我々人の平和とは、自由の本当の意味が分かった先にあるのでしょう」
自由の本当の意味が分かった先の平和を目指す。では、人の自由とは一体何なのでしょう。
「我々の想いを守ってくれました。それは悪意と呼ばれる、いわばお二人の敵も含まれています」
「しかしお二人はその悪意すらも、私達の一部としての理解を示してくれています。人が人らしく生きるとは、悪意を受け入れる事と思うのです」
自分の感情の全てを受け入れるのは難しい。私は今も、完全には出来ていないのでしょう。それを受け入れた先に”人”が居る。それは私も同意権です。自分を知らない者に、他者を思い遣る事は出来ないから。
「では自由とは何か。悪意の赴くまま生きる事は自由でしょうか。いいえ、我々はそうは思いません」
「悪意を受け入れた先に理解があります。理解すれば、立ち止まる事も出来るでしょう」
悪い事を理解する。自分の怒りを理解する。すると、争いから一歩引く事が出来ると思います。振るう拳の先が見えるはず。
「わらわ達は人間です。感情の抑制は不可能ですが、制御は出来ます。我々も選択する必要があるでしょう」
「今のまま悪意から逃げ続けるか、悪意を制御するか、ですね」
「我々は皆に問いかけようと思っているのです。皆の隣に居る者達は、敵か味方か」
選択……生きるか死ぬかだった人生の選択に、共に歩むという選択を。
「勝ちと負けだけが人生ではありません。神誕祭で巫女様達が言った事を覚えているでしょうか。今一度考えて欲しい。”共に歩む”という言葉の本当の意味を」
「我々は共に平和に向かっていけます」
「わらわ達が選べば、道は一つではなくなり、果て無き広がりを見せるでしょう」
「しかし、広がり続けようとも、果て無き道の先は平和に繋がっていると確信しています」
「喧嘩をする事もあるでしょう。憎んだり、恨んだりもある。しかし、それこそが人生だと思っているのです。我々が望むのは、その先に殺意が生まれない世界です」
そう、ですね。人生なのですから、一本道ではありません。果て無き広がりと言うしかない程に、人々の道は多い。灯さなければいけない”光”は多そうです。やり甲斐を感じますね。
「本日、四月二十八日を平和の日と定め、祭日とします」
「この祭日は、三国共通とします。わらわ達全員で考え続けましょう」
「皆の考える平和は、一緒ではないでしょう。だからこそ考え続けましょう」
「まずは三国で、共に歩む、第一歩を」
共に歩む。その本当の意味。悪意も形になるこの世界で、皆が悪意から逃げるのは仕方ありません。でも、だからこそ今……見詰め直して欲しい。
切なる願いです。
ブクマありがとうございます!